後編:「大谷翔平&デコピン」壁画とコービー・ブライアント
ロサンゼルス国際空港(LAX)の南、レドンドビーチのハイウェイ沿いに新しくオープンしたレストラン「Eat Fantastic」の外壁に、新たな巨大壁画が描かれている。登場するのは、大谷翔平と愛犬デコピン、ムーキー・ベッツ、フレディ・フリーマン、ラッパーのアイス・キューブ、そしてドジャースのユニフォームをまとったコービー・ブライアントだ。
制作したのは、38歳の壁画アーティスト、グスタボ・ゼルメーニョさん。彼は空港の北側にある海辺の街ベニスで生まれ育ち、数多くの壁画を残してきた。これまでも音楽やスポーツ界のアイコンを描き続けたが、今回の新作についての思いをゼルメーニョさんに聞いた。
前編〉〉〉大谷翔平が緊急登板で見せた凄みと冷静さ
【2024年のドジャース優勝と大谷翔平への思い】
――なぜドジャースの2024年の優勝を壁画で記録しておこうと思ったのですか?
ゼルメーニョ「僕は大のドジャースファンなんです。そして、ここに新しく入るレストランのオーナーも大のドジャースファン。彼が優勝を祝う何かをやりたいと思ったんです。もちろん、ロサンゼルスでは壁画を描くことが文化として根づいていますし、僕自身も壁画を描くのが大好きです。だからドジャースが優勝した時には、これはやらなきゃいけないと思いました。実際、あれからもうほぼ1年経ちますけど、僕らにとっては今も大きな誇りなんです」
――大谷選手が2023年12月にドジャースと契約したときも壁画を描いたんですか?
ゼルメーニョ「そうです。ここから通りをちょっと行ったハモサビーチで描きました。本当はドジャースと(NHLの)キングスの壁画を描く予定だったんですが、ちょうど作業を始める直前に大谷が契約して、それでアイデアを切り替えたんです。だって彼は本当にすごい選手ですからね。ドジャースが獲得したのは大正解でした。
大谷はグラウンドの内外ですばらしい存在で、誰に対しても敬意を払っています。ロサンゼルスには『自分が一番だ』と思っている人が多いですが、大谷は本当に世界最高レベルの選手でありながら、謙虚で礼儀正しい。ほかの選手や審判、ファン、組織全体に対してそう。あれほどの才能を持ちながら地に足がついていて、人々に尊敬される存在を描けるのは本当にすばらしいことです」
――なぜコービー・ブライアント選手をドジャースのユニフォーム姿で描いたのですか?
ゼルメーニョ「レストランのオーナーは、すべての店舗にコービーの壁画を描かせているんです。今回で10店舗目になるので、今回も続けたいと考えたんですね。でも同時にドジャースも祝いたかった。それでコービーにドジャースのユニフォームを着せるというアイデアになりました。実際、コービー自身もドジャースファンだった。だからユニフォームを入れ替えるのは面白いと思いましたし、多くの人の注目を集めました。『なぜこうしたの?』と好奇心を持つ人も多いですね。
発想の根底にあるのは、もし彼がまだ生きていてドジャースが優勝したら、僕らと同じくらいエキサイトして、盛り上がっていただろうということです。つまり"マンバ・メンタリティ"ですよ。
【"本物のロサンゼルスの壁画"らしさを出せた】

――なぜ今回はデコピンも描いたんですか?
ゼルメーニョ「正直に言うと、ずっと前からデコピンを描きたいと思っていたんです。何度かほかのクライアントに提案したんですが、実現しなかった。でも今回のオーナーは『いいアイデアだ』と賛成してくれて。
それに僕自身、大の犬好きなんです。生まれてからずっと犬と一緒に暮らしてきました。人にとって犬やペットは家族同然。しかも"大谷のMVP(Most Valuable Puppy最も価値ある子犬)"みたいに、SNSでもネタになっていたのを見て『これはいい!』と思ったんです。だから今回描けてうれしかったですし、オーナーも僕と同じくらい喜んでくれました。そして実際に完成したら、ファンからもすごく高評価。
――去年はドジャースが"大谷&デコピン"のボブルヘッドデーをやっていましたよね?
ゼルメーニョ「僕は行けなかったんです。ああいうボブルヘッドを手に入れるには、球場に開場の5時間くらい前から並ばないといけない。僕はいつも仕事があるので、ダウンタウンまで行くのが大変なんです。交通渋滞もひどいですしね。もちろん試合を観に行くのは大好きですが、ああいう特別イベントはなかなか難しいんです」
――この壁画に使った大谷の元の写真は、どの試合のものかわかりますか?
ゼルメーニョ「正直、どの試合かはわからないんです。ただその写真を見て気に入りました。大谷が見上げていて、自信に満ちている表情。おそらくホームランを打って、それを見届けている瞬間だと思います。少し笑っているようでもあるし、同時に集中している。
――仕上がった壁画を見た人々の反応はどうでしたか?
ゼルメーニョ「みんなすごく気に入ってくれています。ポジティブなフィードバックをたくさんもらっています。やっぱりこの街の人はみんなドジャースが大好きですからね。色使いも工夫しましたし、レドンドビーチの要素も取り入れました。構図としても、単なる野球の絵を超えて"本物のロサンゼルスの壁画"らしさを出せたと思います。それが僕の狙いでした。野球やバスケットボールに興味がない人でも楽しめるようにしたかったんです。デコピンを加えたのもそのためで、かわいらしい要素があることで、地域の人たちにとってもっと普遍的に親しみやすい作品になると思ったんです」
――夕方は夕日に映えて特にきれいですね。
ゼルメーニョ「思いますね。僕は自分の時間の99%をロサンゼルスで過ごしていますが、全米を旅したこともあり、いい夕日を見てきました。でもここの夕日は特別です。大気のスモッグが原因かもしれませんが、ピンクや紫がとても鮮やかで、街全体がその色に染まる瞬間があります。車や地面に反射して、世界がピンクと紫に包まれるんです。あの光景は本当に最高です」
【謙虚さこそ、ふたりに共通する最大の要素】

――あなたはそもそもコービー・ブライアントの大ファンで、その生きざまに影響を受けてきたんですよね?
ゼルメーニョ「もちろんです。僕は周りの人に"働きすぎだ"とよく言われます。でもコービーの『先に進みたいなら努力しろ』という考え方に共感してきたんです」
――大谷とコービー・ブライアントの両選手に共通点があると思いますか?
ゼルメーニョ「共通するのは"偉大さ"ですね。コービーはバスケットボールのコート上では厳しく冷たい人だと思われていたかもしれません。でも実際はとても優しい人でした。瞑想をしたり、食事に気を配ったり、とても真剣に取り組んでいました。人々は彼を"怖い人"と誤解することもありましたが、実際は本当に優しかった。
僕が思うに大谷も同じです。ふたりとも謙虚で才能ある人間です。たとえば、コービーがどこかに現れたとき、わざわざ歩み寄って握手したり、サインしたり、子どもと一緒に写真を撮ったりしたという話をたくさん聞きます。そういうことは大谷もきっとするでしょう。競技のなかでのスタイルは違いますが、フィールドの外では本当に似ていると思います。史上最高の選手のひとりでありながら、どちらもとても謙虚。それがふたりに共通する最大の要素だと思います」。
――大谷選手の顔を描くときに難しかった点はありますか?
ゼルメーニョ「大谷は輪郭がシャープじゃないんです。たとえばフレディ・フリーマンなら大きなアゴがあるし、ムーキーなら立派なヒゲがあって特徴的です。そういうわかりやすい特徴があるんですよ。でも大谷は"彫りが深い"タイプではない。もちろんすごくアスリートらしくて、体格も力強いんですが、顔つきは柔らかい。『ベビーフェイス』という言葉を使いたくはないけど、近いニュアンスですね。だから、壁画にする時にはコントラストや奥行きがしっかり出る写真を選ばないといけないんです。影とハイライトをうまく表現して、壁から浮き出るように見せる必要がある。そこが唯一の難しい点でした」
――ホットドッグをかじるデコピンのアイデアについては?
ゼルメーニョ「僕は子どもの頃から"ドジャードッグ"のぬいぐるみが大好きだったんです。あと、あの大きなフォームフィンガー(巨大な手の形をした応援グッズ、 柔らかい発泡スチロールやスポンジでできていて、手にはめて使う)とかもね。そういうアイテムをよく買っていました。だから今回は、それをちょっとユーモラスに加えたかったんです。かわいくて面白い要素にすることで、スポーツに興味がない人でも絵を楽しめるようにしたかった。そういう"遊び心"を入れたんです」
ゼルメーニョの創造力の源泉は、故郷ベニスの文化だ。海沿いのボードウォークには音楽家やパフォーマーが集い、誰もが自分らしさを表現している。そんな自由な空気の中で、彼はスプレーペイントを学び、5年かけて技術を磨いた。
「ベニスは僕をアーティストにした街です。誰もが自分に正直でいられる。その自由さが創造性を育んでくれたんです」
病み上がりでもマウンドに立ち、チームへの責任を果たす大谷。常に自己改善を目指すその姿は、"マンバ・メンタリティ"を体現する。ゼルメーニョの壁画は、その生きざまへのオマージュであり、街の人々の心に新たなヒーロー像を刻む。
ロサンゼルスはスポーツ、音楽、アートが交差する街だ。そのなかで、大谷は単なる野球選手を超え、創造の源泉となっている。ゼルメーニョの筆が描いた大谷とデコピンの姿は、街を彩るだけでなく、人々の心を温める。ロサンゼルスという街が生む共鳴の物語は、これからも続いていく。