西武・滝澤夏央インタビュー(前編)
球界最小の身長164センチ──。この形容を聞いて、西武の滝澤夏央をすぐに思い浮かべるプロ野球ファンは今年、グンと増えたに違いない。
【オールスターに初選出】
プロ入り4年目の今季、ここまで(9月10日現在、以下同)105試合に出場して打率.235、出塁率.295、そしてリーグ8位タイの16盗塁。ショートやセカンドで鮮烈な守備を再三見せ、自身初のオールスターゲームにも監督推薦で出場した。
「『僕みたいな選手が......⁉︎』って驚きでしたね。あまり実感が湧かなかったです。出てみたら、すごくいい経験になりました」
小学生の頃から抜群の運動神経と野球センスを誇り、地元の関根学園(新潟)から2021年育成2位で西武に入団。1年目の5月13日に支配下登録されて一軍でスタメンデビューを果たし、プロでも最高峰の守備力を発揮し続けている。
西口文也新監督のもとで出場機会が増えた今季。セカンドやショートで牛若丸のような身のこなしを連発している滝澤だが、なかでも「超ファインプレー」と絶賛されたのが、8月11日の楽天戦での背走キャッチだった。
3回一死二塁、村林一輝が放ったライト前に落ちそうなライナーに対し、セカンドの滝澤は一直線で背走して追いかけ、最後はダイビングキャッチでボールをつかみ取ったのだ。
「ボールを一直線に追っていったら『捕れるんじゃね?』と思って、手を伸ばして捕れたみたいな感じです」
さらりと言うが、多くの選手にはできないようなプレーだ。
「いやいやいや。練習からああいうフライを大引(啓次)コーチに打ってもらって、その成果が出たと思います。練習での成功体験というか、今まで捕ってこなかったような打球を捕った時の感覚が自分のなかにあれば、あの打球はイメージどおりという感じですね」
【タイミングの取り方には自信がある】
滝澤の圧倒的守備力に何度も驚愕させられた一方、今季成長の跡を見せているのが打撃だ。
年間安打数は2023年が3本、2024年は22本でいずれも打率1割台に低迷したが、今年はすでに72安打。
いったい、何が変わったのだろうか。
「今までやってきたことの繰り返しで、あまり大きく変えた部分はないんですけど、練習から確率をよくすることを常に意識しています。練習からミスショットばかりしていたら、試合でも何球もないチャンスボールを一発で捉えられないと思うので。そういった部分の集中力とか、練習に対しての姿勢は少し変わったと思います」
端的に言えば、滝澤はプロの世界で圧倒的に不利だ。身長164センチ&体重65キロの体躯では、物理的に発揮できる力が限られる。しかも今は、パワーピッチャー全盛の時代である。
滝澤自身はこの点をどう考えているのか。
「自分はパワーもありませんし、スイングスピードも一軍でプレーしている選手たちのレベルにはまったく及びません。ですが、持ち味として"タイミングの取り方"には自信があります。投手のボールにタイミングを合わせてバットを出せれば、ヒットにつながるという意識です。
いくらスイングスピードが速くても、タイミングが合っていなければ、力任せに振ってもヒットにはならないと思います。
【悪い癖がないからこそ難しい】
きっかけは今季開幕前の春季キャンプで、新任の仁志敏久野手チーフ兼打撃コーチに指摘されたことだった。
「仁志さんに『確率が悪すぎる』と言われたんです。練習の遅いボールに対してすら確率が悪いのなら、試合で打てるはずがないなと感じました。そこで大事なのは技術というより、自分の考え方次第だと思ったんです。
それまでは『思いきり打とう』とか、そんなことしか考えていませんでした。 でも、『どんな球が来てもライナーで打ち返す』という意識さえあれば、練習の1球1球から雑なバッティングにはならないはずです。だから、今までの『遠くに飛ばそう』とか『思いきり振ろう』という考え方はやめました」
仁志コーチにとって、滝澤は指導をするのが難しい選手だった。前足を大きく上げるとか、バットをヒッチするとか、見てすぐにわかるような特徴的な動きがないからだ。仁志コーチが説明する。
「よく言えば、滝澤には悪い癖がない。そういう選手が、結果が出ない時ってやりようがないのでとても難しいんですね。周りからアプローチするにあたって、何がよくなくて結果が出ないのかがわからないんです。
打撃動作のフェーズごとに理想を求め、一連の動きとしてうまくつなげていく。仁志コーチが滝澤に処方したのは、「無駄を省く」ということだった。
「彼自身も感じているように、芯に当てる確率を高めることこそが光明というか......。長打力で勝負するタイプではありませんから。バッターとして打率で勝負するのは、一番難しいことなんです。調子によってどうしても上下しますからね。パワーのある選手なら、当たりさえすればホームランになりますし、その1本は決して消えることはない。
でも打率で勝負というのは、要は"ボールを見ている感覚"で勝負をしている。その感覚って、体の状態がよくなかったらズレるし、何かによって意識を変えられてしまう。たとえば顔付近にボールを投げられて、自分の意識がコロっと変わってしまうこともある。そういう意味で非常に難しいので、僕らがやってあげられるのは、とにかく理想に近く、近くっていうことくらいなんですよね」
【小さい体をマイナスに捉えたことはない】
滝澤は、仁志コーチの指摘をどう受け止めたのか。
「大前提として、僕はホームランバッターではありません。
滝澤と仁志コーチに共通するのは、ともにプロ野球選手としては身長が低い部類に入ることだ。滝澤の身長164センチに対し、仁志コーチは171センチだ。
それでもシーズン28本塁打を放ったこともある仁志コーチは、「自分が小さいと思ったことはない」と話していたことがある。では、滝澤はどうだろうか。
「もちろん思っています。だからこそ『負けたくない』という気持ちは強いと思います。まあ、体は明らかに小さいですけどね(笑)。でも、自分が小さいからこそ、ほかの人にはできないことが絶対にあると思っています。
周囲と比べて発揮できる力に限りがあるなかで、バッティングでは一定以上の打率を残して勝負する。滝澤は極めて難しいことにチャレンジしようとしているのだ。
プロ野球というエンターテインメントにおいて、これほど魅力的な選手はそう多くない。滝澤は、周囲の選手とは明らかに異なる特徴を持っている。
では、ほかの選手が簡単にマネできないような守備力をはじめ、滝澤はプロ野球のグラウンドに立つ能力をどう養ったのか。その背景には、滝澤ならではの恵まれた環境があった。
つづく>>