【現地番記者コラム】 
 今夏、リバプールが20年ぶりに来日し、Jリーグ史上最多入場者数を記録するなど、大盛況のうちにプレシーズンツアーを終えた。近年、イングランドのこの名門クラブは日本を含むアジアマーケットを特に重要視しているが、その理由はなにか。

世界的なスポーツメディア『ジ・アスレティック』のリバプール番、ジェームス・ピアース記者が日本で感じたことをふまえて綴る。

【JFAの夢フィールドは欧州基準でもトップクラス】

 今夏のリバプールの来日は、実に20年ぶりのことだった。フットボール発祥地イングランドを代表する名門は、成功裡に終わった今回のプレシーズンツアーに大いに満足しており、次にチームが日本を訪れるのに、同じ年月はかからないだろう。

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 それはリバプールにとって、さまざまな意味で価値のある経験だった。まずは財務面。8000円から15万円までのカテゴリーのチケットを6万7000人以上の観客が購入したのだから、間違いなく大きな利益につながったはずだ。

 また毎シーズン、クラブに巨額の広告費を支払っているスポンサーのなかには、アジアに拠点を置いている企業もあり、彼らの要求を満たすことも、きわめて重要だった。

 あるいはそれ以上に大事だったのは、選手やスタッフがこの経験を心から楽しんだことかもしれない。彼らがトレーニングをした日本サッカー協会(JFA)の夢フィールドは欧州の基準に照らし合わせてもトップクラスの施設だったし、横浜F・マリノスはプレミアリーグ王者から先制点を奪い、最終的に1-3で敗れたものの、アルネ・スロット監督が統率するチームを本気にさせた。

 リバプールの公式データによると、彼らは日本に450万人のファンを持ち、プレミアリーグでもっとも人気のあるクラブだという。その理由は近年のピッチ上での成功に加え──過去10年でプレミアリーグを2度、チャンピオンズリーグを1度制覇──、南野拓実(2022年夏まで)や遠藤航(一昨季から)といった日本代表選手が在籍していることにもある。

【「日本ではフットボールへの本物のパッションが感じられた」】

 同じくクラブの公式データによると、リバプールのファンはアジアに2億5000万人いるという。グッズの売り上げは、この域内が世界トップ。地球上に20ある公式ショップのうち、アジアには9もある。

そして域内の公式サポータークラブは、実に48を数えるのだ。

 アジアでの圧倒的な人気は、近年のリバプールの好ましい財務状況を生み出した大きな要因のひとつだ。過去10年で、彼らは商業収入を3倍に増やしている。2023-24シーズン、リバプールは史上最高となる3億800万ポンド(約616億円)の商業収入を得た。これは全体の総収入である6億1400万ポンド(約1229億円)の約半額だ。またプレミアリーグ時代では初めて、商業収入でマンチェスター・ユナイテッド(3億300万ポンド、約606億円)を抜いている。

 グーグル・ピクセル(スマートフォン)、ペロトン(フィットネス機器)、UPS(ロジスティクス)、オリオン・イノベーション(IT)など、スポンサーには世界に名だたる企業がついているが、アジアマーケットの重要性はますます高まっている。

 シャツの胸スポンサーであるスタンダード・チャータード銀行は、本社こそロンドンに構えているが、香港ドルの紙幣を発行しているように、アジアで広く知られている。またクラブ公式航空会社は日本航空(JAL)で、公式出版社は講談社と、日本企業がリバプールを支えている。そうしたアジア企業との繋がりの維持と強化のために、クラブは現在、日本、香港、シンガポールにスタッフを雇っている。

 筆者がリバプールのビリー・ホーガンCEOに、2025年のプレシーズンツアーに香港と日本を選んだ理由を尋ねると、彼はこう答えた。

「クラブにとって重要なマーケットはどこか。

毎年、それを話し合い、最高の機会を提供してくれる場所を探している。その結果だよ。何よりも大事なのは、きちんとしたトレーニング施設があることだ。チームはこの期間にフィットネスを高め、シーズンに備えなければならないのだから。そのほか、ツアー中に必要なさまざまな側面を精査したうえで、決断を下している。

 香港も日本も、すべての要件を満たしている。どちらにも素晴らしい練習施設があり、香港でのACミラン戦も、日本での横浜F・マリノス戦も、スタジアムは満員になった。特に日本では、フットボールへの本物のパッションが感じられたよ。

 商業的な観点に立っても、どちらも実に重要な地域と国だ。香港は我々のメインスポンサーであるスタンダード・チャータード銀行の生命線と言える地域であり、JALと講談社は日本企業だ。ピッチの内外で大きな成功を残せたアジアツアーだった」

【坐禅の指導を受けた選手のなかで、特にサラーが感銘を】

 リバプールにとって、アジアツアーでの唯一の心残りは、アディダスの新ユニフォームを披露できなかったことだろう。昨季までのナイキのものから正式に契約が移行されたのが8月1日だったため、ギリギリ間に合わなかったのだ。

 また今回のツアーにはケニー・ダルグリッシュ、イアン・ラッシュ、ルーカス・レイバ、サミ・ヒーピア、イェルジ・デュデクといったレジェンドが帯同し、彼らはサポーターとのイベントに出席。また東京の英国大使館では、リバプールのユースコーチが地元の少年たちを指導した。ホーガンCEOは話す。

「日本に来て、ただ試合をしてすぐに帰るような行程は、我々も望んでいなかった。地元コミュニティーや私たちのサポーターと共に過ごし、レガシーを残すことが重要だった。香港にも日本にも、実に多くのファンがいてくれる。最高だよ」

 選手たちは汐留のホテルでの滞在を楽しみ、限られた自由時間に街に繰り出した。主将のフィルジル・ファンダイクやウーゴ・エキティケ、コーディー・ガクポ、ラヤン・フラーフェンベルフ、フロリアン・ヴィルツ、ジェレミー・フリンポン、カーティス・ジョーンズは渋谷駅前の交差点で、記念写真を撮影した。

 両国の回向院にはチームで訪れ、僧侶に坐禅の指導を受けている。日常的に瞑想をしているモハメド・サラーは、特に興味を惹かれたようだった。東京に到着した夜には、約60年前に同じくリバプールから東京を訪れたビートルズのように、はっぴを着て楽しむ選手もいた。

 首都圏の渋滞には不満をこぼす者もいたが、全体的にポジティブな印象の方が圧倒的だった。

試合前のディオゴ・ジョタへの黙祷には、選手たちも感銘を受けていたし、遠藤への大きな声援も、チームメイトとして嬉しかったようだ。日本代表の主将はプレミアリーグ王者でも、ひときわ仲間に愛されている。後半にファンダイクと代えて、そのままキャプテンを託したスロット監督は語る。

「遠藤だけ、先にひとりでピッチに投入した理由は、彼はそれにふさわしい選手だと考えたからだ。日本のファンから大いに称えられるべき選手だからね」

 また指揮官は、対戦相手の横浜について、次のように印象を述べている。

「彼らのおかげで、激しい試合になった。プレシーズンにも、真剣勝負をしたいものだからね。あのような相手と試合をしたかったんだ。彼らは実に組織的で、特にボールを持っていない時がよかった。個々の選手は積極的にデュエルを挑んできた。いいチームだね」

 リバプールがその前に来日したのは、ラファ・ベニテス監督に率いられたチームが、トヨタカップの決勝でサンパウロに敗れた2005年だ。20年後のプレシーズンは、さまざまな意味で大きな成功に終わった。

日本のフットボールファンが、自国で再びリバプールと触れる機会は、すぐに訪れるかもしれない。

(つづく)

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