山中慎介インタビュー 前編
井上尚弥(大橋)が、最強の挑戦者を迎える。9月14日、名古屋・IGアリーナで行なわれるWBA・WBC・IBF・WBO世界スーパーバンタム級四団体統一タイトルマッチ。
リオ五輪銅メダリストというアマ実績に加え、プロでも15戦14勝(11KO)という高い完成度を誇る実力者。井上にとっては、来年5月に計画されている中谷潤人(M・T)とのドリームマッチを前に、最大の山場ともいえる注目の一戦となる。アフマダリエフのファイトスタイルや試合のカギについて、元WBC世界バンタム級王者・山中慎介氏に話を聞いた。
【アフマダリエフは最大の強敵】
――アフマダリエフ選手はどんなボクサーと見ていますか?
「井上がスーパーバンタム級に階級を上げた時、『誰と戦ったら面白いか』を考えたんですよね。その時にまず浮かんだのがアフマダリエフと、もうひとりは(スティーブン・)フルトンでした。この階級では、2人がツートップだと思っていたので。アフマダリエフは(マーロン・)タパレスに敗れた一敗は痛いですが、それでも今なお、この階級で最強クラスの相手なのは間違いないと思います」
――スーパーバンタム級の"ラスボス"登場という感じでしょうか。
「井上自身も、陣営も、アフマダリエフの実力をしっかり認めていて、最大の強敵と位置づけていますよね」
――試合を前に、これまでとは違う緊張感があるように感じます。
「そうですね。これまでの対戦相手と比べてアフマダリエフは好戦的で、なおかつキャリアでダウン経験もない。ディフェンシブにならずに、真正面から倒しに来るタイプですからね。危険性という意味では、これまでの挑戦者とは一線を画す存在だと言えますね」
――井上選手は、前回のラモン・カルデナス戦でダウンを喫しました。
「あの試合は、カルデナスの出来が過去イチ良かった事もありますが、井上が久々のラスベガスということもあって、"魅せたい"という気持ちが強かったのもあるかもしれません。少し気負っていたように見えましたし、多少強引に攻めた場面もありましたよね。(ルイス・)ネリ戦以降、(TJ・)ドヘニー、キム・イェジュン、カルデナスと、実績的に差がある相手が続いていたなかで、周囲からの期待も含めて、圧倒して勝ちたいという意識がどこかにあったのではないかと想像しています。やっぱり根っからのファイターなんですよね(笑)負けん気が強くて、バチバチの打ち合いも望むところという感じですからね」
【両者の実績と実力差】
――今回の試合に関して井上選手は「KOにこだわらない」とコメントしています。この発言通りなのか、駆け引きなのかはわかりませんが、好戦的なアフマダリエフ選手に対して、より丁寧に戦う可能性は高いですか?
「そう受け取れますよね。特に今回は、試合の立ち上がりを集中して、慎重に入ってくると思います。そのなかでタイミングや距離感が合ってくれば攻めていくはずですが、前回のような強引さは出さないでしょう。井上は一発一発をしっかり正確に打ち込める選手なので、自分のリズムで戦えれば、アフマダリエフといえども合わせるのは相当難しい。総合的に見ても、やはり井上が優位ですね」
――両者のこれまでの対戦相手や試合内容を比べても、差はありそうでしょうか。
「アフマダリエフは、タパレスに1-2の判定負け、ダニエル・ローマンには2-1の判定勝ちと、いずれも実力者とは接戦になっています。一方の井上は、スーパーバンタム級に上げてからの6戦すべてがKO勝ち。戦績だけでなく、内容にも明確な差がありますね」
――そんななかで注目なのが、井上選手の試合の入り方ということになりますね。
「そこですね。
――この試合がどう展開していくかは、井上選手が選べる側にあるという見方もできますか?
「まさにそうですね。スピードや技術、ボクシングの引き出しや質は、井上のほうがかなり高いですから」
――特に差があるのはスピードでしょうか?
「はい。ただ、ボクシングの面白いところって、スピードだけではないこと。例えば、(2020年の)井岡一翔(Ambition)と田中恒成(畑中)の試合もそう。スピードでは田中が圧倒的でしたが、勝ったのは井岡でした(8ラウンドTKO)。アフマダリエフもスピードで劣る部分を補ううまさを持っています。リオ五輪で銅メダルを獲っているように技術もあるし、倒せるタイミングとパンチを持っている選手です」
【アフマダリエフの強みと怖さ】
――アフマダリエフ選手の優れているポイントは?
「体の強さや耐久力ですね。ダウン経験がありませんし、これまで"効かされた"という場面も印象にありません。体幹が強くてタフな印象です。
――アフマダリエフ選手の耐久力やフィジカルが想定以上だった場合、競る展開になる可能性もありますか?
「あると思いますね。井上のパンチをまともに食らってノーダメージということはないにしても、アフマダリエフにはどこか不気味な怖さがありますよ。見ごたえのある試合になると思います」
――アフマダリエフ選手の最近のトレーニング映像を見ると、特に首回りや肩回りがガッシリしていて大きいですね。
「フィジカルトレーニングにもかなり力を入れている印象ですね。見た目以上にパンチも重いと思いますし、対戦経験のある岩佐亮佑(5回TKO負け)も『一番パンチがあった』と話していました。実際、一発のパンチはかなり重くて硬いんじゃないかと想像します」
――井上選手のパンチはガードの上からでも相手の体を揺らすほどの威力がありますが、アフマダリエフ選手はどうでしょう?
「今までの相手よりも動じない可能性はありますよね。あくまで僕の予想ですが」
(中編を読む:山中慎介から見た井上尚弥、アフマダリエフとも準備は万端 階級を上げた中谷潤人に噂される次戦は「やっかいな相手」>>)
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。