西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第66回 キリアン・エムバペ

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 来年のワールドカップ本大会の優勝を狙うフランスが、欧州予選で連勝発進。決め手はやはりエースのキリアン・エムバペです。

【フランス代表でも紛れもないエース】

 ようやくW杯欧州予選が始まった。他の地域はほぼ終わりかけているというのに欧州はこれからである。12グループの1位は本大会にストレートイン。2位12チームとネーションズリーグ上位4チームを加えての16チームのプレーオフから4チームが本大会へ進む。欧州からは予選参加54チーム中16チームが本大会に出場することになる。

エムバペのカウンターはフランス代表でも冴えわたる 競争したら...の画像はこちら >>
 ネーションズリーグ準々決勝進出の8チームは今回の欧州予選のポット1に入っている。スペイン、オランダ、フランス、クロアチア、ポルトガル、デンマーク、イタリア、ドイツ。なかでも本大会で優勝候補にあげられるのは欧州王者スペインと前回W杯準優勝のフランスだろう。

 フランスはウクライナとのアウェー戦を2-0で勝利、続くホームのアイスランド戦も2-1と連勝。ただ、アウェーでトルコを6-0で下したスペインに比べると地味な勝ち方だった。

 フランスが強いのは間違いない。

ダヨ・ウパメカノ、イブラヒマ・コナテのセンターバックコンビは、圧倒的な身体能力で相手の数少ないカウンターのチャンスをことごとく潰している。

 オーレリアン・チュアメニ、クアディオ・コネのボランチコンビは球際の強さが際立っていて、かつてのクロード・マケレレとパトリック・ヴィエラを彷彿させる。ちなみにこのポジションはフランス代表の強さのバロメーターで、初優勝した1998年W杯はディディエ・デシャン、クリスティアン・カランブー、エマニュエル・プティがいて、2度目の優勝の2018年W杯はポール・ポグバとエンゴロ・カンテだった。

 アタックラインは強烈。ウスマン・デンベレ、ブラッドリー・バルコラ、デジレ・ドゥエのパリ・サンジェルマンのトリオを擁し、さらにマルクス・テュラム、トップ下にマイケル・オリーセ、今回は負傷で招集されていないが超絶技巧派のラヤン・シェルキがいる。

 そして何と言ってもキリアン・エムバペ。3度目のW杯はキャプテンとしてプレーすることになる。

 ウクライナ戦では82分に2点目をゲット。アイスランド戦ではPKから同点ゴール、さらにバルコラへのアシストで逆転に成功した。レアル・マドリードでセンターフォワードとしてのプレースタイルを確立。フランス代表でも紛れもないエースである。

 予選最初の2試合でフランスは先発メンバーをほとんど変更しなかった。

2試合で異なっていたのはFWをドゥエからテュラム、左サイドバックをリュカ・ディーニュからテオ・エルナンデスに代えただけ。ベンチには錚々たる選手たちがいるにも関わらず、デシャン監督はかなり慎重な人選をしていたと言える。

 ただ、石橋を叩いて渡るようなメンバー固定が裏目に出たのか、アイスランド戦は先制を許し、逆転はしたが89分に同点にされていた。この同点弾はゴール前でファウルがあったとしてVAR介入の末に取り消されていて、けっこう危ないところだったのだ。

【競走して勝てるDFはいない】

 2試合ともボールを支配していたのはフランス。しかし、攻めているわりには得点できていない。相手のローブロックをなかなかこじ開けられず、とくにアイスランド戦の苦戦はこれが原因だった。

 攻め込んだ時はバルコラ、ジュール・クンデ、オリーセの3人が右サイド、左はテオ・エルナンデスが大外担当で、エムバペとテュラムが中央左側で絡む。同点のPKはエムバペのパスから得ていて、エムバペのワンタッチパスを絡めたコンビネーションが主要な攻め手になっている。ただ、人数が多いせいか右のコンビネーションのほうがやや威力があったかもしれない。

 個々のキープ力は圧倒的でコンビネーションも悪くはないのだが、アイスランドの5バックを崩しきるほどの威力は感じられなかった。

 最前線に張りつかず、左と中央を行き来しながらコンビネーションの軸となるエムバペのプレースタイルは、昨季レアル・マドリーで手に入れたものだ。偽9番に近く、少し下がったところから加速していくやり方は、特徴のスピードと身体操作を生かすために必要で、それをシーズン途中から見出していた。

 しかし、エムバペの最大の武器は何と言ってもカウンターである。競走して勝てるDFはまずいない。ウクライナ戦、アイスランド戦とも縦1本のパスで抜け出して得点に結びつけている。これは何度も繰り返されてきた得点パターンであり、草サッカーのように単純だけれども、これ以上威力のある攻撃もない。

【試合の形を決めてしまう才能】

 欧州予選と同じタイミングで日本代表は米国遠征を行ない、メキシコ、米国と対戦した。

 ベストメンバーと思しきメキシコ戦はハイプレスの威力を見せている。30分間限定ではあるが技巧派メキシコを圧倒。ハイプレスに関しては世界屈指と言える精度をみせていた。これはW杯でも日本の武器になるだろう。

 メキシコに通用したのなら、中堅国以下は問題ないはず。強豪に対してもある程度の効果はあると思われる。では、フランスに対してはどうだろうか。

 アイスランドはハイプレスでフランスを追い込み、オリーセのペナルティーエリア内でのパスをカットして先制した。プレスされるとフランスのビルドアップは急にぎこちなくなり、最後はオリーセの自信が仇になった。日本もこれで得点する可能性はありそうだ。

 しかし、ハイプレスでは当然ディフェンスラインを高く設定することになり、そうなるとエムバペに裏のスペースに走られてしまう危険は増す。デンベレ、バルコラ、ドゥエもエムバペほどでなくても相当速い。

 ハイプレスは90分間維持できない、ひとり外されると一気にカウンターを食らう、というふたつのリスクがある。そしてフランスにカウンターされたら、どんなチームでも防ぐ手立てはない。エムバペと競走して勝てる見込みがないからだ。つまり、対フランスで高いライン設定は非常にリスクが高くなる。

 一方、ローブロックで守備を固めれば、そこまでフランスの攻撃は恐くない。引くことでのリスクもあるが、ハイラインのそれとは比較にならない。日本がフランスと対戦した時には、ハイプレスは限定的にならざるをえないだろう。

それは多くの国も同じであり、結果的にフランスはなかなか得点できない試合が続くが、引かせることで相手の攻撃機会を奪い、相手のハイプレスの脅威からDF陣を解放するというメリットを得られている。

 パスワークに優れていて得点量産のスペインと比べるとパッとしない印象だが、フランスはそれなりに勝ち続けるのだろう。エムバペという破格のスピードスターを持つがゆえに、相手は前に出てこないし、ハイプレスでビルドアップの不備を突かれる心配も少ない。ひとりの能力が試合の形を決めてしまっていて、やはりエムバペは特別な存在である。

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