【大の里の現在地が示す将来像】
大相撲秋場所は9月14日に初日を迎えた。大関取りを目指す関脇・若隆景は伯桜鵬の一方的な攻めにあっけなく土俵を割って黒星発進となったが、横綱、大関陣は安泰のスタートを切った。
先場所は大の里が新横綱に昇進し、4年ぶりに番付の東西に横綱が揃い、若い両横綱を中心に優勝争いは展開されると思われたが、豊昇龍は2日目から3連敗して5日目から休場。
「初めてのことだらけで15日間、いろんなことがあった。経験したことのないことを経験して、これが普通になってくる。2場所目から同じ失敗をしないように頑張りたい」
新横綱で11勝は過去の横綱と比較しても十分、及第点の結果だが、8年ぶりに誕生した日本出身の横綱にとっては反省点の多い場所となった。振り返ってみれば、新関脇、新大関の場所でも苦戦しているが、慣れない地位で浮き彫りになった課題を場所後の稽古や巡業で克服することに励み、次場所以降で結果を残してきた。史上最速で角界の頂点に上り詰めたのは、こうした修正能力の高さが大きな要因として挙げられる。
2日目は前場所で敗れている玉鷲を退け、3日目も阿炎を押し倒して連勝発進。「初日の入りが大事」と常々、口にする第75代横綱にとって、横綱初優勝に向けて内容的にも最高のスタートを切った。
大の里は新入幕から先場所までの幕内在位10場所のうち、4場所で優勝。"優勝占有率"でいけば4割である。これから横綱として全盛期から円熟期を迎えることになり、年間の"優勝占有率"が5割を超える年が何度もあることだろう。
優勝20回超の過去の大横綱の土俵キャリアを振り返ると、不祥事がもとで引退した朝青龍、晩年は休場で"延命措置"を図った白鵬を除けば、幕内定着から10年余で現役生活を終えている。この例からいけば、入幕からまだ2年にも満たない大の里は、向こう10年、35歳まで綱を張る可能性は十分。優勝30回超は、あながち非現実的とは言えない数字ではないだろうか。
【元NHKアナが挙げる大の里の魅力とは?】
将来の大横綱としての期待がかかる超逸材について、相撲を現場で70年以上も見続けている元NHKアナウンサーの杉山邦博氏(94歳)は、久々に誕生した"国産横綱"についてこう語る。
「私は2024年秋に『来年の名古屋場所までには横綱になる』、つまり2025年の名古屋場所までには横綱に上り詰めるだろうと一部紙上に断言するコメントをしました。まさにそうなったことをうれしく思うとともに驚いてもいます。久しぶりに角界を今後、十数年にわたって引っ張っていくことが期待される横綱が誕生して喜んでいます。私も71年数多くの横綱を見てきましたが、大の里の姿がオーバーラップする過去の横綱はいません。それだけ、唯一無二の力士だと思います」<『杉山アナの(アンチ)巨人、大鵬、卵焼き』(大空出版)より抜粋>
幕下10枚目格付け出しデビューから所要13場所での横綱昇進は、第54代横綱輪島の21場所を大幅に更新する史上最速出世である。新入幕から所要9場所も年6場所制では、大鵬の11場所をも上回った。
「30年、50年に一人の逸材と言ってきましたけど、この先もその期待に応えてくれる力士であることを確信しました」と杉山氏<同書より抜粋>。
横綱昇進伝達式では「唯一無二の横綱を目指します」と力強く口上を述べた。
「今もすでにすばらしい相撲を取っていますが、やはり右四つに組み止め、左上手をしっかり取る型を身につけてほしいと思います。かつて大鵬さんは『負けない相撲』を取って優勝回数を重ねていったことに対し、『大鵬の相撲は面白くない』とよく言われたものです。大の里もいずれ、負けない横綱になるのは間違いない。その時は大鵬さんと同じような言われ方をされるでしょう。僕はそれでいいと思っています。今後10年、あるいはそれ以上、ケガや故障がなければ、独走態勢を作る可能性は十分あるでしょう。優勝回数も20回どころか、30回以上も夢ではないと思います。あれだけ盤石な相撲を取っていれば、向かうところ敵なしですよ!ごまかしのきかない正攻法の相撲は、彼の最大の魅力です。願わくば、栃若、柏鵬、輪湖と言われた時代があったように、彼にも立派な好敵手が現れることが、相撲界にとっても喜ばしいことではないでしょうか」<同書より抜粋>
杉山邦博(すぎやま・くにひろ)/1930年福岡生まれ。元NHKアナウンサー。