「ブライトンの奇跡」から10年
リーチ マイケル・インタビュー(中編)

◆リーチ マイケル・前編>>「ブライトンの奇跡」あの決断を振り返る

 ラグビー日本代表が南アフリカを破った「ブライトンの奇跡」から、今年で10年が経つ──。あの歴史的な一戦でキャプテンを務め、今なお日本代表を牽引するFLリーチ マイケルは、この10年間の日本ラグビーの成長についてどう感じているのだろう。

※ポジションの略称=HO(フッカー)、PR(プロップ)、LO(ロック)、FL(フランカー)、No.8(ナンバーエイト)、SH(スクラムハーフ)、SO(スタンドオフ)、CTB(センター)、WTB(ウイング)、FB(フルバック)

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【ラグビー日本代表】リーチ マイケルが語る、南アフリカ撃破か...の画像はこちら >>
「2015年のワールドカップで南アフリカに勝つまでは、ティア1のチームが相手でも勝てる、という自信を持つことはできませんでした。いい勝負はできるかもしれない、でも最終的には勝てない......という感じだったと思います。

 しかし、2015年のワールドカップで南アフリカに勝って、2019年はアイルランドとスコットランドに勝つことができた。2019年はベスト8にも入ることができた。そうやって結果を残すことによって、『ティア1のチームが相手でも、やればできる』という自信が深まっていきました。

 今の日本代表の成績だけを見たら、ちょっと停滞しているように見えるかもしれません。でも、選手のメンタリティはこの10年間で確実に変わっています」

 2022年にはフランスと15-20、ニュージーランドと31-38のクロスゲームを演じた。しかし、2023年のワールドカップではプールステージで2勝2敗の3位にとどまり、2大会連続のベスト8入りはならなかった。チリとサモアには勝利したものの、イングランドに12-34で敗れ、アルゼンチンにも27-39と競り負けた。

「走れる自信というのは、2019年のほうがあったのかなと。2023年はもうちょい走れたと、今でも思っています。

 もちろん2019年は日本開催だったので、戦いやすいところはたくさんありました。

2023年はフランスでのワールドカップだったので、海外で勝つ難しさもありました。それを言い訳にしたらいけないのですが、すごく悔いが残った大会でした。あの時の全力は出したけれど、結果を出すことはできなかったですから」

【日本はまだまだ伸びしろがある】

 アルゼンチンとの第4戦は、ともに2勝1敗で迎えた。勝てば決勝トーナメントへ進出することができたが、最終的にベスト4入りを果たす南米大陸の雄に屈した。

「アルゼンチンに勝っていればベスト8に入れるというのはありましたが、それがあの時点での実力でした。スコアの差はそこまで大きくないけれど、ちょっとした差がありました。

 アルゼンチンを含めたティア1のチームと選手一人ひとりを比べたら、そこまで大きな差はないんです。チームで戦うとなった時も、フィジカル、スキル、戦術に大きな差はない。

 じゃあ、どこで差がつくのかといったら、キツい時間帯のメンタリティが違います。どれだけ我慢できるか、前へ出ていけるか。

 あとは、判断ですかね。ゲームコントロールのところで、どういう判断をするのか。いい判断をするには経験が大事になってきますが、2019年から2023年の間は新型コロナのパンデミックがあったりして、チームとしてたくさんのテストマッチをすることができなかった。

そのブランクは大きかったですね」

 絶対的なリーダーたるリーチが、ゲームコントロールに強い影響力を持つことはできる。ただ、彼と同じ絵を描ける選手が多いほど、チームの対応力や瞬発力、危機回避能力は高まる。

「ラグビーは陣地とモメンタム(勢い)のゲームで、そこをどうコントロールするのかがすごく大事です。テストマッチで差が出るのはそこで、日本はまだまだ伸びしろがあるけれど、今、少し課題なのは10番ですね。リーグワンで10番(SO)を背負ってプレーしている日本人選手が少ない」

 6月のウェールズとの連戦、それに8月30日のカナダ戦で10番を着けた李承信は、所属するコベルコ神戸スティーラーズでは12番(インサイドCTB)、13番(アウトサイドCTB)、15番(FB)でのプレーが多かった。リーチのチームメイトにしてエディ指揮下で10番を着けたことのある松永拓朗も、東芝ブレイブルーパス東京ではFBが定位置だ。

「今のリーグワンでは、9番(SH)も外国人選手が増えています。9番と10番はすごく重要で、このポジションの日本人選手を成長させていくのは、強化ポイントのひとつです」

【大学生が社会人と勝負できる環境】

 2024年から再び日本代表を指揮するエディ・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)は、世界のトップレベルの国々と日本との差に「若手の育成」を挙げる。2027年のワールドカップへ向けて日本代表の底上げを促(うなが)しており、大学生の抜擢にも積極的だ。

「18歳から22歳までの強化は、僕も大事だと感じます。僕は東海大学で4年間を過ごして、大学ラグビーのよさはわかっています。そのうえで言うと、4年間の過ごし方がすごく大事ですね」

 現在のリーグワンでは、大学4年生が卒業を待たずに、リーグワンに出場することができる。

「アーリーエントリー」と呼ばれる制度だ。これを拡大して学年の制限なしにリーグワンに出場できるようになると、大学生の育成を加速できるかもしれない。

「それは面白いかもしれないですね。あるいは、大学生がリーグワンのチームと真剣勝負ができるのも、いいと思います。僕が学生だった当時は、大学選手権の優勝チームがトップリーグのチームと日本選手権を戦っていました。あれは面白かったなあと思います。

 今シーズンからスーパーラグビーのハリケーンズに期限付き移籍するLOワーナー・ディアンズは、高校卒業後に東芝ブレイブルーパス東京に入ってきました。そういう選手が増えてくれたら、という意見もありますが、高校を卒業したばかりの選手がリーグワンのチームへ入団するのは、いろいろな意味で覚悟が必要です。それも考えると、大学生が成長できる環境をいかに整えるか、ということが大事だと思うのです」

(つづく)

◆リーチ マイケル・後編>>名将エディーのトリセツ「超速を意識しすぎると、ちょっとしんどい」


【profile】
リーチ マイケル
1988年10月7日生まれ、ニュージーランド・クライストチャーチ出身。15歳で来日して北海道・札幌山の手高校に入学。東海大学を経て2011年に東芝ブレイブルーパス(現・東芝ブレイブルーパス東京)に加入する。日本代表歴は2008年11月のアメリカ戦で初キャップを獲得。

2013年に帰化。2014年から2021年まで日本代表キャプテンを務め、ワールドカップは2011年・2015年・2019年と3度出場。ポジション=FLフランカー、No.8ナンバーエイト。身長189cm、体重113kg。

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