パリオリンピックの自転車競技トラックで、ケイリンで4位となった中野慎詞。銅メダル直前で落車し掴みかけていた栄光を逃した彼は、すぐに気持ちを切り替え、ロサンゼルスオリンピックに向けて走り始めている。
【期待が持てた全日本選手権】
――8月末に全日本選手権トラックがありました。スプリント、ケイリンとも2位という結果で、いずれも切磋琢磨してきた太田海也選手との争いとなりましたが、今回の結果はどう捉えていますか。
スプリントに関しては、自分の能力が世界の強豪選手と比べると劣っているという自覚があります。この種目は予選の200mフライングタイムトライアルのタイムを上げないと、本戦の1対1で最初から強い選手との対戦になってしまいます。だから全日本選手権では世界選手権に向けて、まずは予選で自己ベストを出すことを目標にして臨みました。
その狙いどおり、試合会場となった伊豆ベロドロームでの自己ベストを出すことができました。4~5年更新できていなかった記録でしたので、世界選手権に向けて評価できるなと思っています。というのも、この8月末の時期は体を作っている段階で、試合前日もウエイトトレーイングをしていました。コンディションの調整をしていない状態だったのにも関わらず自己ベストを出せたので、体を作り上げて調整して臨めばもっと速いタイムが出せるという期待が持てました。
もちろん優勝を目指していましたが、本戦の対戦では太田選手のほうが強かったということです。ただその差も少しずつ縮まってきていると感じています。
ケイリンに関してはほんの少し優勝には届かず、すごく悔しかったです。太田選手を抜く時に少し間合いを取り過ぎてしまって、それで最後届かなかった。間合いの取り方をうまく調整することができていたら、勝敗は変わっていたかもしれないなと思っています。世界選手権に向けて学ぶことができたのはよかったです。

【過去2大会の意義】
――中野選手は2023年と2024年に世界選手権に出場しています。2023年は初出場ながら、ケイリンで銅メダルを獲得していますが、まずは最初の世界選手権はどんな大会として記憶していますか。
コーチからこの世界選手権でメダルを獲らなければ、もしくはチームスプリントの団体種目よりもいい成績を残さなければ、「(パリ)オリンピックには出られないぞ」と言われていて、もう崖っぷちに立たされていた大会でした。だから顔に吹き出物が出るくらいストレスがかかっていましたし、それぐらいプレッシャーがありました。結果的にメダルを獲れたのでオリンピックに向けて大きく前進できました。
だから銅メダルはめちゃめちゃうれしかったです。あとから映像を見たら、金メダルも狙えるようなレース展開で、仕掛けどころがよければ金メダルは獲れたなと思いました。
――昨年10月の世界選手権はスプリント11位、ケイリンでは順位決定戦で7位という結果でした。
パリオリンピックでケガをしていたので、上位を狙うのは難しいだろうなと思って世界選手権に行きました。でも行けばスイッチが入ってしまうんですよ。自分が思っているよりも力を発揮できました。ケガの痛みもなかったです。でもケイリンでは準決勝で負けてしまってすごく悔しい思いをしました。
――ただ順位決定戦で、ハリー・ラブレイセン(オランダ)選手に勝ちました。彼はパリオリンピックでは出場3種目すべてで金メダルを獲得した世界最強の選手ですが、この意味は大きかったのではないですか。
あれはうれしかったですね。コーチからも「決勝よりも7-12位決定戦のほうがメンバーが強いぞ。決勝に行けなかった悔しさをここにぶつけろ」と言われました。「必ずラブレイセンを倒せ」と。
【目標は金メダル】
――そして10月22日(水)から世界選手権が始まります。そこに向けて課題はありますか。
能力面で言うと、瞬発的なダッシュが海外の選手と比べると劣っているのかなと思います。少しずつ克服しているとは思いますが、もっと仕上げていけるといいかなと思っています。戦術面では、決勝などの重要な局面で一瞬ためらってしまうところがあります。全日本選手権でも狙いすぎてためらってしまいました。
ケイリンの予選は2着でも次に進めるんですが、思いきって仕掛けていい走りができれば1着で入線できることがよくあります。世界選手権の準決勝や決勝ではみんなメダルを狙っているので仕掛けたくないんですよね。そういったところで自分が思いきって仕掛けるとメダルにつながってくると思います。
――世界のトップ選手である、ラブレイセン選手や、マシュー・リチャードソン(オーストラリア→イギリス)選手はメンタル面でも強さを感じますか。
大きな差は感じていません。彼らも日本チームのことを強敵だと感じつつあると思っています。レースのなかで自分を見ているなと感じることもありますし、自分中心にレースが動いたりする時もありますから。ケイリンではラブレイセン選手に何度か勝っていますので、少なからず自分を意識しているのかなと思っています。

――世界選手権の舞台は南米チリとなります。海外でのレースや調整は得意なほうですか。
慣れてきましたね。最初は日本食を持って行ったりしましたが、今は味噌汁だけ持っていってます。あとは白いご飯を食べられたらいいですね。余計なものは持っていかず、基本的には海外の食事に適応するようにしています。チリには初めて行くので、どんな国かまったくわからないですね。
――今回の世界選手権での出場は、スプリントとケイリンですが、どのような目標を持っていますか。
スプリントでは、200mフライングタイムトライアルがそのまま短距離選手の脚力のランキングになるので、どれだけ上位に食い込めるか感じ取ってきたいです。そこでベストタイムを出したいですね。全日本選手権では何も調整せずに出したタイムですから、今度はしっかりと調整してどれだけのタイムを出せるのか、楽しみです。そしてその後の対戦でできるだけ勝ち上がってきたいなと思っています。
スプリントでもメダルを狙えないわけではないんですが、メダルばかり狙っていると自分の目標を見失ってしまうと思うので、ロサンゼルスオリンピックに向けて、今の自分は何をすべきなのかをしっかり考えて、戦略を立てていきたいなと思っています。
ケイリンはもちろん金メダルです。そこは「金メダルを狙う」と言っていいと思っていますし、獲れる力もあると思っています。万全の状態で臨みたいと思っています。

ロサンゼルスオリンピックの代表選考レースには入っていませんが、ある程度ここで成績を残しておくことで今後にもつながるので、まずは弾みをつけたいです。それから金メダルを獲ることで、自信をつけたいですね。
世界選手権での上位選手はオリンピックでも変わらないと思いますので、そこで金メダルを獲れれば、オリンピックでも可能かなと思います。そのステップアップにする大会にしたいなと思っていますので、すごく楽しみですね。
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【Profile】
中野慎詞(なかの・しんじ)
1999年6月8日生まれ、岩手県花巻市出身。小学4年生時にアルペンスキーの全国大会で優勝。高校から自転車競技を始め、数々の好成績を残す。早稲田大学進学後も結果を出し、ナショナルチームにも加入。2021年には日本競輪選手養成所に入所し早期卒業を果たす。2022年1月の競輪デビュー戦から無傷の18連勝で特別昇級。ナショナルチームの一員としても活躍し、2024年のパリオリンピックではケイリンで4位入賞を果たした。