ウナギ・サヤカ 東京ドームへの道 vol.4 後編
(前編:年齢を公表した後の周囲の変化と39歳の決意「夢を見せ続けないといけない」>>)
9月2日、39歳の誕生日を迎えたウナギ・サヤカ。この節目にインタビューを申し込んだのは、彼女の言葉のさらに奥を知りたいと思ったからだ。
後編では、プロレス界において密着動画を作る難しさ、そして9月29日から始まる自主興行5大会について語られる。
【お客さんが気持ち悪いと思うことはやりたくない】
――8月2日、東京ドームシティ アトラクションズでの自主興行がすばらしかったのは、作り手の人たちが楽しんでいたからだと思います。鈴木みのるさんも、ものすごく楽しそうでしたよ。
ウナギ:あんな興行ないですよね。レスラーがみんな楽しめるってなかなかないと思うし、毎回は難しいですけど。スタッフ周りの人たち、みんな泣いていましたから。プロレスの興行をやったことない人たちもいたなかで、芝生広場を仕切っている女性のスタッフさんは、最後、大号泣してました。
――あの方はウナギさんきっかけでプロレスにハマったみたいですね。
ウナギ:むっちゃ楽しかったみたい。そうやって「次もやりたい」って関わってくれる人が増えているのは、一番いいことだと思う。お金がもらえるからって、嫌々やられるのも嫌じゃないですか。「仕事だからやっている」んじゃなくて、「やりたいからやっているのが仕事」というのがベストかなって。
――巻き込む力というか、求心力というか、本当にすごいですよね。どうしたらウナギさんみたいになれるんだろう?
ウナギ:楽しいことをするのはもともと好きでしたね。運動会も学園祭もめっちゃ好きでした。みんなでひとつのものをやり遂げた時の達成感とか、楽しさって半端ないじゃないですか。ワールドカップとかも、みんなでウワーッてやるの、めっちゃ楽しくないですか?
――楽しい!
ウナギ:そんな感じで、求心力なんて意識していないんですよ。花火って、一発上がったらみんな見るじゃないですか。上がるまでは気づかないけど、上がり始めたら「なんか楽しそう」ってなる。その感じに近いかもしれない。「こっちにいったら面白そう」っていうのを自分がやれば、人は絶対についてきてくれる。シンプルにそんな気がするんですよね。
――楽しいことをやり続けるためのルールはありますか?
ウナギ:自分のなかで、やりたい・やりたくないは、なんとなくはありますね。
――ウナギさんのなかでは何が"ナシ"ですか?
ウナギ:プロレス界で「キショいな」と思うことの代表例は、スポンサーで「金渡してんだから、写真撮らせてよ」って当たり前にやってくる人。
――スポンサーを募集する動画もありましたが、結局、募集はしているんですか?
ウナギ:けっこう断ってるんですよ。「プロレス好きだから、お金だけ出したい」みたいな人は嫌なんです。本来はスポンサーになるメリットって、そのスポンサーの商品などのPRができたりするからじゃないですか。そこが果たせないのはなんか嫌なんですよね。
あとは「スポンサーだから前に座らせてくれ」とか、キモい。団体によっては「ああ、スポンサーの力が強いんだな」とか、客席から見ていてちょっと気持ち悪い。お客さんが気持ち悪いと思うことはやりたくないんです。
――それよりも、頑張ってチケット代を払ってくれる"ひつま武士(ウナギのファンの総称)"を大事にしているんですね。
ウナギ:そのほうがいいなあと思いますね。お金だけ出す人なんか、いるわけないんですよ。必ず何かの見返りを求めてくる。
【今まで敬遠されていた部分をいい意味で見せていきたい】
――密着動画を撮影している齋藤圭吾さんにも伺いたいのですが(この日のインタビューにも同行)、ウナギさんはどういう人だと感じていますか?
齋藤:最近、本当にムカついたことがあって。「OKです」って言っていた撮影の台本を、当日に全部ひっくり返したんですよ。その時はムカついたんですけど、今思うと、常に最善を考えている人なんですよね。
ウナギ:プロレスラーあるあるかも。実際、お客さんが入った状態になると、「あれ? なんか今日、雰囲気違うな」みたいになって、ガツンと変えちゃったりする。時事問題じゃないですけど、「今はこれを取り入れたほうがいい」とか、どうしてもあるんですよ。やっぱり、おもろいほうを選択したいから。齋藤さんはめっちゃ準備してくれているけど、ウナは感覚で「なんか違うな」って変えちゃう。そこが一番バトるかもしれない。
齋藤:本当は全部撮りたいんですよ。ウナギさんが誰かとバトっているところも。
ウナギ:齋藤さんとバトっているところを撮ったらいいじゃん(笑)。
――プロレス界で密着動画を見せる人って、今までいなかったですよね。プロレス界はベールに包まれている部分があるから、密着は相当難しいんじゃないかと。だから今、ウナギさんと齋藤さんは前例がないことをやっているなと思います。
ウナギ:そこでもバトりますね。「この表現はちょっとやめてください」とか。本当は私も出したいんですよ。包み隠さずすべてを見せることはできないけど、炎上しても、本来は見せたほうがいいと私は思っています。でも、自分が炎上する分には全然いいんですけど、他の選手を巻き込んでしまうのは絶対に嫌なんです。いくならひとりでいきたい、というのはありますね。
最近は、齋藤さんの認識もできてきたんですよ。最初は「あの人、誰?」みたいになっていたけど、毎回ちゃんと頭を下げて挨拶してくれるし、ちゃんと数字も出してきているから。アジャ(コング)さんとかも、めっちゃ信頼していると思いますよ。
――アジャさんの動画、最高でしたね。
ウナギ:あの動画ヤバいですよね。アジャさん、ロケうまいね、本当に。
――あんなに黙るウナギさん、初めて見ました。ぐうの音も出ない感じ。アジャさんも心を開いて話してくれた?
ウナギ:アジャさんはたぶん、100パーで心を開くことは絶対ないですね。でも、ある程度の信頼があるのか、普段は語らない部分も撮れた。そうやって作品を作っていくのが私の仕事なのかなとも思います。許可取りも含めて、面倒くさいんですよ。

――齋藤さんの動画は「いい作品を作りたい」という志が見えますし、よりリアルなものを届けたいという葛藤は絶対あると思います。
ウナギ:めっちゃあると思う。前田日明のYouTubeとかは、バズらせるために、なんなら炎上させるために切り取っていると思うんですよね。前田日明も「叩かれてる、どうしよう」なんてことは思わない。それは別にいいんですけど、ひとつのコンテンツとして見た時に、やっぱり信頼度はなくなる。
私だって、たぶんもっとバズれる動画を出せますよ。切り取り方によっては、私もけっこう過激なことを言うから。でもそこは、齋藤さんがかなり計算して作ってくれていると思います。今まで敬遠されていた部分をいい意味で見せていきたいので、そのために信頼関係が大事かなと思いますね。
【100%未練なしに辞めていく人は、たぶんひとりもいない】
――新宿FACEでの自主興行が始まります。メインは引退を控えている5人のレスラーとのシングルマッチ。まずは9月29日、本間多恵選手とシングルですね。
ウナギ:この5人にむっちゃ思い入れがあるかといったら、そういうわけではないんですよ。でも、それぞれに思うことはあって。たえぴょん(本間多恵)とかだと、たえぴょんが自主興行をやった(8月30日、新木場1stRing)のは私のせいなんですよ。
――そうなんですか?
ウナギ:引退を聞いて、「いつですか?」って聞いたら、「10月13日の乱丸フェスで」と言われて。「自主興行は?」って聞いたら、「やらない」と。いやいやいやいや、お前、10年もプロレスやって、自主興行をやらずにレスラーを終えるって、プロレスラーちゃうぞって。この苦労を知らないままレスラーを終えるのと、やって苦しさを知った上で辞めていくのは全然違うからねって。フリーだったら絶対やらなきゃダメだって、毎日詰めたんです。
――なぜ、自主興行をやりたくなかったんでしょうか?
ウナギ:やってみたいけど、大変だからって。めっっっちゃくちゃ大変だし、1カ月くらい前にチケットが売れてなかったらゲロ吐きそうになる。でも、これをやらないと、団体がどういう苦労をして興行を行なっているのを知らないまま辞めていくわけじゃないですか。
自分で興行をやると、仕組みがちょっとわかるんですよ。「待って、こんなところでこんなことを考える必要もあるの?」みたいな衝撃がけっこうあって......。だから、それは知らないと失礼だよって。自分がここまでできたんだ、できなかったんだっていうのを知るためには、絶対にやらないとダメだって詰めまくりました。

――キャリアでは、本間選手のほうがかなり上ですよね?
ウナギ:10年だから、4年上ですね。でも年齢はタメなんですよ。だからっていうのもあるのかもしれないですけど、まったく偉そうにしないですよね、あの人。分け隔てなく関わってくれる。だから私も「絶対やらなきゃダメですよ」っていうのを言えました。
――どうやって最高の送り出し方をしたい?
ウナギ:100%未練なしに辞めていく人は、たぶんひとりもいない。もちろんできたこともできなかったこともあると思うし、その中で、みんなキャリアはバラバラですけど、「ウナギ・サヤカがいるんだったらいいかな」って思ってもらいたい。団体も出どころも違うし、やってきたこともスタイルもまったく違うけど、その人の気持ちも一緒に託してもらえたらいいな、みたいなのはありますね。 それは里村明衣子しかり、清水ひかりしかり。何かしらの形でその人がやりたかったことを繋いでいけたらいいなあと思います。
【引退する5人との試合は「一日でもズレていたらできなかった」】
――まさに里村さんがワンマッチ興行(2月16日、後楽園ホール)のマイクでおっしゃったことですよね。「これからもウナギの夢を一緒に見たい」という。ウナギさんがいるから、ちょっと安心して引退できたんじゃないかと思います。
ウナギ:そうなら嬉しいですよね。まあ、だから、ひとりじゃないですよ。もちろんリングに上がる時はひとりですけど、私は特殊な例で、本当にいろんな人と闘って、いろんな時間を共にしたと思う。それこそ里村明衣子、加藤園子なんかは同期なわけで、あのふたりの関係性と比べたら、それはそれは浅いもの。でも、そこは関係ないと思うし、この先プロレスの未来を作っていくのに、少しでもその人の夢も一緒に連れていけたらと思う。
――里村さん、加藤選手のような関係性に対してリスペクトしつつ、遠慮しないでいけるのが強いと思います。
ウナギ :遠慮すると、自分のやりたいことができなくなってしまう。私の表現って、遠慮せずに伝えるから届くものだと思っているので、そこに関して遠慮はしない。そういう意味では、里村さんとワンマッチをした時から、もう腹は決まっているんですよね。どれだけリスクを負ってでも、「ここはやりたい」と思ったらやったほうがいい。
――10月21日は、加藤選手とシングルマッチです。
ウナギ:正直、ほぼ関わりはなかったんですよ。初めて会った時は、「めっちゃ明るいチーママが来た!」みたいな(笑)。でも話を聞いたら、プロレスが大好きで、膝を14回手術してるんです。それでも辞めないのがカッコよすぎて。
だから引退を聞いた時に、最後に両国国技館に上がってほしいなと思ったんです。両国って、誰でも立てる場所ではないから。加藤園子が引退する年に呼べたっていうのは(4月26日、両国国技館での自主興行に加藤が参戦)、私の成功だし。最後に一回でもいいからシングルしておかないと、自分が後悔するだろうなと思います。
――オファーを受けてくれたということは、柔軟な方なんですね。
ウナギ:プロレスを好きな人は信じてくれますよね。だから、たぶん他団体でシングルとかはやらないけど、「いいよ」って言ってくださったんです。
――その5人が全員オファーを受けてくれたというのが、本当にすごい。
ウナギ:本当に、誰かひとり一日でもズレていたらできなかった。
――最後に、39歳の抱負を教えてください。
ウナギ:8月2日に掲げた「プロレスを観たことがない人に来てもらえる世界を作る」ということを実現するために、毎日動画を配信したりしてるんですけど。そこから来てくれてる人もいっぱいいて。とにかく、YouTubeだったりTikTokだったり、今後メディアにはたくさん出たいです。今はまだ知らない人たちが会場に足を運んでくれるようになるっていうのが、大きな目標ですね。
最近、後楽園がパンパンになる時の傾向って、「もうこの人たちを見られないよ」っていう時だと思うんですよ。でも、「初めて観に来た人たちもいっぱいいる」というのが、今後のプロレス界の成功のカギというか。 プロレスを残していくためには一番大切なポイントだと思うので、とにかく観たことない人だったり、離れてしまった人たちに、「プロレスってこんなに楽しいんだ」って広めていくのが今のテーマです。
【プロフィール】
■ウナギ・サヤカ
1986年9月2日、大阪府生まれ。2019年1月4日、東京女子プロレス後楽園ホール大会にて「うなぎひまわり」としてデビュー。2020年11月、スターダムに初参戦。コズミック・エンジェルズを結成し、12月、アーティスト・オブ・スターダム王座を戴冠。2021年7月、フューチャー・オブ・スターダム王座を戴冠。2022年10月よりフリーになり、"ギャン期"と称して他団体に参戦。2023年10月、KITSUNE世界王座の初代王者、2024年1月6日、JTO GIRLS王者、1月7日、アイアンマンヘビーメタル級王者となり、三冠王となる。2025年4月26日、両国国技館で自主興行を開催した。168cm、54kg。X:@unapi0902