血を分けた兄弟なのに、これほど特徴が違うのも珍しい──。

 冨士隼斗(日本通運)と冨士大和(西武)の投球を見るたび、そう思わずにはいられない。

 どちらが優れていて、どちらが劣っているという話ではない。それぞれに異なる、しかもエッジの効いた個性があるのだ。

【ドラフト】西武でプレーする弟を追って 無名の控え投手だった...の画像はこちら >>

【弟は昨年のドラフトで西武から育成指名】

 先にプロ入りしたのは、5歳下の弟・大和だった。大宮東(埼玉)に在学した高校3年時点で、身長186センチ、体重78キロと長身痩躯の体形。左ヒジが下がり、リリース時にアゴが上がる、いかにもクセの強い投球フォーム。セットポジションに入る前には、両胸を広げてから左腕を高々と掲げる、謎めいたルーティンまである。

 いかにも「変則左腕」のムードが漂うのだが、サイドハンドに近い位置から繰り出されるストレートは、とてつもない勢いで捕手のミットを揺らした。当時の最高球速は144キロ。しかし、そんな数字など無意味に思えるほど、大和のストレートは超高校級だった。チームは甲子園とは無縁だったものの、大和は埼玉の高校球界で面白いように奪三振ショーを演じた。

 2024年のドラフト会議では育成ドラフト指名だったが、高卒1年目の今季はファームで早くも台頭。プロ入り後のフィジカル強化で球速は150キロに達し、支配下登録も視野に入ってきている。

 そして今年、弟に続くべく、兄・隼斗もドラフト候補に浮上している。

 隼斗は身長180センチ、体重86キロと筋肉質な体つき。最速155キロをマークする速球派の右投手である。弟とは投げ腕が異なるだけでなく、投球フォームもパワーピッチャーのムードが漂う。

「そうですね、弟とは全然タイプが違いますよね」

 そう苦笑する兄・隼斗に、弟のうらやましい部分を聞いてみた。隼斗は答えに窮することもなく、即答した。

「一番は身長です。自分よりずっと背が高いので。あとは真っすぐで空振りを取れるところが、自分にはないところです。どうして(大和は)空振りが取れるのか......と考えることもあるんですけど。そこはうらやましいですね」

 常時150キロ前後を計測する隼斗だが、ストレートで圧倒するタイプではない。隼斗は自身の投球スタイルについて、こう自己分析する。

「長いイニングを投げても球威が落ちないのは自分の武器だと思うんですけど、基本的には真っすぐに加えて変化球を効かせていくスタイルだと思っています」

【高校時代は7、8番手の控え投手】

 隼斗と対戦経験のある打者から、こんな本音を聞いたことがある。

「ストレートはスピードガンの表示ほどは速く感じないです。

でも、あの速いスライダーがやっかいですね。もしプロに行ったら、ストレートより変化球が武器になるんじゃないですか?」

 140キロ前後で鋭く横滑りするスライダーは、打者の脅威になっている。同じく高速帯で落ちるフォーク、120キロ台のカーブも織り交ぜる。

 この点でも、兄弟は非対称と言っていいかもしれない。弟の大和はストレートのキレが抜群だった一方、変化球の精度に課題を残しているからだ。

 そして、野球選手として成熟していく過程も兄弟でまったく違っている。高卒でプロ入りした大和に対し、隼斗は遅咲きだった。

 大宮東では7、8番手の控え投手。平成国際大で地道に肉体強化に取り組み、大学日本代表候補合宿に呼ばれるほどの投手に急成長した。それでも、大学4年時のドラフト会議では指名漏れを味わい、日本通運に入社している。

 今年の隼斗は、「弟と同じ世界でプレーしたい」と意気込みどおりの進化を見せている。入社1年目はリリーフ中心の起用だったが、2年目の今年は社会人屈指の投手層を誇る日本通運で先発を任されるようになる。

今夏の都市対抗南関東予選では、テイ・エステックとの決勝戦で先発。被安打1の快投で完封勝利を収めている。隼斗は「変化球の精度と、真っすぐのコントロールがよくなりました」と手応えを語る。

 ただし、都市対抗初戦では登板機会がないまま、チームは初戦敗退を喫した。試合後、隼斗の起用法について問われた日本通運の澤村幸明監督は、こう語っている。

「冨士の状態が悪いということではないです。相手(日本製鉄瀬戸内)の打線との兼ね合いを考えて、先発を決めました。冨士は次戦の先発か、タイブレークまでもつれ込んだ場合に投入する予定でした」

 先発起用された相馬和磨は、円熟味を増しているエース左腕である。隼斗も「真っすぐでも変化球でも空振りが取れて、自分にはできない組み立てができて、すごい先輩です」と相馬の偉大さを実感している。

【最大の武器は投手としての思考力と探究心】

 隼斗に残された公式戦でのアピールの場は、9月23日からの日本選手権関東最終予選を残すのみになった。初戦から強豪・日立製作所と対戦するハードな組み合わせになったが、隼斗は日本通運の先発マウンドを託された。等々力球場のバックネット裏には、スピードガンを構えるスカウトがズラリと並んだ。

 しかし、隼斗は日立製作所の清水大海にインコースのストレートを弾き返され、2ラン本塁打を浴びるなど3回までに3失点を喫する。

4回以降は立ち直り、6回2/3を投げて7奪三振とまずまずの内容だった。だが、チームは終盤に決勝点を奪われ、3対4で敗退している。

 隼斗はこの試合を「最後のアピール」と位置づけていた。敗戦という結果を受け、どんな思いが去来するのか。そう尋ねると、隼斗はこう答えた。

「持っているものは出しきれました。あとは評価するのはスカウトの方々なので、そこはお願いするしかないですね」

 客観的に見ると、現段階での隼斗は「プロ即戦力」と言えるほどの評価は得られていないのだろう。だが、冨士隼斗という投手の本質は、「即戦力か否か」という評価軸では測れないように思える。

 隼斗の最大の武器は、投手としての思考力と探究心にある。

 2年前の6月に実施された大学日本代表候補合宿。明治大のエース右腕・村田賢一(現ソフトバンク)から、こんなエピソードを聞いたことがある。

「合宿中、冨士と同部屋だったんですけど、どうやったら速いボールを投げられるのかと聞いたら、『背骨をしならせるように使え』とアドバイスをもらって。

正直言って『ワケわかんない』と思ったんですけど、翌日の紅白戦にそのイメージで投げたら150キロが出たんです。自分でもビックリしました」

 名門大学のエースも驚くような、隼斗の投球技術への知識。それは無名の控え投手からプロ注目選手へと進化するなかで積み上げてきた、無形の財産なのだ。

【自分はもっと成長できる】

 弟の大和もまた、隼斗から影響を受けた投手のひとりだ。実家で夕食を終えると、隼斗は大和に投球フォームのレクチャーをすることがあったという。大和は1年前、こう語っている。

「兄は大学でケガをした時に、体の使い方や練習法をたくさん調べていました。体をコントロールできるようになって今があると言っていて、兄からいろいろと教わっています。とくに言われたのは、『胸のしなりを使えていない』ということ。メディシンボールを使って胸郭を柔らかく、強く使えるトレーニングをするようになって、球持ちやしなりが出てきました」

 大和はトップで左ヒジが落ちるフォームで、一般的には「ケガをしやすい」と見られがちだ。しかし、隼斗から「大和は胸郭を広げる投げ方だから、トップでヒジの位置が低くなるのは自然だよ」と言われたことで、大和は自身の投げ方に自信が持てたという。高校卒業までに、大和が肩・ヒジを痛めたことは1回もなかった。

心強い兄の存在も、ひとつの要因だったに違いない。

 隼斗の試合前の準備を見ていると、大きな違和感を覚える。キャッチボール中、ほかの投手陣が投げる距離をどんどん広げていくなか、隼斗は20メートルを越えた距離から動こうとせず、延々と剛速球を投げ込んでいくのだ。

 試合前に遠投をしない理由を聞くと、隼斗はこう答えた。

「自分の場合、遠投をしてしまうと真っすぐがシュート気味になってしまって、ボールが垂れたり引っかけたりするんです。だから近い距離からボールの強さを意識して、投げるようにしています。大学の時からずっと、この調整法を続けています」

 努力と工夫で自分自身を高めてきた。そのプロセスと芯の強さこそ、冨士隼斗というアスリートの評価すべきポイントなのかもしれない。

 自身の伸びしろをどのように自己分析するか。そう尋ねると、隼斗はこう答えた。

「自分はいい時と悪い時のムラがあって、再現性をまだまだ突き詰めていけると考えています。より細かいところを教えてもらえる環境に行かせてもらえれば、今までになかった発見があると思うんです。自分はもっと成長できると思います」

 この選手の本質を理解、評価する球団は現れるのか。10月23日のドラフト会議当日、その答えが出る。

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