連載第63回
杉山茂樹の「看過できない」

 日本がブラジルに3-2で逆転勝ちしたことを、日本のメディアは歴史的な勝利と報じて歓喜した。同時に、各国のメディアが震撼している様子も積極的に伝えた。

しかし、それぞれの報道の"ビックリ度"についてまでは詳細に報じていない。疑ってみるべき点だろう。日本人が思っているほど、海外の人は驚いていないと考えるのが自然だと、筆者は考える。

 それは、国際親善試合の位置づけが日本とは決定的に違うからだ。日本のメディアは親善試合であることを積極的に謳おうとしない。強化試合やテストマッチと称し、テレビの実況アナウンサーは国と国との戦いの場に仕立て上げる。肩に力を入れ、サッカーの代表戦は戦争だと言わんばかりの勢いで、真剣勝負であることを煽ろうとする。強化と親善のバランス関係において、諸外国とは大きな開きがあるのだ。

サッカー日本代表に必要な「親善試合のたしなみ」 ブラジル戦勝...の画像はこちら >>
 来年のワールドカップの予選に参加した国と地域が206を数えることでも示されるように、サッカーは海外との積極的な交流のうえに成立している競技である。少なくとも親善試合のマッチメークは、各国協会の友好関係がベースになっている。フレンドリーマッチと呼ばれる所以である。

 そうした本質を忘れ、メディアは対決姿勢を必要以上に強調する。

サッカー協会も一緒になって真剣勝負的なムードを演出することで、サッカーの産業としての価値を高めようとする。

 代表監督が勝ち負けにこだわりすぎる結果至上主義に陥る理由だろう。森保一監督が毎度、お馴染みの選手を招集し、新戦力のテストもそこそこにベストメンバーを起用したがる理由でもある。

 欧州などを見ていると、バランス的に見て日本の何倍も鷹揚としている。筆者にはそのゆとりが、4年に1度というワールドカップのサイクルといい感じでマッチしているように見える。本大会が迫ると失速する傾向が強い日本とは対照的だ。

 日本対ブラジル。勝ったのは日本だが、ワールドカップ本大会に向けて上積みが期待できるのはブラジルだと見ている。

【目をこらすべきは前半】

 試合後の会見で、「日本に同点とされる、その少し前に行なった3人の選手交代が結果的によくなかったのではないか」との質問を受けたカルロ・アンチェロッティ監督は、ひと言、不機嫌そうに「ノー」と返した。

 だが、筆者には半分「イエス」に見えた。リスクを承知で選手を代えたのではないか。世界一の勝負師に、そうした勘が働かないはずはない。親善試合のゆとりが名将に危ない交代を促したのだ。

森保監督にそういう真似はできないだろう。

 親善試合で目を凝らすべきは、1試合を通して戦いぶりではなく、前半の戦いぶりだ。メンバー交代は公式戦の5人から、このブラジル戦のようにたいていは6人に増える。後半は交代カードの切り合いになり、選手を試す時間に充てられる。お互いが交代カードを切り合わない前半こそが、お互いの実力をフェアに比較することができる時間なのである。

 日本に浸透しているとは言い難い、親善試合の常識だ。勝利を喜ぶなと言っているのではない。喜びすぎは禁物だと言っているのだ。

 サッカー後進国ならいざ知らず、ワールドカップでベスト8以上を狙おうとしている中堅国だ。監督に至っては嘘か本当か「優勝」を口にする。ブラジル戦後の会見でも、「優勝」と煽るような質問が日本のメディアから森保監督に向けられていたが、親善試合の1勝を歴史的勝利と大喜びしている間は、ワールドカップ優勝は難しい。

 さらに言えば、ブラジルが断トツの、誰もが認める世界一の実力国なら、多少の大騒ぎは許されるかもしれない。

しかし2002年日韓共催ワールドカップを最後に、ブラジルは20年間、5大会連続で優勝から遠ざかっている。最高位は自国で開催された2014年ワールドカップのベスト4。この時は準決勝でドイツに1-7、3位決定戦でもオランダに0-3と屈辱的なスコアで敗れている。

 いまのブラジルは「ベスト8の常連」に成り下がった状態にある。実際、欧州のスペイン、イングランド、フランス、オランダ、ポルトガル、南米ではアルゼンチンに実力で劣って見える。今回の南米予選は5位通過という体たらくだった。

【昔のイメージでブラジルを見ている】

 ちなみに筆者が最も強いと思ったブラジル代表は、2トップにロナウドとロマーリオのROROコンビを擁し、コパ・アメリカやトルノワ・ドゥ・フランス(フランスワールドカップのプレ大会)を制した1997年のチームだ。翌年のワールドカップでは開催国のフランスに優勝をさらわれたが、その1年前は間違いなく世界最強だった。

 さらにその1年前のアトランタ五輪(1996年)で、日本はブラジルを破っている。日本が放ったシュート数は、ブラジルの28本に対してわずか4本。まさにマイアミの奇跡である。両者の実力差は明白だった。

 日本人はブラジルをいまだに当時のイメージで捉えているのではないか。2022年カタールワールドカップのグループリーグで、日本はドイツ(2014年大会優勝)、スペイン(2010年大会優勝)を破っている。ブラジルに勝っても特に驚くべき話ではないのだ。

 ただし、日本がドイツ、スペイン、ブラジルより強いかと言われれば、それはノーだ。差が詰まっていることは認めるが、次回も勝てる保証はどこにもない。カタールワールドカップでも、ドイツ、スペインに勝ちながら、結局は4試合を消化して大会から姿を消すことになった。

 ブラジルに勝って大喜びするのはいいが、その前の試合でパラグアイに辛うじて引き分け、さらにその前のアメリカ遠征ではメキシコに引き分け、アメリカに敗れている事実を忘れるわけにはいかない。この悪い流れをブラジル戦の勝利で忘れたとすれば、あまりにも無邪気だと言うべきだろう。

 親善試合は11月にも行なわれる。ガーナ戦(14日)とボリビア戦(18日)だが、サッカー先進国の仲間入りを目指すなら、日本サッカー界は親善試合ならではの"たしなみ"をもう少し学習する必要がある。

 危ない時間であることを認識しながら、メンバー3人を一気に代えたアンチェロッティ采配が筆者には印象に残るのである。
 

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