後編:山本由伸2試合連続完投勝利に見るMLBで完投勝利が減った理由
名門ロサンゼルス・ドジャースの歴史に刻まれた、山本由伸のポストシーズン2試合連続完投勝利。その快投は、中4日のローテーションや球数制限、データ主導の野球のなか、先発投手の完投が激減したMLBの潮流に一石を投じるものであり、同時に野球が持つ本来の魅力を思い起こさせるものでもあった。
前編〉〉〉山本由伸の2試合連続完投勝利は「野球が本来あるべき姿」
【データ野球が裏目に出た7年前のロバーツ監督の采配】
データ主導の現代野球では、リリーフ投手の起用は綿密なデータ分析に基づき、最も合理的な勝ち方とされている。監督が先発を長く引っ張ること自体が、むしろリスクと見なされるのだ。
しかし、それが裏目に出ることもある。象徴的なのが、2018年のワールドシリーズ第4戦でのデーブ・ロバーツ監督の采配だ。
ドジャースは6回裏、3点本塁打で4対0とリードを広げ、誰もがシリーズが2勝2敗のタイになると信じた。だが、7回途中までわずか1安打・7奪三振と圧倒的な投球を見せていたベテラン左腕リッチ・ヒルを、1死一塁の場面で交代させたことで、流れが一変する。リリーフ投手が次々に打ち込まれ、試合は6対9の逆転負け。その采配に、当時のドナルド・トランプ米大統領がSNS(当時のツイッター)で「7回の途中まで打者を圧倒していた投手を降ろし、萎縮しているリリーフ投手に代えるなんて、ひどい采配だ」と批判したことがニュースにもなった。ただし、その年のドジャースではそれが常識だった。チームは「4点以上のリードを持つ試合では54勝0敗」という圧倒的なデータを誇っており、ロバーツ監督の采配も、当時の戦略の延長線上にあったのである。
だが、ここで筆者が強く感じるのは、MLBというエンターテインメントの舞台において、勝つための戦略の最適化はもちろん重要だが、先発投手が偉業を成し遂げる可能性を自ら封じ込めてしまうのは、あまりにももったいないということだ。
【山本のピッチングが将来へのヒントになることを願う】
前編で紹介した、ドジャースのクレイトン・カーショーの言葉「これが"野球が戻るべき姿"なのかもしれませんね」を、あらためて思い出してほしい。
歴史的に見ても、ファンを最も熱狂させてきたのはホームラン王ベーブ・ルースのような存在だが、それに匹敵するのが完投型のエースたちだった。代表格は通算222完投を記録し、ノーヒットノーランを7度達成したノーラン・ライアン(テキサス・レンジャーズ他/メジャー歴1966~1993年)である。
それではいけないとMLBは2023年からルールを変更し、盗塁を狙いやすくし、失われたスリルを取り戻そうとしている。
カーショーが語った「先発同士の真っ向勝負、試合終盤まで投げ合う姿はいつだって魅力的です。今回の山本のピッチングが、将来へのヒントになるかもしれません。そう願っています」。この言葉に、賛同する人は少なくないはずだ。
今年、山本がポストシーズンで完投を果たしたのは、2017年のア・リーグ優勝決定シリーズ第2戦でジャスティン・バーランダー(現サンフランシスコ・ジャイアンツ)がニューヨーク・ヤンキースを相手に9回13奪三振で完投勝利を収めて以来のことだった。公式戦のデータを見ても、その希少性は明らかだ。2018年以降、個々の投手のシーズン最多完投はわずか2~3試合が続いており、例外は2022年のサンディ・アルカンタラ(現マイアミ・マーリンズ)が記録した6完投のみである。
かつての時代を思い出してみよう。1988年、オーレル・ハーシュハイザーはドジャースをワールドシリーズ制覇へ導く伝説的なポストシーズンを送った。ナ・リーグ優勝決定シリーズで1試合、そしてワールドシリーズで2試合、計3試合連続完投という前人未到の偉業である。当時1980年代には、シーズンで完投2ケタに達する投手が毎年10人以上いた。完投を目前にして9回のマウンドに立つ――その瞬間に漂う独特の緊張感と高揚感が、野球が最も美しく輝く時間のひとつだったのである。
ちなみに、ドジャースは強力なブルペンを構築することで、ここ数年にわたって安定した成績を残してきた。2020年のブルペン防御率は2.74で30球団中2位。以降も、2021年は3.16で2位、2022年は2.87で同じく2位、2023年は3.42で3位、2024年も3.53で4位と、常に上位に位置してきた。しかし今年(2025年)は4.27で21位と大きく成績を落としていた。その状況のなかで、山本がまさに"救世主"として現れたのである。
【芸術的な投球でドジャースの歴史に名を刻む】
ワールドシリーズ第2戦の山本の投球は、まさに芸術的だった。初対戦となったブルージェイズ打線は、ボール球をほとんど振らず、確実にコンタクトしてくる厄介な打線。
主砲ウラジーミル・ゲレロJr.にはスプリットを続けて投げ込み、最後はカーブで空振り三振。第1戦で本塁打を含む3打数3安打と当たっていた4番アレハンドロ・カークを一直に打ち取ると、続くドールトン・バーショをフルカウントからのカーブで見逃し三振に仕留めた。2回以降、ブルージェイズ打線が狙っていたフォーシームの使用を抑え、山本はスプリット、カーブに加えてカッター、スライダー、シンカーを巧みに織り交ぜていった。相手打線に"読み"を与えず、投球の幅で試合を支配した。
山本はチームのブルペン事情も計算に入れていたのだろう。信頼できるのは、先発から中継ぎに転向した佐々木朗希ただひとりという状況。だからこそ、中盤以降はカッターを多用して打たせて取り、球数を減らす配球に切り替えた。4回から7回までは奪三振がわずかひとつだったが、すべての打者を5球以内で片づけ、試合のリズムを生み出していった。
試合後、山本は淡々と語っている。
「僕のピッチングスタイルは、どんどんストライクゾーンに投げていくことです。もちろん狙うコースはありますけど、基本はすべてのボールをストライクゾーンに向けて思いきり投げるというスタイル。
試合の均衡を破ったのは7回だった。ウィル・スミスの左越えソロでドジャースが勝ち越すと、続くマックス・マンシーも左翼席へソロ本塁打を放ち、試合の流れを引き寄せた。8回には打線がさらに2点を追加。その直後、山本はまるで感謝を込めるかのように、8回を圧巻の三者三振で締めくくった。カーブでアンドレス・ヒメネスを空振り三振、高めの速球でジョージ・スプリンガーを空振り三振、そして最後はネイサン・ルークスを速球で見逃し三振。ロジャーズセンターは静まり返り、ただその支配的な投球を見つめるしかなかった。
チームメートもその投球に舌を巻いた。「4、5種類の球を自在に操り、まるで"ノミを狙っても当てられる"ほどの精度。どこにでも投げ分けるし、打者のスイングを完全に理解している。本当に信じられない投手だよ」と、フレディ・フリーマンは驚嘆した。
マーク・プライアー投手コーチも称賛を惜しまない。
「速球でも、カッターでも、カーブでも――何でも思い通りに投げられる。
被安打4、失点1、与四球ゼロ、奪三振8。最後の20人の打者を連続で打ち取るという、まさに"完全支配"と呼ぶにふさわしい投球内容だった。
試合後の会見では、こんな質問も飛んだ。
「ドジャースの歴代の名投手、サンディ・コーファックスさんやオーレル・ハーシュハイザーさんも、ワールドシリーズで完投しています。ご自身がその系譜に並んだという実感はありますか?」
山本は少し照れくさそうに笑いながら答えた。
「そうですね、あの......はい、もうとにかくうれしく思います。あの、わからないですけど......はい」
ドジャースファンは、長い球団史のなかでコーファックスやハーシュハイザーの伝説的なピッチングを貴重な財産として語り継いできた。そして、その系譜に新たな名前、山本由伸が加わった。その物語は、これからも語り継がれていく。










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