連載第74回 
サッカー観戦7500試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」

 現場観戦7500試合を達成したベテランサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。

 なでしこジャパンが苦戦中。

外国人監督起用の難しさが出ているようですが、それはなぜなのか。日本サッカーの過去の外国人監督起用とその成果も振り返ります。

【なでしこジャパンが苦戦中】

 日本女子代表(なでしこジャパン)が結果を出せないで苦戦を続けている。10月28日(日本時間29日)にはスペインのラ・リネアでノルウェー代表と対戦したものの、0対2の敗戦。24日(同25日)のイタリア戦でも1対1の引き分けに終わっており、10月の欧州遠征は1分1敗で終了した。

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 日本女子代表の指揮官は昨年の12月に就任したニルス・ニールセン監督。女子代表史上初の外国人監督で、デンマーク人だ。

 その初陣となった2月のシービリーブスカップでは、アメリカ戦を含めて3連勝で優勝して大きな期待を抱かせたが、その後は勝利から見放されている。

 5月から6月にかけてはブラジル、スペインに3連敗し、国内組中心で臨んだE-1選手権でも勝利は台湾(中国台北)戦のみ。韓国、中国とは引き分けて3位に終わった。そして、この10月の遠征も未勝利だった。

 ブラジル、スペインは世界的強豪であり、アウェーでの敗戦は仕方がない。それに、それまでは多くの選手をテストすることが主眼だった。

だが、10月の遠征前にはニールセン監督自身が「テストの段階は終わった」と語っていた。

 ちなみに日本のFIFAランキングは8位、ノルウェーは13位。2023年の女子W杯ではラウンド16で対戦して3対1で完勝した相手である。

【攻守ともに「個の力」で戦っている】

 そのノルウェー戦。日本はポゼッションで上回ったが、中央を固める相手守備陣の前でパスを回すだけ。なかなかボックス内に進入することができなかった。

 前半最大の決定機は、開始直後の2分。昨年のパリ五輪スペイン戦で重傷を負って以来の復帰となった清水梨紗からのスルーパスに、清家貴子が抜け出した場面だった。その後もチャンスは縦に抜け出す形が多かった。

 2011年の女子W杯を制した頃のなでしこジャパンは、パスワークが世界から賞賛された。フィジカル能力の劣勢をワンタッチ、ツータッチのパスを回すことで打開しての優勝であり、「世界の女子サッカーのトレンドを変えた」とも言われた。だが、最近はそんなパスで相手を崩す場面が明らかに減っている。

 今回の遠征で招集された23人のうち国内組はわずか3人だけで、海外組のうち13人は世界最高峰リーグのひとつ、イングランド女子スーパーリーグでプレーしている。

当然、フィジカル面を含め、個人能力としては2011年当時をはるかに上回っているはずだ。したがって、今の代表選手たちはドリブル突破にしても、DFを背負ってのポストプレーでも1対1で戦う力もついてきている。

 だが、しかし、日本は「パスワーク」という最大の武器を手放してしまってよいものなのだろうか?

 守備面でもそうだ。

 気になったのは、集団的な守備ができず、相手FWと日本DFの1対1の勝負に持ち込まれる場面が多かったことだ。

 原因は前線と最終ラインの守備の連係が足りないからだろう。前からプレスに行っても最終ラインを上げられなかったり、逆に最終ラインが引いているのに前線が無理にプレスに行ったり......。

 強かった頃のなでしこジャパンは、守備でも組織でプレーしていた。

 中盤で相手ボールをアウトサイドに押し出したり、逆に中央に寄せることで「奪いどころ」をはっきりさせていたのだ。今のチームには、そうした守備の戦術・戦略が見えてこない。

 つまり、攻守ともに「個の力」で戦っているのである。

【日本の「組織力」を捨てるべきではない】

 そんな、なでしこジャパンの姿を見ていて、僕はヴァイッド・ハリルホジッチ監督の頃、つまり2017年当時の男子サッカー日本代表の姿を思い出した。

 ハリルホジッチが持ち込んだのは、個人が持ち場で頑張るという、悪い意味での「欧州的」サッカーだった。

 監督の意を受けて、選手たちはボールを奪うことに力を注いだ。

だが、個人で頑張って奪っても、組織ができていないからボールを奪った瞬間に陣形がバラバラになっており、せっかく奪ったボールをつなげず再びボールを失うことが多くなった。

 組織のために献身的に働くことができるのが、日本人選手の最大のストロングポイントである。もちろん、「『個の力』を上げなくては世界で戦えない」というのは真実である。「個の力」と「組織力」はけっして"二律背反"ではない。

 その点については、かつてジーコ監督の時代に大論争が起こったことがある。ジーコ擁護派は、日本人選手の「個の力」を強化するには、選手に任せるジーコのやり方が必要だと主張していたと僕は記憶している。

 僕は、そうではないと思っている。日本人選手の「個の力」がどんなに上がっても、日本は「組織力」という武器は捨てるべきではないし、選手に自由にプレーさせれば「個の力」が伸びるほど単純ではない。

 たとえば、日本人選手が欧州CLで優勝に貢献したり、バロンドール候補に挙げられるようになったとしても、それでもやはり日本代表は組織力を武器に戦うべきだし、両者が揃ってこそ、本当の意味でW杯優勝を目指すことができるようになるのではないか。

【過去の外国人監督】

 Jリーグが発足した1990年代以降、男子サッカー日本代表では数多くの外国人指導者がやって来た。

 外国人指導者に期待されるのは、なんといっても欧州の最先端の戦術を取り入れたチーム作りをしてもらうことだろう。

 しかし、そんな指導をしてくれた外国人監督がこれまでいただろうか?

 日本は1992年に初の外国人監督としてハンス・オフトを迎えた。

だが、オフトは欧州のトップレベルでの監督経験はなく、彼が持ち込んだのは戦術の初歩の初歩だった。しかし、当時の日本サッカーにはまだ「戦術」と呼べるような概念はなく、日本人指導者のレベルは現在と比べてはるかに低かった。

 だから、オフトの指導によって日本代表は見違えるように強くなったし、サッカーファンもサッカー記者もオフトを崇め奉ったものだ。

 フィリップ・トルシエは、もう少し、高いレベルの指導をしてくれた。とくに20歳前後のいわゆる「黄金世代」を成長させてくれたという面で、僕はトルシエこそ日本サッカーのために最も貢献してくれた指導者だったと思っている(試合での"采配"は下手だったが......)。

 その後は、アルベルト・ザッケローニやハリルホジッチといった、欧州サッカー界で実績のある指導者もやって来て、欧州のトレンドに沿ったチーム作りが期待された。

 だが、その期待に応えることができた外国人指揮官がいただろうか?

 それまで監督経験がなかったジーコは、日本版「黄金の4人」に頼りきりだったし、ザッケローニは就任直後の2011年アジアカップ制覇という成功体験に縛られてそれを超えることができず、本田圭佑香川真司といった選手に依存していた。そして、ハリルホジッチは日本人選手の特性を顧みようとせずに組織を破壊した。

 イビチャ・オシムは選手の個性を見抜いて、それに合わせて新たなやり方を創造できる優れた指導者だったから、あのまま指導を続けていってくれたら(病気により任期途中で監督交代)、日本人の特性と欧州のトレンドをミックスした日本代表が完成されていたかもしれない。だが、それはもはや想像の世界でしかない。

 結果的に、日本代表は過去7回W杯に出場し、そのうち4度はラウンド16に進出したが、3度は日本人監督の下での出来事だった。

 2026年のW杯が終了すれば、当然、男子サッカー日本代表の次期監督人事が大きな話題になるはずだ。

日本サッカー協会宮本恒靖会長は外国人監督を起用したがっているという話もあちこちで耳にする。

 だが、もし外国人指導者に任せるとすれば、事前にそれがどのような哲学の持ち主なのか、日本人選手の特性をちゃんと理解しているのかをしっかり調査し、どのような方針で日本代表強化に臨むのかをよく聞き取る必要があるだろう。

 もはや「三顧の礼を持って外国人監督に来ていただく」時代ではないのである。

 夜中になでしこジャパンの試合の様子を見ながら、僕の妄想は広がっていった......。

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