選手会主催・トライアウト2025(前編)
とにもかくにも、今年もトライアウトは存続したのである。
毎年11月のプロ野球の風物詩となっていた「12球団合同トライアウト」。
【トライアウトを存続させた理由】
トライアウトを受けても意味がない──近年、言われ続けてきた言葉である。
トライアウト参加者のNPB復帰率はおよそ2~6%。プロスカウトは1年間のプレーを通じて選手の実力を把握しているため、トライアウトでどれだけアピールしても、それが採用に直結するわけではないことは、今では広く知られている。トライアウトを受けようが、受けまいが、必要とされる選手が採用される。それが現実だ。
さらに、メディアの注目が年々高まるなかで、いわば"さらし者"になることを嫌い、実績のある選手ほどトライアウトへの参加を避ける傾向が強まっていた。
もはや形骸化して久しいとも言われてきたトライアウトだが、その一方で開催する意義は確かに存在した。NPBだけでなく、社会人野球や独立リーグ、海外リーグのスカウトが訪れ、さらに過去には競輪界の中野浩一氏や、一般企業に就職した元プロ選手がスカウトとしてブースを構えることもあった。トライアウトは、選手たちにとってセカンドキャリアへの入口としても機能していたのである。
さらに、トライアウトをファンや家族、これまで支えてくれた人たちに最後のユニフォーム姿を見せる"引退の場"として出場するケースもあり、その独特のイベントは選手にとって存在意義は十分に感じさせるものであった。
昨年のトライアウト終了後、日本プロ野球選手会の森忠仁事務局長は「選手が開催を望むのであれば、やらない理由はない。
ただし、実際に開催するには、会場の確保、運営費用、スタッフの手配など、乗り越えるべき課題が多くあります。NPBにも費用面などの聞き取りを行ない、そのうえでスポンサーを探し、球場は広島に提供していただき、スタッフも地元の伯和ビクトリーズの選手が協力してくれることになりました。多くの方々の支えがあったからこそ、開催にこぎつけることができました」
選手会が引き継がなければ、トライアウトは昨年で幕を下ろしていたはずだ。しかし、まさに"雨降って地固まる"というべきか。今年のトライアウトを見て、その変化ぶりに驚かされた。
【選手会主導で一新されたトライアウト】
まず感じたのは、イベントとしての進化である。昨年までのNPB主催のトライアウトは、開催場所が12球団の持ち回りで毎年変わるため、いわば"選手が再挑戦するための最低限の環境を提供する場"という、お役所的な雰囲気があった。ファンを迎える体制も含め、その対応は球団によってまちまちだった。
これまでは基本的に入場無料だったが、今年は運営費の都合もあり、入場料として1000円を徴収。それでも平日昼間の開催でありながら、スタンドにはコロナ以降最多となる4863人が集まった。有料化によって、ファンへのおもてなしの部分が大きく改善されたことも、無関係ではないだろう。
選手会の事務方には、優秀なスタッフが外部から参加。参加者の事前発表も、開催の案内も一般ファンにはされないケースがほとんどだったが、今年は特設ページがつくられ、1週間前には参加選手の顔触れが発表。事前の周知がされたことで、そこからチケット売り上げは加速したという。
球場では、球団の厚意により飲食店やグッズ売り場が開放されたうえ、新たな試みとしてコンコースではトライアウトのオリジナルグッズも販売された。「挑め、その先へ」とデザインされたタオル(税込1980円)とピンバッジ(税込1500円)の2種類で、「収益は選手に還元されます」という場内アナウンスも流れたことから、ブースには行列ができるほどの人気となった。
また、シートノック前には、今年問題となった"インプレー中のSNS投稿"について、来場者に向けた異例のアナウンスがあった。
【エイブルが冠スポンサーとなったワケ】
そして、今年のトライアウトが開催にこぎつけた背景には、冠スポンサーのエイブルHD、さらに協賛企業としてHOZENの存在が大きなアドバンテージとなった。しかし、なぜ、「お部屋探しのエイブル」なのか。新たな球団で引っ越しが必要な時に、お世話をしてくれるのだろうか。
森事務局長が語る。
「選手会だけでも開催が不可能というわけではありませんが、現実的にはかなり厳しかったと思います。もともとエイブルさんとは、選手会が主催するキャッチボールクラシックなどでお付き合いがあり、社長さん自身も野球経験者です。『野球選手が挑戦できる場は、きちんとつくってあげなければならない』と、トライアウトの理念に賛同してくださっていました。さらに、『もし野球を離れることになっても、エイブルには人材紹介の事業もあるので力になれるのではないか』と、セカンドキャリアの面でも理念が一致したという経緯があります」
この日のトライアウトで唯一の本塁打を放った、元西武の渡部健人は、終了後にこう不安を打ち明けた。
「今日を迎えるまで、ずっと不安でした。自分は野球しかやってこなかったので、もし野球がなくなったら何をすればいいのかわからない。この先は、電話を手放さずに連絡を待ちます」
渡部の言葉が象徴するように、プロ野球選手の多くは子どもの頃から野球一筋で生きてきており、野球以外の選択肢に不安を抱えるのは当然だ。
そうした背景を踏まえ、今回のトライアウトでは球場内に"進路面談室"が設けられ、帰宅前にエイブルのキャリアコンサルタントと面談できる仕組みが用意された。
【支えとなる伴走者の存在】
この日、選手たちの面談を担当したエイブルHDの繁内優志シニアマネージャーと、キャリアコンサルタントの齋藤亜紀さんが、その手応えについて語ってくれた。
「選手のセカンドキャリア問題は、選手会でも長く課題として捉えられていると伺っていました。そのため、単に協賛するだけでなく、現実的な面でも支援できる仕組みをつくりたいと考え、このような面談の場を設けさせていただきました。実際に今日面談してみると、野球を続けたいという思いを持つ選手が多い一方で、もし引退して働くことになった場合、"どのような仕事があるのか情報は知っておきたい"と考えている方が意外と多いことを感じました。
私たちとしては"利用したいと思ったときにいつでも使ってください"というスタンスですから、たとえば今後も野球を続け、3年後、5年後に引退したときにでも思い出していただければ、ぜひ力になりたいと思っています。今年だけでなく、来年以降も選手会にフラれない限り、続けていけたらと思っています」
かつて、ある選手は「プロ野球選手は、日本における最強の資格だ」と言った。プロ野球選手をはじめとするアスリートは、目標に向かって自らを律し、努力と忍耐を積み重ねてきた人材だ。その姿勢は企業からも高く評価され、引く手あまただと聞く。
一方で、選手たちは一人ひとり置かれた状況も悩みも異なる。コネの有無、球団に残れるかどうか、人間関係......さまざまな事情がある。そんななかで、もし何のあてもない状態に置かれたとしても、キャリアコンサルタントという"伴走者"が、自分の能力を発揮できる場の相談から求人紹介、さらには履歴書の書き方まで寄り添ってくれることは、大きな支えとなるだろう。
面談を終えた元巨人の高橋礼が「キャリアコンサルタントさんに、これからどうするか今考えることをお話して、『そこまで考えられているなら心配ないですね』と言っていただきました。こういう試みはいいんじゃないかと思いますね」と語るなど、面談を受けた選手たちの評判も上々だった。
新たな付加価値を加えて再出発したプロ野球トライアウト。では、その主役である選手たちは、どのような思いを抱いてこの日、広島の地に集まってきたのだろうか。
つづく>>










![Yuzuru Hanyu ICE STORY 2023 “GIFT” at Tokyo Dome [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/41Bs8QS7x7L._SL500_.jpg)
![熱闘甲子園2024 ~第106回大会 48試合完全収録~ [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/31qkTQrSuML._SL500_.jpg)