大谷翔平のMVP獲得の背景をMLBベテラン記者が明かす なぜ...の画像はこちら >>

後編:投票記者が語る2025年メジャーリーグMVP

 大谷翔平(ロザンゼルス・ドジャース)が2025年ナ・リーグMVPを受賞したことは誰にとっても驚きではなかった。サプライズがあったとすれば、10月下旬に選手会から発表された選手間投票によるナ・リーグ最優秀野手に、大谷ではなくカイル・シュワーバー(フィラデルフィア・フィリーズ)が選ばれたことだった。

シュワーバーは本塁打数こそ大谷より1本多かったものの、大谷の投打の貢献度には大きく及ばないように思えたからだ。

 この選手間投票ではア・リーグ最優秀野手もMVPを獲得することになるアーロン・ジャッジ(ニューヨーク・ヤンキース)ではなく、両リーグ最多60本塁打のカル・ローリー(シアトル・マリナーズ)が選ばれていた。両リーグでともに選手間投票と記者投票の結果が異なるという、この不思議な現象はなぜ起こったのか。『USA TODAY』の大ベテラン記者であり、ナ・リーグのMVP投票で大谷に1位票を入れたボブ・ナイチンゲール氏に意見を求めてみた。

前編〉〉〉大谷翔平MVP 投票記者の視点「彼は完全に突き抜けた存在」

【記者投票と選手間投票の違い】

 今シーズンの「選手間MVP」で、大谷ではなくシュワーバーが選ばれた理由について、多くの人が疑問を抱いていることを理解している。率直に言えば、私自身も結果を見た瞬間に少し驚いた。しかし、選手投票という枠組みを踏まえて考えると、いくつかの理由が見えてくる。

 まず、ア・リーグではジャッジではなく、ローリーが選ばれた。これは多くの選手が「捕手として守備と打撃の両方をこなした」ことを非常に高く評価したからだ。捕手というポジションは肉体的にも精神的にも負担が大きく、打撃だけでなく守備やリード面まで含めて総合力が求められる。選手たちはそれを身をもって理解しているからこそ、ローリーを選んだのだろう。

 一方、ナ・リーグの有力候補になったシュワーバーと大谷は基本、どちらも「DH(指名打者)」というポジションだ。ここで選手たちがどう考えたかを推測すると、ひとつ大きなポイントがある。

それは「大谷が今年、投手として47イニングほどしか投げていない」という事実だ。もちろん、大谷の投手としての能力は誰よりもわかっているし、本来なら大きなアドバンテージになる。しかし、選手たちが「同じDHとして活躍したふたりに、47イニングでどこまで差をつけるべきか?」と考えたとしても不思議ではない。

 さらに言えば、選手たちの間には「そろそろ新しい顔に票を入れたい」という空気もあったのだと思う。正直に言えば、大谷は"健康でさえあれば毎年MVPを獲る"と思われているような存在だ。これは大谷の偉大さの証でもあるが、同時に選手側の心理として、「毎回同じ選手に投票するのもどうなのか」という感覚が生まれるのも理解できる。

大谷翔平のMVP獲得の背景をMLBベテラン記者が明かす なぜ選手間投票と記者投票の結果が異なったのか
日本でもお馴染みのナイチンゲール記者のMVP投票分析は...... photo by Sugiura Daisuke

【「感情的な選択」は嫉妬や反感ではなく......】

 だからこそ、今回は"最多本塁打を打った選手"に報いたかったのではないかと私は見ている。シュワーバーはフィリーズというチームで、ドジャースほどスター選手に囲まれているわけではない。そのなかでチームを引っ張り、長打で結果を残し続けた選手だ。選手たちが彼を評価したのは、数字以上の意味があったのだと思う。選手は時に成績だけではなく、"同じ立場に立つ者としての感覚"で判断することがあるからだ。加えて、繰り返しになるが、単純に"たまには違う人に投票したい"という人間的な感情も大きく作用したのだろう。

 こうした現象はMLBに限らない。NBAでも同じことが起きたことがある。

 マイケル・ジョーダンは毎年MVPを獲ってもおかしくなかったが、実際にはそうならなかった。バリー・ボンズもそうだ。圧倒的な選手が常に同じように頂点を取り続ける状況になると、票を投じる側に"変化"を求める心理が働く。

 時にはカーク・ギブソン(ドジャース時代の1988年に打率.290、25本塁打、76打点、31盗塁でMVP)やテリー・ペンドルトン(アトランタ・ブレーブス時代の1991年に打率.319、22本塁打でMVP。同年、ボンズは打率.292、25本塁打、116打点、43盗塁で2位)のように突出したスタッツを残せなくても、新しい顔、これまで選ばれなかったタイプの選手がMVPに推されることがある。今回はまさにそのパターンだと私は見ている。

 だからこそ、今回の選手間MVP投票は、詳細なデータ分析よりも"感情的な選択"が勝った結果だと感じている。もちろん感情といってもネガティブな感情ではない。むしろ、「ほとんど毎年大谷にあげているようなものだから、誰かが少しでも近い成績を残したら、その人にあげよう」というごく自然な心の動きだ。

 さらに言えば、選手たちは「どうせ本当のMVP(全米野球記者協会による正式投票)は大谷が獲る」と理解しているはずだ。

それが前提にあるからこそ、選手間MVPでは"違う人に1票を投じる"ことに大した抵抗がなくなる。

 これは嫉妬でも反感でもない。ただ、息抜きのように、あるいはバランスを取るように、"今年はこの選手にしてみよう"という気持ちだ。ア・リーグでローリーが選ばれ、ジャッジが外れたのもまさにその心理だ。今回の選手間MVPの結果には、そうした選手たちの人間らしさ、そして彼らならではの視点が色濃く反映されている。

 個人的な悪意はまったくない。ただ「今年は違う選手の名前を書いてみよう」という程度の自然な流れが、シュワーバー、そしてローリーの受賞という形に表われたのだと、私は考えている。

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