身長184センチ、体重93キロの巨体が左打席に入っただけで、得も言われぬ高揚感を覚える。しかも、まだ大学1年生となれば期待感はますます増幅する。
井上和輝──駿台甲府高から法政大に進学して1年目。今秋には名門の正捕手に定着し、15試合で打率.364、4本塁打、12打点と好成績をマークした。シーズン後には大学日本代表候補に選出され、12月5日から愛媛県松山市で実施された強化合宿にも招集されている。
【代表合宿で得た次へのヒント】
東京六大学リーグに出現した、久しぶりのスラッガーの大器。だが、飛躍のシーズンを終えても、井上に慢心はない。
「1年秋がキャリアハイにならないように......と、常日頃から自分自身に言い続けています。この成績を超えていかないといけないと思って練習しています」
代表候補合宿での打撃練習では、右方向を中心に快打を連発。紅白戦では安打こそ出なかったものの、強烈な打球を放ってインパクトを残した。大学日本代表の鈴木英之監督(関西国際大)は、井上についてこう語っている。
「まだ1年生なのにパワーがあって、すごく楽しみですよね。伸びしろしかないと感じます」
合宿で学んだことについて質問すると、井上は目を輝かせて語ってくれた。
「渡部さん(海/青山学院大3年)や前嶋さん(藍/亜細亜大3年)のようにすばらしいキャッチャーの方がいたので、いろんなことを吸収できるように話を聞いていました。とくに渡部さんにはフットワーク、スローイング、キャッチング......とすべてを聞いています」
持ち前の打撃よりも、守備面の進化に重点を置いていた。
渡部はコミュニケーション能力が高く、選手同士はもちろん、指導者や報道陣とも如才なく受け答えができる。だが、井上は渡部と踏み込んだ対話をするなかで「ふつうじゃない」という印象を抱いたという。
「ふつうじゃ考えないようなところまで渡部さんは考えて、いろんな目線に立っていることを感じました。やっぱり、ふつうじゃないです」
【3年前の苦い記憶】
合宿2日目の紅白戦では、普段は渡部とバッテリーを組む鈴木泰成(青山学院大3年)をリードする機会に恵まれた。鈴木も故障さえなければ、来秋のドラフト1位が確実視される逸材である。鈴木のボールを受けた感想を聞くと、井上は目を丸くしてこう答えた。
「すばらしいです! 今まで受けたことのないような真っすぐで、ボールがうなっていました。とくに低めの球はミサイルのように『パンッ!』と来るので驚きました。フォークの落差もすごいし、コントロールの精度も高くて......。東都(大学リーグ)のレベルを思い知らされました」
一方、鈴木に井上の印象を聞くと、こんな反応があった。
「めっちゃ投げやすかったですよ。体が大きくて、投げやすくて。あれでまだ1年生ですもんね。すごいですね」
鈴木の言葉を伝えると、井上は「そう言ってもらえるのは、すごく自信になりますね」とはにかんだ。
井上はもともと、捕手としての守備力に自信がなかった。筆者は3年前の高校野球・秋季関東大会で、何度も投球を後ろに逸らす井上の姿を目撃している。そのことを告げると、井上は「あの時は本当にひどかったです」と苦笑した。
「初めてほぼ満員の観客の前でプレーして、3回も4回もボールを逸らして......。バックネットまで取りにいく時、お客さんの目線が怖かったのを覚えています」
当時、井上は高校1年生だった。レジデンシャルスタジアム大宮で行なわれた作新学院対駿台甲府戦。4番・捕手で出場した井上だったが、駿台甲府のプロ注目右腕・平井智大(現・中央大2年)のボールをことごとく止められなかった。試合は0対10のワンサイドゲームで、駿台甲府が5回コールド負けを喫している。
この日の屈辱が、井上の目の色を変えさせた。
「二度とこんな思いをしたくないと思って、その冬から捕手としての守備の技術練習をやりました。まずは守れなきゃダメだ。打つのはその後だと。歯を食いしばって練習しないとダメだなと思いました」
【代打要員から正捕手へ】
努力のかいがあり、井上の捕手技術は飛躍的に向上。甲子園出場経験こそなかったものの、井上は名門・法政大への進学を果たす。だが、その同期には広陵高の正捕手として甲子園に4回出場し、全国区の知名度を誇る只石貫太がいた。
「同学年の捕手では箱山(遥人/トヨタ自動車)か只石か......と言われるくらいの存在でしたし、何回も甲子園に出ている選手ですから、刺激になりました。あいつに勝つにはどうすればいいのか、ずっと考えながら練習していました」
1年春のリーグ開幕戦からスタメンマスクを被った只石に対し、井上はベンチ入りを果たしたとはいえ代打要員だった。それでも、井上は「与えられたところでしっかりと仕事をしよう」と、1年春から打率.375をマーク。夏のオープン戦でも結果を残し、レギュラーの座をつかみ取った。今や法政大の大島公一監督が「肩は強いし、ブロッキング能力も高いですよ」と語るほど、守備力の信頼も勝ち取っている。
それでも、只石もこのまま黙っているわけではない。先輩捕手にも土肥憲将、中西祐樹、川崎広翔(いずれも3年)といった好捕手がひしめいている。井上は「全然気が抜けないです」と気を引き締める。
井上が激しい競争をくぐり抜けたその時、さらにグレードアップした姿が見られるはずだ。大学代表候補合宿での去り際に、井上はこんな決意を語っている。
「1年生で選んでもらったからには、いろんな人から技術を盗んで、吸収して、力にしていくことが求められていると思います。また春には変わった姿を見せて、結果を残せるように練習していきます」
井上和輝の大学野球生活は、あと3年も残っている。3年前に後逸を繰り返していたことを思えば、さらに爆発的な進化を遂げても不思議ではない。










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