日本人Jリーガーの移籍金問題を考える 中編
日本人選手の移籍金が抑えられている理由のひとつに、"環境適応のリスク"があることがわかった。ただしそれ以外にも、要因はある。
「日本からヨーロッパへの移籍において、発生する違約金の額に関しての認識のズレは、徐々に是正されてきていると思います」
Jリーグフットボール本部で企画戦略ダイレクターを務める小林祐三氏は、そう考えている。そのうえで見るべきポイントは、ヨーロッパの市場に乗った先のことだという。
「日本人選手は『適応さえうまくいけば売れる』という認識が、すでに広まってきているのではないでしょうか。ヨーロッパからヨーロッパの移籍において、日本人選手の違約金額は上がっている印象です」
近年の例を見てみると、ジュビロ磐田からシュツットガルトへ移籍した際の違約金が約50万ユーロ(現在のレートで約9000万円)未満だったとされる伊藤洋輝は、バイエルン・ミュンヘン移籍の際に3000万ユーロ(約53億円)で売却された。
他にも今夏からフランクフルトの一員になった堂安律は、ガンバ大阪、フローニンヘン、PSVアイントホーフェン、フライブルク、そしてフランクフルトと、移籍するたびに違約金の額がどんどん上がっている。
同様にヨーロッパ域内で移籍する際に評価額が跳ね上がった選手としては、遠藤航や冨安健洋、南野拓実、古橋亨梧、中村敬斗など枚挙にいとまがない。古くは中田英寿や香川真司、武藤嘉紀、岡崎慎司らもヨーロッパ移籍後の活躍で評価を高めてステップアップを果たした。
日本からヨーロッパへ移籍する際に発生する違約金の額が急激に上がりづらいならば、Jリーグのクラブは送り出す選手のヨーロッパでの活躍を見込んで"売り方"を変えていくべき──そう考える足立修氏(Jリーグフットボール本部フットボールダイレクター)は、具体例として「Sell on clause(セル・オン・クローズ)」の重要性を説く。
「セル・オン・クローズとは、将来の売却益を分配してもらうための条項のことで、これを移籍の契約に盛り込んでいるクラブが増えてきていると思います。そうすることで最初の移籍で発生する違約金の額が少なく見えても、次に売れた時の違約金の一定割合が、自分たちのところに入ってくるようになります。私もサンフレッチェ広島の強化部長時代は、セル・オン・クローズをつけるようにしていました」
【「リーグやクラブのブランド力を上げていく」】
また近年、Jリーガーが海外移籍するたびに注目される"連帯貢献金"の活用も見逃せない。連帯貢献金とは、国際移籍のたびに、育成年代(12歳から23歳)でその選手を育てたクラブに対して移籍金の一部が分配される制度のことだ。
日本人選手に対する評価が高まっているなか、Jクラブがうまく利益を上げるには、ルールを最大限に生かすことが重要になる。同時に「リーグやクラブのブランド力を上げていくフェーズになってきている」と述べたのは、小林氏だ。
「例えば同じ実力と金額のAとBという選手がいて、Aの所属クラブはブラジルのフラメンゴで、BはJ1のトップクラブだとします。ヨーロッパのクラブがどちらを獲得するかというと、現状ではAだと思うんです。それがブランド力の差です」
横浜F・マリノスのトーゴ代表MFジャン・クルードは、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝で横浜の試合を見たことが移籍の決め手になったと語っていた。このように国際大会で結果を残すことによって、Jリーグのクラブの知名度や評価は確実に上がっている。
それでもヨーロッパから見るフットボールの地図上では、日本はアジアの東の端に位置する小国でしかなく、ブラジルやアルゼンチンに比べてあらゆる面で"距離"がある。ならば自分たちで努力してブランド力を高め、注目されるリーグにならなければならない。Jリーグは各クラブと力を合わせて、選手たちの価値の向上を目指した取り組みを始めている。
小林氏は「リーグとクラブで一緒になって作っていく」改革の中身を次のように説明した。
「コンペティションのレベルを、ヨーロッパで行なわれているものに限りなく近づけていく。そのためにまず、リーグとしてできることは何かというと、レフェリングの基準。
また、シーズン移行も重要施策のひとつです。夏場のJリーグの試合で選手を見ても、ヨーロッパのスカウトが『欲しい』と思えないのではないかと。年間の4分の1から3分の1を占めるこの時期の試合で、(猛暑によって)質がガクンと落ちてしまうのは、データを見ても明らかですから。猛暑の時期の試合数を減らすのは、リーグ全体の質を上げるための重要課題でした」
【年俸400万円の選手が数億円で売却されることは非現実的】
足立氏はまた、2026/27シーズンからの「ABC契約(*)の撤廃」と「U-21リーグの創設」にも触れた。
(*Jリーグが1999年から採用していたプロサッカー選手の契約制度で、選手の年俸や待遇をA、B、Cの3段階に分けていた。初年度の基本報酬の上限はC契約が460万円、A契約が670万円)
「年俸400万円前後の選手が、いきなり数億円で売れるというのは現実的ではないんです。なのでプロになったばかりの選手でも、能力に見合った報酬を支払って、将来的に移籍する際の取引でより適正な価格で送り出せるような状態を作り、市場環境を国際水準に近づけていく必要があります。
もはや能力の高い選手は、引き抜かれることを前提に考えなければいけません。ヨーロッパや南米の『売り手』と言われるような国々では、リザーブリーグを整備して、誰かが引き抜かれても次に売れるであろうタレントを常に育てて準備しています。日本でも同様のサイクルを回していきたい。その環境を作るための第一歩として、U-21リーグを創設します」
(つづく)
>>> 【後編へ】移籍金の適正化が進むなか、いつか100億円の日本人フットボーラーは現れるか

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