ダイヤの原石の記憶~プロ野球選手のアマチュア時代
第22回 今井達也(西武)
「ドジャースを倒したい。もちろん、大谷翔平選手、山本由伸投手、佐々木朗希投手と一緒にプレーするのは楽しいでしょう。
西武からポスティングシステムでのメジャー移籍を目指している今井達也。あるテレビ番組に出演した時の発言要旨である。
【終わってみれば大会ナンバーワン投手に】
下剋上宣言──もともと作新学院高(栃木)時代の2016年夏、エースとして甲子園を制した時の今井こそ、ある意味、下剋上だった。当時、今井はこう語っていた。
「昨年の秋には県大会ベスト4で、春は8強。関東大会にさえ出られなかったチームが全国優勝までこられたことは、奇跡に近いと思います」
甲子園の戦いを振り返る。尽誠学園(香川)との初戦は、最速151キロをマークして13三振を奪い、大会の完封一番乗りを果たすと、花咲徳栄(埼玉)との3回戦は、中盤から登板したドラフト候補の高橋昂也(現・広島)に投げ勝ち。準々決勝では木更津総合(千葉)のやはり好左腕・早川隆久(現・楽天)との投手戦を制した。
圧巻は、明徳義塾(高知)との準決勝だ。2点を先制した初回の守り、一死満塁のピンチで5番・谷合悠斗に対して「ギアを二段上げた」と、ストレート狙いとわかっていても、151キロの直球から入り、最後は真ん中149キロのストレートで遊ゴロ併殺に仕留めてみせた。谷合は、こう脱帽している。
「完全に捉えたと思ったんですが、押し戻されたような感覚がありました。球威に負けた」
そして、北海(南北海道)との決勝。
大会前は、3回戦で投げ合った高橋をはじめ、横浜(神奈川)の藤平尚真(現・楽天)、履正社(大阪)の寺島成輝(元ヤクルト)が「ビッグ3」と称されていたが、終わってみれば「ビッグ4」となり、今井がナンバーワンとなった。
【エース格からベンチ外の屈辱】
じつは今井は、前年夏も栃木大会ではエース格だった。だが、チームは甲子園に出場したものの、不安定な制球が災いして、甲子園ではベンチ入りから外れるという屈辱を味わう。秋の新チームでも、栃木の準決勝で敗れたのは自身の暴投からだ。ひと冬越えた3年春の県大会でも、入江大生(現・DeNA)に背番号1を譲り、今井は18番。マウンドには、一度も立つことがなかった。今井がその頃を振り返る。
「2年までの段階では、ただ速いボールを投げるだけで打者を見るということができなかったんです」
そこで小針崇宏監督が課したのは、ふだんの練習からエースの自覚を持たせることだった。いわば、取り組む姿勢。今井は、孤独なメニューを課された冬場のトレーニングを思い出す。
「今チームは、栃木の夏6連覇を目指そうと、練習メニューでも6にこだわってきました。
並行して体重増にも取り組み、春の県大会では入江の8キロにはかなわないが、4キロ増やした。ちなみに、その増量によって「飛距離が伸びました」という入江は、この16年夏の甲子園で3試合連続ホームランという大会タイ記録を達成しているが、「ピッチャーとしてはライバルですけど、スピード、変化球のキレ、今井にはかなわない。頼りがいがありました」と舌を巻き、3年春終了後には一塁手に軸足を移した。
ようやく真のエースとなった今井を軸に、チームは夏の栃木で6連覇を達成したが、県大会での成績は特筆するほどではなかった。だが、冬からの積み重ねが、夏の甲子園で今井をナンバーワンに押し上げた。
7月に練習試合で対戦した木更津総合の五島卓道監督は、次のように証言する。
「あの時はまだ、球がばらついていた。事実ウチの打線も、ホームランなどで(今井から)点を取りました。それが甲子園に来てみると、まるで別人のような変わり方です」
【投手に必要不可欠なセンス】
その木更津総合戦では、ピッチャーとして不可欠な資質も見せつけた。2点差に詰め寄られた7回、なお二死一、二塁の場面。二塁走者のリードが大きいと見た作新の遊撃手・山本拳輝が、けん制のサインを出そうと二塁ベースに寄りかけたまさにその瞬間、今井がドンピシャのタイミングで投げ込み、ランナーを刺したのだ。山本が言う。
「あのけん制はノーサインです。
152キロのストレートばかりが目立つが、このセンスのよさこそ今井の真骨頂である。
捕手の鮎ヶ瀬一也もこう語る。
「カットボール、スライダー、カーブ、チェンジアップ......真っすぐよりも、今井のよさは変化球のキレだと思います」
変化球を精密に、低めに集める今井の投球には、なかなかつけいるスキがなかった。夏の甲子園では控えだったが、前年の秋に捕手として今井の球を受けた水口皇紀は言う。
「いつ頃からか、今井が『指先が焦げる』と言うんです。僕は知らない表現でしたが、中指の先に血豆ができ、また固まり、血が出て、また固まるらしい。そのたびに指のかかりがよくなっているということで、プロ野球のピッチャーによくあるらしいですね。それと甲子園に来てからも、部屋に行くと右手でずっとボールを持って遊んでいる。そうやって、指先の繊細な感覚を養っていたんだと思います」
ちなみに、尽誠戦で達成した完封は、作新学院の投手としては、春夏を通じて江川卓(1973年選抜の今治西戦)以来だった。そういえば......今井の張り出した耳は、あの怪物・江川に似ていなくもない。
【大学日本代表相手に2回5奪三振】
さらにびっくりしたのは、大会後に行なわれたU18高校日本代表の壮行試合だ。
結局2回を5三振、内野安打1本に抑えてしまうのだ。甲子園の決勝からわずか6日の快投にも今井は、「変化球でカウントを取れるところを見せたかった」と涼しい顔だ。対照的に、今井のストレートに見逃し三振を喫した森川大樹(法政大)は驚きの表情を見せた。
「『低い』と思って見逃した球が、ボール1個分伸びてきた。大学でも、あまりいません」
ちなみに、この試合では寺島も登板したが、「大学生は、決めにいった球もファウルしてくる」とレベルの差を痛感し、今井の球を受けた秀岳館(熊本)の九鬼隆平(現・DeNA)は次のように語っていた。
「ピッチャーの球は、投げたら沈むのがふつうです。でも今井の球は、低めから上がってきます。あんなスピンのストレートは、見たことがありません」
日本代表で、高校トップ級の球を受けた女房役がこうなのである。今井の投球を間近に見た藤平は、「今井のように、からだ[俊寺1]全体をうまく使って、キレのあるボールを投げなくてはいけない」と語っていた。
かくして......全国的には無名だった今井が、夏の甲子園まで見事な下剋上を遂げた16年夏。メジャーリーグでも、天下を取りにいく。










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