【自分を信じてたどり着いた境地】

 12月19日、東京。全日本フィギュアスケート選手権・男子シングルのショートプログラム(SP)で、鍵山優真は104.27点を記録している。2位の三浦佳生に9点近く差をつけ、堂々の首位発進。

ミラノ・コルティナ五輪出場がかかるなか、大会全体を覆う空気はやや重くヒリヒリとしていたが、彼はその不自由さから解き放たれているようだった。

鍵山優真が全日本完勝を目指す ミラノ・コルティナ五輪へ向け「...の画像はこちら >>

「なんと言うか、周りが鮮明に見えていました。自分に集中しすぎず、ちょうどいいラインで。その感じがいいパフォーマンスにつながったのかなって思います」

 演技後、鍵山はそう言って笑みを洩らしていた。見るともなく見える。それはアスリートが本当に集中力の高まった状態だろう。気負いなく、すべてを出しきれる。

「自分を信じられるか」

 鍵山は戦いに向けてそう言っていたが、その境地にたどり着いたのだろうーー。

 前日練習後、取材エリアに現れた鍵山の表情は晴れやかだった。

「今まで練習してきたことを出すだけです。現地に入ってから、新しいことをすることはない。調子はいいので、これを維持しながら、しっかりと調整できればと思っています」

 彼は柔らかい声で淡々と言った。

その落ち着きに、フィギュアスケーターとしての成熟を感じさせた。好むと好まざるにかかわらず、フィギュアスケート界を背負うスターにふさわしい演技が求められる第一人者だが、その負荷に正面から対峙することで、真の強さを授けられたのか。彼の前に王座にいたスケーターたちも、その格闘は少なからずあった。

【五輪で高みを目指すための通過点】

 本番、鍵山は『I Wish』で冒頭から観客を引き込んでいる。4回転トーループ+3回転トーループを完璧に降りる。息をのむように静まっていた場内の空気を打ち破る歓声が上がった。出来ばえ点(GOE)を稼いで、これだけで17.36点を叩き出した。陽気なジャズギターの律動に体を揺らすと、小さな空間に彼の世界を作り上げる。次の4回転サルコウも、静謐なまでのジャンプからの乱れのない着氷で流れが途切れなかった。

 3本目のトリプルアクセルは、「回転を止めきれず、少しバランスを崩してしまった」と本人が説明したように、ベストではなかったのだろう。しかし、「許せる範囲」と言うように成功だった。どのジャンプも安定し、それだけ練習から突き詰めてきたのだ。

 特筆すべきはスピン、ステップがすべてレベル4だった点だろう。

とくにスピンの採点は大会のなかで厳しさが目立って苦戦した選手が多かったが、鍵山はお手本のような滑りを見せていた。研鑽の日々が透けて見え、ディテールには圧倒的な本物感があった。

 鍵山はフィニッシュポーズで握り拳をつくったが、すぐに手を広げた。充実した表情だったが、感情を制御しているようでもあった。大事な通過点だが、もっと厳しい戦いが先に待っているのだ。

「今日は落ち着きが、パフォーマンスに出たかなって思っています」

 鍵山はそう言って、こう続けている。

「4年前のオリンピックシーズンは、オリンピックに出るのが最大の目標でした。それも緊張はしたんですが、(年長選手に)追いつきたいって気持ちで、今回は立場が変わって追われる側になって。オリンピックに出ることは最低条件じゃないですけど、オリンピックでいい成績を取るのが目標になっているので、今はその壁を越える通過点というか。やるべきこと、目指すことは、ずっとスケートをやってきて変わっていないので、高みを目指して頑張りたいです」

 鍵山はそう言って、自らを奮い立たせる。

【自分らしさ全開で滑る】

 GPファイナルのSPでは、「足りないのは自信」と自己陶酔することで強気に戦えたと言うが、自己と向き合うことが、すでに彼自身を鍛え上げているのかもしれない。虚栄心では、リンクでこれほど人を魅了することはできないだろう。

「自分を超えたい」という純粋な気持ちが、彼の集中を研ぎ澄ますのだ。

「フリーは構成を少し変えて、コンビネーションジャンプを2つ後半に入れるつもりです。難易度というか点数を上げるために。(後半のコンビネーションジャンプは)リカバリーはできないので、"絶対成功"に。ある意味、自分を追い込めるかなって思っています。それで1点でも多く、自己ベストに近づき、追い越せるようなパフォーマンスを出せれば」

 鍵山は言う。自分をとことん信じながら、挑み、超えられるか。それは何者かになることでもあるかもしれない。

「自分が積み重ねてきた練習や生活が、『正しい選択だったよ』と自分に言ってあげられるようにしたいです。ここまでが第1章。明日のフリーに向けて、いいパフォーマンスができるかどうか。気持ちを落ち着かせて、自分らしさ全開で最初から最後まで滑れるようにしたいですね」

 五輪に向け、鍵山は東京のリンクで己を試す。

12月20日、フリーは最終滑走。名曲『トゥーランドット』で鍵山劇場の第2章が開帳だ。

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