【奇跡的成長をとげるルーキー】

 12月18日、東京。全日本フィギュアスケート選手権、前日練習後のミックスゾーンでは、選手が代わる代わるレコーダーの先に立っていた。

「今シーズンはいい感じの波がつくれて、ここまで来られました。

オリンピックをかけて戦うことになるとは思っていなかったですが、大事に楽しめるように」

 中井亜美(17歳/TOKIOインカラミ)はまっすぐな目で言った。今シーズン、ミラノ・コルティナ五輪出場の有力候補に台頭していた。

「全日本での表彰台の目標を叶えたいし、(五輪出場も)逃してはいけないチャンスだと思っています。調子はいいので、気持ちから乗っていけたら」

 彼女は堂々とした口調で言っていた。シニア1年目の17歳とは思えない。2022−2023シーズンには14歳の時に全日本選手権でトリプルアクセルを武器に、4位になって頭角を現したが、2024−2025シーズンの全日本は15位と低迷した。まだまだ若さが目立った。それが今シーズンは見違えるほどたくましく、勝負を重ねるたび強くなっている。

 たとえば、2位に輝いたグランプリ(GP)ファイナル、セカンドをリカバリーした場面は典型だった。少しでも冷静さを失っていたら、負の連鎖に巻き込まれていた。紙一重の胆力は感服だった。

 ごく稀に奇跡的成長を遂げるルーキーがいるが、彼女はそのひとりと言えるだろう。

【フィギュアスケート】中井亜美を襲った「あり得ないほどの緊張...の画像はこちら >>

【勝ちではなく演技にこだわる】

 12月19日、中井はショートプログラム(SP)で安定した演技を見せている。冒頭、気負わずにトリプルアクセルを降りた。本人は「GPファイナル後は調子が落ちていた」と明かすが、練習でも高い成功率を誇り、確固たる自信が見えた。

 3回転ルッツ+3回転トーループで着氷し、3回転ループも難なく成功。スピンもステップもすべてレベル4だった。

 プログラム使用曲でイタリア映画の『道』は、ザンパノとジェルソミーナというふたりが織りなす愛と業を描いているが、つかの間、幸せだった瞬間を演出する中井の姿が曲の主人公の生きる力とリンクした。

 その成果が、島田麻央、坂本花織のシーズンベストスコア79点台(非公認)にも引けを取らない77.50点だった。堂々の3位スタートだ。

「(GPシリーズ・)フランス大会と同じ緊張感だったので、その流れでいけば大丈夫かなって思いました」

 中井はこともなげに言っている。10月のフランス大会、彼女は坂本を抑えて優勝し、それがシンデレラストーリーの序章になったわけだが、勝利のパターン化しているのだ。

「本番になると緊張感で体がこわばって、トリプルアクセルが跳べないことはあって。それを跳ね除けるためにも、練習を積んできました。そこは自信を持って跳べたと思います」

 中井はそう振り返り、見かけと裏腹な豪胆さを感じさせた。

生来的な気骨か。感情の揺れはあっても、惰弱さは見えない。

「自分自身には緊張していました。大舞台でいい演技ができるか。6分間練習も、一番いい出来ではなかったです。だから、先生のなかにも自分のなかにも不安はあったと思うんですが、それを跳ね除けられたのがうれしかったですね。去年の全日本はよくなかったので、緊張はあったんですけど」

 中井は自分を俯瞰し、緊張とうまく折り合いをつけているように映る。それはトリプルアクセル以上の異能かもしれない。同時に、彼女は強運も持っている。ミラノ・コルティナ五輪、同い年の島田麻央が年齢制限で出場ができない一方、早生まれの中井は出場できるのだ。

「麻央ちゃんと一緒に戦えるのはうれしいです。79点台はびっくりしたし、すごいなって。

だから先生にも、『麻央ちゃんが頑張っているから、私も頑張ります』って伝えてリンクに出ました」

 中井は言う。島田とふたり、新時代を匂わせる。

「麻央ちゃんは4回転やトリプルアクセルを高い確率で跳べて、遠い存在でした。それが一緒に全日本で上位を争えるのはうれしいです。自分は勝ちたいというのはそこまでなくて、それも大事だけど、まずは自分の演技をしたい。そのなかで点数の差も出てくる。お互いが最高の演技をする勝負をしたいです」

 17歳の戦いの規範だ。

【自分を信じて初めての五輪へ】

 12月21日、中井はフリーで「あり得ないほどの緊張」を感じていたという。大舞台で自分のベストが出せるか。SPではその不安を乗り越えたが、フリーでは冒頭のトリプルアクセルを失敗し、大きな得点源を失った。

 ただ、中井の値打ちはここからだ。完全に切り替えて、6本のジャンプをすべて成功した。

ルッツのコンビネーションジャンプは2つとも難易度が高く、ハイスコアを叩き出した。

「自分でもわかるくらいの緊張を感じました。ただトリプルアクセルのあとで演技をまとめられたのは成長した部分かなって。(失敗の挽回は)初めての経験ではないので、『いつもどおりやれば大丈夫』って言い聞かせてできました」

 中井は心境を明かしていたが、その度胸はこれからの彼女の道を明るく照らすだろう。

 もっとも、フリーはアクセルのミスが響いて7位だった。総合4位で表彰台を逃していた。

「演技直後はホッとして涙が出たんですが......花織ちゃんや麻央ちゃんの演技を見て、すごいなというのと、悔しいなという気持ちと。ジュニア時代の全日本4位はうれしい涙。今回は表彰台に乗れずに悔しい涙なので、成長だと思います」

 取材エリアの彼女は、とめどなく涙を流していたが、その自負心こそが原動力だろう。現状に満足しない。

「自分は結果に対して自信を持てることが今までの人生でなくて。結果は過去。

そこを信じるよりも、今までやってきた自分自身を信じたい」

 その夜、中井は五輪出場権を勝ち獲っている。たった1年で、望外の進化を遂げた。2026年2月、17歳はミラノでさらに化ける。

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