前編:井上尚弥のリヤドシーズンと中谷潤人戦
現代の最強王者、井上尚弥(大橋、世界スーパーバンタム級4団体統一王者)の今年最後のリング登場が間近に迫っている。井上は12月27日、サウジアラビアのリヤドで開催される一大イベント「リヤドシーズン」で、メキシコの無敗ランカー、アラン・ピカソの挑戦を受ける。
井上は2025年、キム・イェジュン(韓国)、ラモン・カルデナス(アメリカ)、ムロジョン・"MJ"・アフマダリエフ(ウズベキスタン)という3人の挑戦者を退けてきた。特に9月のアフマダリエフ戦では評価の高かった"MJ"を軽快なアウトボクシングで完封し、あらためて総合力の高さを証明してみせた。
今回はまずそのアフマダリエフ戦について、軽量級に精通する3人の在米ベテラン記者に3つの質問をあらためてぶつけてみた。その答えから、ピカソ戦、来春に予定される中谷潤人戦で注目すべきポイントも見えてくる。
【パネリスト】
◆ライアン・サンガリア(ニュージャージー在住。BoxingScene.comのライター。地元ジムで選手を指導する現役トレーナーでもある Twitter : @ ryansongalia)
◆マヌーク・アコピャン(ロサンゼルス在住。リングマガジンのレポーター Twitter : @ManoukAkopyan)
◆杉浦大介(ニューヨーク在住スポーツライター。全米ボクシング記者協会会員&リングマガジンのランキング選定委員 Twitter : @daisukesugiura)
1.井上が大差の判定勝ちを飾ったアフマダリエフ戦をどう見たか?サンガリア : 井上はやるべきことを完璧にやったと思う。MJ(アフマダリエフ)は好選手ではあるが、強烈なプレッシャーをかけて相手に自分のボクシングをさせないようなスタイルの持ち主ではない。かといって、ルイス・ネリ(メキシコ)のように、激しい打ち合いを強いるタイプではない。
アコピャン : MJは元世界王者であり、今でも間違いなく世界レベルのボクサーだ。ただし、才能という点では井上と同じクラスではない。私たちはこれまで、井上がTJ・ドヘニー(アイルランド)、キム・イェジュン、ラモン・カルデナスのような、言い方は悪いが格下の相手を圧倒する姿を見慣れている。MJはそういった選手たちよりは明らかに上のレベルにいたが、それでも井上のレベルには達していなかった。
MJは試合のかなり早い段階で井上のパワーを感じ取り、それ以降もほとんど打ち合いに持ち込めなかった。井上にとってベストパフォーマンスだったとは言えないが、それは彼自身の出来が悪かったからではない。相手が、オリンピック経験を持つウズベキスタンの強豪ボクサーだったからだ。正直、これまでの井上の試合ほど、観ていて楽しい試合ではなかった。それでも私は、井上のキャリアのなかでトップ5、あるいはトップ7に入るくらいに価値のある勝利だったと思っている。
杉浦 : 強敵相手だと研ぎ澄まされるのが井上のボクシング。これまでもオマール・ナルバエス(アルゼンチン)戦、エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)戦、ノニト・ドネア(フィリピン)との再戦、スティーブン・フルトン(アメリカ)戦など、評価が高い相手と対戦した際の"モンスター"は、ほとんど完璧なパフォーマンスで魅せてきた。
そのなかで、アフマダリエフを技術とスピードで完封した最新試合はKO決着ではなくとも、井上が織りなしてきた"マスターピース"のリストに載せていいのではないか。アマキャリアも豊富で、総合力の高さに定評ある選手をフルラウンドにわたって空転させた。それはある意味で序盤に倒してしまうよりも難しいことに思えるからだ。
2.井上がアフマダリエフ戦ではアウトボクシングを貫いたことに驚かされたか?サンガリア : 特に驚きはなかった。なぜなら、MJにはあのアウトボクシングを突き破る術がなかったと思うからだ。井上は経験豊富な選手だし、この先、サウジアラビアでの試合(ピカソ戦)や中谷戦といった重要な試合が控えている。ここで何か思いがけない一発をもらうリスクを冒す理由はなかった。
この試合は、バーナード・ホプキンスが2004年、オスカー・デラホーヤ戦前にロバート・アレンと戦って判定勝ちを飾った試合を思い出させた。そのときと同じように、井上も倒そうと思えば倒せたかもしれないが、無理に仕掛けて一発もらうのではなく、『勝負をかけるべき時にかける』という判断だったと思う。
アコピャン : 驚きはしなかった。
杉浦 : 井上の技術の高さを考えれば、流麗なアウトボクシングを展開したことは想定内。だが、どこかで思いきってヤマを作りにいくだろうと予想しており、それを自重したのはサプライズではあった。ネリ戦、カルデナス戦でのダウンは衰えではなく、強引に攻めすぎた結果であり、本人にも思うところがあったのだろう。それに加え、アフマダリエフの尋常ではないタフさをリング上で体感し、必要以上の追撃は避けるという決断に至ったに違いない。
3. サウジアラビアでのピカソ戦、来春の中谷潤人戦で井上はどういったスタイルで戦うと思うかサンガリア : もし相手が中谷のような選手なら、非常に慎重になる必要がある。ネリ戦やカルデナス戦のような戦い方はできない。
年齢を重ねると、よりアウトボクシングを取り入れなければならなくなる。21歳の頃のように、1ラウンドで200発も打ち続けられるエネルギーはない。時には相手を前に出させる必要もある。中谷に前に来させて、井上と比べればまだ経験の浅い部分を突き、ミスを誘う――そういう戦い方をするのも、決して悪いアイデアではないと思う。
アコピャン : 井上は現在32歳で、まだ十分に強さを保っている。だからスタイルを大きく変える必要はないと思う。ただ、今後、カルデナス戦のような戦い方をするかどうかは一つの指標になるとは思う。あの試合で井上はキャリア2度目のダウンを喫し、しかも相手はメキシカン(注・カルデナスはメキシコ系アメリカ人)だった。ピカソにはカルデナスほどの一発強打はないとはいえ、前に出てきて打ち合いを恐れないメキシカンスタイルに対し、今度はどんな戦い方をするのかに注目しておきたい。
杉浦 : 11月中に行なったインタビューの際、井上は「ムロジョン戦の戦い方で、さらに倒しきることが理想です。
特に身長、リーチに恵まれた中谷は同じサウスポーでもアフマダリエフとはまたタイプが違う。来るビッグファイトを前に、ピカソ戦ではややオフェンス重視になるのではないか。アフマダリエフ、中谷という強敵に挟まれたピカソとの防衛戦は集中を高めるのが容易ではなさそうだが、そのなかでも「打たせずに打つ」を継続できるかが注目点になる。
つづく



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