西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第80回 アゼディン・ウナヒ

 日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。

 前回W杯ベスト4のモロッコは来年の北中米W杯でも注目のチーム。サッカー日本代表も決勝トーナメントに進出すれば対戦の可能性がありますが、その際、警戒すべきは中盤の「プレス回避の達人」です。

サッカー日本代表がW杯でモロッコと対戦したら......警戒...の画像はこちら >>

【堅守速攻のモロッコ】

 2026年北中米W杯で日本が1位か2位でグループステージを通過すると、ラウンド32で当たるのはグループCの2位または1位。ブラジル、モロッコ、ハイチ、スコットランドのいずれかだが、このグループを1、2位で通過するのはブラジルとモロッコだろう。

 日本はブラジルとは10月に対戦して3-2で勝っているが、本大会のブラジルはまた別物と考えたほうがいい。2005年コンフェデレーションカップのグループステージで日本はブラジルと2-2で引き分けているが、2006年W杯では1-4の完敗だった。

 ブラジル以上の難敵になりそうなのが前回大会4位のモロッコだ。

 カタールW杯では4-1-4-1の堅固な守備からのカウンターアタックが持ち味のチームだった。クロアチアと引き分け、ベルギーとカナダを破ってグループFを首位通過。ラウンド16ではスペインと0-0の末にPK戦で勝利し、準々決勝ではポルトガルに1-0。準決勝はフランスに0-2で敗れ、3位決定戦もクロアチアに1-2で敗れたが、アフリカ勢初のベスト4は快挙だ。

 4年前と同じワリド・レグラギ監督が率いるモロッコの中心選手は大きく変わっていない。無尽蔵の運動量と守備力でチームを支えていたソフィアン・アムラバト(ベティス)も来年30歳になる。

ヌサイル・マズラウィ(マンチェスター・ユナイテッド)、ナイフ・アゲルド(マルセイユ)もほぼ同世代。ただ、現代サッカーで30歳は老け込む年齢ではない。さらに、アンダー世代ではスペイン代表としてプレーしていたレアル・マドリードのアタッカー、ブラヒム・ディアスが2024年にモロッコ代表に加入して、チームはパワーアップしている。

 前回はカタール開催という地の利もあった。現在の日本なら勝てない相手ではないと思うが、ちょっと気になる選手もいる。アゼディン・ウナヒだ。

【プレッシングvsウナヒ】

 カタールW杯でモロッコと対戦したスペインのルイス・エンリケ監督は、「8番には驚かされた。とてもいいプレーをしていた」と絶賛。ジョゼ・モウリーニョ監督も「モロッコの8番、アンジェでプレーしている、ウナヒ? 彼は特別だ」とコメントしている。

 モロッコ代表の8番、ウナヒは当時22歳、フランスリーグのアンジェでプロデビューして1シーズンを経過していた頃である。世界的には全く無名だった。

 日本代表監督だったヴァイッド・ハリルホジッチ監督がモロッコを率いていた時に抜擢した。その後、ハリルホジッチ監督は協会と揉めて退任、レグラギ監督に代わったがウナヒはカタールW杯メンバー入りし、本大会では主力として活躍した。

 182センチの長身だが、体重は62キロと細身。巧みなボールキープとドリブルはウナヒの特徴だが、そのために対戦相手から標的にされ、「毎試合、足首やヒザを蹴られていた」と本人が話している。それで意識的にデュエルを回避するようになった。しかし、コンタクトを避けているからといって闘えないわけではない。ウナヒはボールを奪うのもうまい。

 セルヒオ・ブスケツ(元スペイン代表)を速くしたようなプレースタイルと言えるかもしれない。相手の重心を見て逆をつき、巧みなステップとボール操作、スプリント能力でタックルをすり抜ける。守備では長い足と瞬間的な速さを生かしてボールを奪う。どちらも予測が優れている。

 1試合で12~13キロに及ぶ走行距離。スタミナも十分。密集を抜け出すテクニック、正確なパス、ミドルシュートの威力もある。

モロッコ代表では主に右のインサイドハーフとしてプレーしている。

 日本がもしモロッコと対戦したら、日本の武器であるプレッシングとウナヒの攻防は試合を左右するポイントになるかもしれない。

 日本のマンツーマンのプレッシングがウナヒをとらえられるかどうか。フィールド中央でウナヒからボールを奪えればショートカウンターの大きなチャンスになるだろう。一方、ウナヒにかわされれば日本は一転して後退を余儀なくされてピンチになる。マンマークのハイプレスは1対1がどうなるかでチャンスにもピンチにもなり、北アフリカ特有のテクニックを封じられるかどうかが問われる。なかでもキープ力、推進力、展開力に優れたウナヒを抑えられるかどうか。

 日本代表選手の多くが欧州でプレーしていて、さまざまなタイプと対戦しているが、リーチがあって軽快に動くウナヒのような選手はあまり多くない。往年のラモス瑠偉とも似ているMFとの対決は見物だ。

【幾度の挫折を乗り越える】

 カサブランカ生まれのウナヒはラジャ・カサブランカ、モハメド6世アカデミーで育成され、18歳でリーグアンのストラスブールと契約している。しかしストラスブールではトップチームに定着できず、契約も更新できなかった。

 USアヴランシュにフリートランスファーで契約、3部リーグ相当からキャリアを再スタートする。

アヴランシュで実力を示し、リーグアンのアンジェへ移籍。カタールW杯での活躍でマルセイユに移籍。ところが、つま先を負傷して長期離脱することに。

 2023年3月、モロッコは国際親善試合でブラジルをホームに迎えて2-1で勝利。6万5000人の観衆を集めての歴史的勝利だったが、ウナヒはこの試合で負傷してしまった。回復したあともマルセイユでレギュラーポジションをつかめず、2024-25シーズンはギリシャのパナシナイコスへローン移籍。10代の頃からその才能が注目されていたわりには、あまり順調なキャリアではなかったのだ。

 しかしパナシナイコスでの活躍が認められ、2025年夏からスペインのジローナへ移籍。あらためてその能力を示している。

 アクラフ・ハキミ(パリ・サンジェルマン)、ブラヒム・ディアス、そしてウナヒの3人が連動するモロッコの右サイドは強力だ。W杯予選は8戦全勝だが、アフリカネーションズカップ(2024年)はラウンド16で南アフリカに敗れている(0-2)。モロッコの敗因は攻撃で高い位置へ頻繁に進出するハキミの裏をつかれたことと、ウナヒの推進力が封じられたことだった。

 これを参考にするなら日本はプレッシングで勝負するよりも、ブロック守備でスペースを消してウナヒの推進力を削ぎ、ハキミの裏を狙うほうが得策なのかもしれない。日本がモロッコと当たるかどうかもわからないが、いろいろ想像したくなる相手ではある。

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