最強のふたり~東大ラグビー再生物語(全6回/第1回)

 2025年5月10日、東京の八幡山──。

 朝から降り続く霧雨の中、東大ラグビー部の伝統を象徴する緑と黒の"スイカジャージ"を身に纏った15人のラグビーマンが肌寒いフィールドへと飛び出す。

この時期、恒例の明治大との定期戦──現在、東大ラグビー部でヘッドコーチを務める明大OBの高橋一聡(たかはし・いっそう)が、しみじみとこう話した。

明大のNo.8として3度の大学日本一、高橋一聡はなぜ東大へ向...の画像はこちら >>

【東大ラグビー部に関わりたい】

「明治の2年生の時、寮の食堂に集められて、北島(忠治)先生が『明日の東大戦は"紫紺"を着る』と......明治では私服でも紫を着ちゃいけない文化がありました。服だけじゃなく、持ち物も紫は一切ダメ。公式戦でも試合が終わって紫紺が回収されたら、次の試合まで人の目に触れちゃいけないんです。だから下級生が洗濯するのは丑三つ時(笑)。

 それほど大事にしている伝統の紫紺のジャージを、明治は東大戦では着るんです。北島先生が『明治がラグビー部をスタートさせた頃、お願いしても試合を組んでもらえなかった時代に東大はいつも快く受けてくれた。だからこそ今の明治があるんだ』と......そういうものを大事にして東大戦で紫紺を着る伝統って素敵だなと、まだガキだった当時の僕は思っていたんです」

 今の明大は紫紺でなくセカンドジャージで東大戦に臨む。それでも1928年に始まった対抗戦の歴史(慶大、早大、東大、明大、立大の5大学が参加)を大事にする明大の想いは変わらない。

 大学ラグビーが空前の人気で活況を呈していた1990年代、一聡はダイナミックかつクリエイティブなプレーで国立競技場を沸かせ、大学日本一を3度経験した明大のNo.8だった。

 そんな一聡は指導者となってからずっと「いつの日か東大ラグビー部に関わりたい」と願ってきた。大学ラグビーの対抗戦が1997年にA、Bの2部制となり、2002年にBグループに降格してから、東大はAグループ復帰を果たせずにいる。

「伝統ある対抗戦の5大学のなかで東大だけがAに上がれずにいる......僕が2012年にFWコーチとして明治に戻った時、秩父宮で試合をしても満員にならない状況に愕然としました。

僕らの時代は取材陣の数もすごかったし、寮からグラウンドへ出るだけでもファンに囲まれて前に進めなかった。これってなんだろうと考えた時、明治や早稲田、慶應が対抗戦で優勝するよりも、東大がAに上がって上位校を倒したほうがニュースになるんじゃないかと思いました。

 その日から地味に動き始めたんです。明治学院大、学習院大でも指導しましたが、その間、麻布高校と開成高校のラグビー部を3年、指導しているんです。この子たちはやがて東大へ行く可能性がある、そもそもこの子たちの親御さんは東大のOBかもしれない......だとすれば指導者としての信頼を得れば、東大ラグビー部につながるかもしれないとも考えました。

 あるいは東大と同じBグループで3年連続全敗だった学習院を指導して、もし東大に勝てばそれを東大に評価してもらえるかもしれない......そんなことをいろいろと考えながら、自分の存在を地味に東大へアピールし続けました(笑)」

【創造力を身につけてほしい】

 そして2024年、一聡は東大ラグビー部のヘッドコーチに就任する。実際、東大で一聡が目指したラグビーとは何だったのだろう。

「僕、やりたいラグビーというものはどのチームでもないんです。やりたいラグビーではなく、どんなラグビーができるのかを考える。選手たちがどんなラグビーを求めているのか。そして、そのチームにはどんなリソースがあるのか。そこを理解したうえで、どんなラグビーができるかを探っていくスタートでした」

 一聡はまず、選手たちの考える力を刺激しようとした。

それも、ラグビーを考えるのではなく、身体の使い方を考える。東大の学生ならフィジカルの能力やラグビーの経験値は高くなくとも、考える能力は高いはずだ。実際、ラグビー強豪校との差を埋めるために、東大生であり、勉強ができて考える能力が高い、ということは役に立つものなのだろうか。

「たしかに頭がいいなと思う部分はたくさんあります。でも、じゃあ、それがラグビーにつながるのかというところは、まだ僕のなかでも整理できていません。ただ感じているのは、インプットしたものを記憶することには長けているけど、それを使って新しいものを生み出すところに長けているわけではない。ラグビーでは教わったことができるようになることよりも、新しいものをつくり出そうとすることのほうが役に立つんです。

 だから東大に入ってラグビーを選んでくれた彼らには、ラグビーに触れなかったら得られない創造力を身につけてほしい。そのためには東大の選手たちの能力を生かそうとするのではなく、東大の選手が持っていない、今の能力以外のところを僕が提示できたら、彼らは僕の想像を超えてくると思っています」

 東大は5月の八幡山での明大との定期戦に0−104で大敗を喫した。その後も6月の立大戦に5−93、7月の早大戦も7−78で敗れた。ディフェンスが崩れて明、立、早に歯が立たず、9月に開幕する対抗戦を前に、チームは一聡が思い描くようには前へ進まない。8月は慶大との定期戦を残すのみとなっていた。

 その試合を前に、ラグビー部内である事件が勃発する。キーワードは「現場」──そう、事件は現場で起こったのだ。

つづく>>

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