元ホンダ・浅木泰昭 連載
「F1解説・アサキの視点」第5回 前編

 2018年にトロロッソ(現レーシングブルズ)と組んで始まったレッドブル・グループとホンダのパートナーシップ。翌2019年、ホンダはレッドブルにもパワーユニット(PU)の供給を開始し、その後ホンダが突如2021年シーズン限りでのF1撤退を表明するなど紆余曲折があったが、ホンダとレッドブルは2025年シーズンまでともに戦い続け、大きな成功を収めた。

 そして、2026年からホンダとレッドブルは袂(たもと)を分かち、新たな挑戦をスタートする。レッドブル・ホンダを成功に導いた立役者である元ホンダ技術者の浅木泰昭氏に8年間にわたるパートナーシップを振り返ってもらうとともに、それぞれの未来について語ってもらった。

【F1】「このままでは終われません」ホンダ社長に直談判して新...の画像はこちら >>

【人生で初めて目の当たりにした意地】

 ホンダが2021年シーズン限りでワークス活動を撤退することを発表したのは2020年10月2日です。当時の社長の決断を私が聞いたのは発表の10日前。本当にショックでしたが、現場の人間としてはこのまま一度もチャンピオンを獲れずに撤退するわけにはいきません。

 当時の社長に「このままでは終われません」と直談判して、従来のPUを全面改良した"新骨格"の投入の許可を得ると同時に開発予算も確保。2021年シーズンの開幕までのわずか5カ月の間に新骨格のPUを完成させることができました。

 でもテストベンチ(設計が正確・妥当であるかどうかを検証するためのテスト環境)で年明けの1月頃までは問題が出て、壊れまくっていました。なんとか解消できましたが、十分なテストをせずに新型のPUを実戦投入しているので、レースではトラブルが山積してもおかしくなかった。ところが、致命的な問題を抱えずに高い性能を発揮してくれました。開発チームの能力があったんでしょうね(笑)。

 この頃、私はPU開発の総責任者として新骨格の開発の先頭に立っていましたが、「火事場の馬鹿力」というのを初めて目の当たりにしました。ベテランから若手まで全スタッフが「自分たちに残された時間は来年1年間しかない。

それが終わったらF1撤退で、量産の現場に戻っていくんだ」と思い、全身全霊で開発作業に打ち込んでいました。

 結果的にホンダは2022年シーズン以降もレッドブルが設立したPU製造会社、レッドブル・パワートレインズ(RBPT)を通じて技術支援を行なうことになりました。しかし新骨格の開発をしている時は、引き続きレッドブルと組んで活動を続けることを画策してはいたものの、スタッフのみんなに何も約束をすることはできません。

 PUの開発にかかわる何百人が、撤退の悔しさと、技術者としてこのままでは終われないという意地で奮起し、一丸となって燃えているんです。そんな場面はこれまでの人生で一度も見たことがなかったですから、すごく貴重な体験をしたと思っています。

 軽自動車のN-BOXを作っていた時も、開発チームのベクトルを合わせて、みんなで開発の方向性を共有しながら仕事をしていました。それができないと新しいことや大きな仕事は成し遂げられません。

【ホンダ技術者たちの意地が結実】

 私がN-BOXをはじめとするNシリーズの開発を託された時、ホンダの軽自動車はまったく売れておらず、軽自動車市場のシェアは4番手まで落ち込んでいました。さらに2008年秋、アメリカの大手証券会社リーマン・ブラザーズが倒産したのをきっかけに世界中に金融危機が広がり、超円高が進みました。

 ホンダは稼ぎ頭の北米市場への輸出ができなくなり、日本国内の工場の稼働率はどんどん下がっていました。もし新しい軽自動車が売れなければ、国内の工場や販売店で働く従業員をリストラしなければならないところまで追い込まれていました。

 その時は「自分たちでいい商品をつくって、会社の危機を乗り越えよう」という前向きな燃え方です。新骨格の時とはちょっと種類が違いましたね。

 2021年の最終戦アブダビGPで、マックス・フェルスタッペン選手が最後の1周でメルセデスのルイス・ハミルトン選手を抜いて、自身初のチャンピオンに輝きました。ホンダにとっては1991年のアイルトン・セナ選手以来となる、じつに30年ぶりのドライバーズ・チャンピオン。「最後のシーズンで世界一になってホンダの力を証明しよう」という技術者たちの意地が結実した形になりました。

 フェルスタッペン選手はワークス撤退後も2024年まで4年連続でドライバーズ・チャンピオンに輝きます。レッドブルは2022~2023年にかけてコンストラクターズチャンピオンを獲得し、2023年には全22戦中21勝という偉業を達成します。

 ここまで圧倒的な強さを発揮できたのでは、新骨格の性能の高さはありますが、やっぱり当時チーフテクニカルオフィサー(最高技術責任者)のエイドリアン・ニューウェイさんをはじめとするレッドブルの技術陣が開発した車体の能力が大きかったという気がします。

 それでも、レッドブルがルノーと組んでいたら、ここまで勝てなかったと思います。そういう意味では、レッドブルとホンダの両陣営ともに、お互いがいなければ22戦21勝の偉業は達成できなかったと感じているでしょう。

【レッドブルの勝負へのこだわり】

 レッドブルのスタッフと一緒に仕事をして、いろいろなことを学びましたが、とくに印象に残っているのは「プロフェッショナルとは何か」「勝つために何をするのか」ということです。普通のサラリーマンは勝負事には慣れていないですから、彼らの勝利に対する貪欲さや執念みたいなものが、我々とは全然違いました。

 たとえば2021年の最終戦アブダビGPで、フェルスタッペン選手がチャンピオンを獲った時もそうでした。レース終盤にセーフティカーがコースインした際、首位はハミルトン選手で2位はフェルスタッペン選手、3位は同じくレッドブルのセルジオ・ペレス選手が走行していました。

 ペレス選手のPUに多少問題を抱えており、もし彼がどこかで止まってしまうと、イエローフラッグが長引いてレースが再開されず、そのままハミルトン選手が勝ってしまうかもしれない。そうすると、フェルスタッペン選手の逆転の可能性はなくなってしまいます。

 だからレッドブルはペレス選手が3位でフィニッシュできる見込みがあったにもかかわらず、フェルスタッペン選手のチャンピオン獲得のためにペレス選手をリタイアさせる判断を下しました。そういう非情さも含めてレッドブルの勝つための執念はさすがだなと思いました。

 レッドブルは技術者も優秀な人間が多く、彼らの意見を聞いて感心したことは何度もありました。そのひとりが現在、マクラーレンでチーフデザイナーとして活躍しているロブ・マーシャルさんですね。具体的な内容は言えませんが、彼の技術的な提案内容は本当に鋭いものでした。

 マーシャルさんがマクラーレンに移籍すると聞いた時は「レッドブルは本当に彼を出してしまうの......」と感じました。マーシャルさんの手腕がマクラーレンの復活に寄与していると私は確信しています。

 数々のチャンピオンマシンを手がけてきたニューウェイさんとも一緒に仕事ができて楽しかったですが、あまりにレベルが高すぎて、正直あまり参考にならない。参考にならないレベルにあるからこそ、伝説なのかもしれないですけど(笑)。

後編につづく

<プロフィール>
浅木泰昭 あさき・やすあき/1958年、広島県生まれ。

1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在は動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。

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