1月12日、私は久しぶりに東京の国立競技場を訪れた。私の仕事のパートナーが、全国高校サッカー選手権の決勝戦を観戦することを強く勧めてくれたからだ。
正直に言うと、試合にはそれほど期待していなかった。しょせんはアマチュアの高校生のサッカーだろうと思っていた。無知な私は、その日の最大の感動は、かつてトヨタカップの取材で11回も訪れ、東京オリンピックを機に新装されたスタジアムを訪れ、美しい建築を見て感傷に浸ることだと思っていた。
だからこそ、まずは寒い1月の午後に、約6万人のキャパシティのスタジアムを埋め尽くす観客の人々に驚いた。客層もバラエティーに富んでいて、いかにもサッカーをやっていそうな高校生たちから、コーチに率いられた子どもたち、サッカーとは無縁なような女性たち、そしてお年寄りまでさまざまだ。
取材申請が締め切られたあとに来日が決まったため、私は残っていた1500円のゴール裏の自由席のチケットを持っていたのだが、もう少し遅く行っていたら席を探すのも至難の業だったろう。
プロでもないチーム、メッシや久保建英のいない試合に、なぜこれほどまでに人々が熱狂するのか。しかし、その答えを誰かに説明してもらう必要はまったくなかった。答えは私の目の前にあったからだ。
目の前で展開されるサッカーは非常に現代的でレベルが高かった。特に前半の神村学園は圧巻だった。背番号13番(日高元)、そしてピッチ上のどこにでも現れる11番(徳村楓大)のような選手を見て、私の感傷気分はすっかり吹き飛んだ。鹿島学園もすばらしかった。特に後半の彼らは、まるで別のチームとなって戻ってきた。気迫と闘争心、フェアプレーの精神ですばらしいプレーを見せてくれ、私は心からの拍手を送りたいと思った。
後半を通して、鹿島は絶えず、私のことを緊張状態に陥らせた。右サイドから攻め、左サイドからシュートを放ち、クロスを上げ、選手同士のワンツーで相手エリアに近づき、遠距離からシュートを放った。あらゆる手を尽くしたが、神村のGK(寺田健太郎)のファインプレーと運の悪さもあって、ゴールを奪うことができなかった。一方の神村にも、少なくともあと5ゴールは決められるチャンスがあったが、試合内容としては3-0という一方的なものではなかったと思う。
【勇気とイニシアチブを兼ね備えたプレー】
鹿島のタイ人GK(プムラピー・スリブンヤコ)には目を見張った。彼は試合中に3つの奇跡を起こし、間違いなくピッチ上で最高の選手のひとりだった。彼のことは何も知らないが、タイ代表チームは今後何年もGKについて心配がいらないのではないかと思った。もちろん神村のGKもとてもレベルは高く、ゴールを守ったふたりはこの日の主役だったと言っても過言ではない。
もうひとつ私の興味を引いたのが、PKを取られた時に、選手が誰も審判に不平を言わなかったことだ。たとえ明白なPKであれ、ブラジルでは絶対に誰かが審判に詰め寄るはずだ。
日本でサッカーがプロ化される前、ワールドカップへの出場がまだ夢でしかなかった1991年から、私はずっと日本サッカーを追ってきた。日本の成長をつぶさに見てきた。しかしこの日の午後、日本のサッカーがどこから生まれてくるのかを知ることになった。私は日本のサッカーについて、また新たな理解を得た。
両チームの選手たちが高いテクニックを見せ、勇気とイニシアチブを兼ね備えてプレーしているのを見て、私は、サッカーは常にこうあるべきであると確信した。
最近のサッカー界は、すべてにビジネスや政治が絡んでくる。選手の高額の移籍金や年俸、スポンサーの影響力......あるいはジャンニ・インファンティーノFIFA会長とドナルド・トランプ大統領の癒着もそうだろう。しかしこの日、奇しくも真に純粋でクリーンな、何よりも誠実なサッカーを見た。私は久々に本当のサッカーに触れた気がした。
世界にも著名なユーストーナメントは数多くある。スウェーデンのゴシアカップ(ワールドユースカップ)、スイスのベリンツォーナ国際ユース大会、フランスのトゥーロン国際大会、イタリアのトルネオ・ディ・ヴィアレッジョ(ヴィアレッジョ・トーナメント)......。
まさに今、私の住むブラジルはサンパウロでは、世界最大のユーストーナメントのひとつであるコパ・サンパウロ・ジ・フチボル・ジュニオルが開催されている。56回目を迎える今回は過去最多となる128チームが参加し、21日間をかけてブラジルで最も重要なユースタイトルを争う。しかし、この大会に参加できるチームは、上記に挙げた他のメジャーなユース大会同様、招待されたチームだけだ。
一方、日本の高校サッカー選手権は各県の厳しい予選を勝ち抜いて参加すると聞いた。招待されるのではなく、より優れた者がプレーする大会だ。つまり日本の若者たちは、ここで完全なる実力主義を学んでいる。これはとても重要なことだと感じた。
試合中、私は友人であるジーコにメッセージを送り、いくつかの写真も送った。彼もまた日本のサッカーとともに歩いてきたひとりで、この感動を彼に伝えたいと思った。ちなみに「鹿島のチームが黄色いユニフォームで、相手チームが赤なので混乱する」と送ると、ジーコも「赤は鹿島の色なのにね」と返信をくれた。
高年俸のスター選手を見るためではなく、暴れるためでもなく、自分のチームを応援するという名目のもと、ただいいサッカーを見るために善男善女が集う。敵も味方もなくピッチで繰り広げられるジョゴ・ボニート(美しいサッカー)に歓声を上げる。そこはサッカーの理想郷だった。
マンチェスター・ユナイテッドの本拠地オールド・トラフォードのことを「The Theatre of Dreams(夢の劇場)」と呼ぶ。そこで数多くの名勝負が行なわれてきたことから、イングランドの英雄ボビー・チャールトンがそう命名した。しかし1月12日、私にとっての「夢の劇場」は東京の国立競技場だった。

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