◆連載「錦織圭という奇跡」最新話>>奈良くるみ「『SLAM DUNK』を貸してくれたのは、圭くんだった」
「Kei Nishikori」の名が大会公式ウェブサイトのスケジュールから消えたのは、試合前の練習を終えてから、ほどなくしてのことだった。
そこからしばらく時間を置き、「右肩のケガによる欠場」が公式に発表される。
もっともこの時点では、全豪オープン予選の出場には前向きとの声が周囲から聞こえてきた。予選開幕前には日本人選手たちに声をかけて決起会的な食事会を開き、「みんながんばろうね」と後輩選手たちを励ましていたという。
予選初戦の前日にも、坂本怜らを相手に会場で練習。ただしサーブは、肩に負担をかけないように軽く打つ程度。不安を残しているのは、明らかだった。
この5年ほど常にケガに悩まされ、シーズンを通して安定して試合に出ることの叶わぬ錦織ではある。
本質的に、その思いは今も大きくは変わらぬはず。ただ、昨年11月に横浜市開催の慶應チャレンジャーに出場した際は、「ちょっと不安ですね。本当に戻れるのかなって」と、今まで公(おおやけ)には口にしなかった不安を素直に吐露していた。
ケガとの戦いとは、時間の経過とともに回復する体と、他方で失っていく試合勘のグラフ線が、どこで交錯するかを見極めることでもあるだろう。完治するまで休みたいとの思いもあるだろうが、現行のテニスツアーのシステムでは、それもままならない現状がある。
【300位まで落ちる可能性も】
現時点の錦織の世界ランキングは237位。グランドスラムの本戦出場が100位、予選は200位前後が当落線となるので、グランドスラム出場は難しくなる。これまでは、公傷を負った選手の救済処置である「プロテクトランキング」を活用してきたが、現在、錦織はこのランキングも保っていない。
昨年8月のシンシナティ大会を最後に公式戦から離れた時、あるいは錦織には、既定の6カ月以上欠場してプロテクトランキングを得る選択もあったかもしれない。ただ、昨年11月の慶應チャレンジャーに出場した時、錦織は「そこまで待つのは長すぎたので、考えていなかった」と明言した。先々の選択肢を担保するよりも、目の前の可能性に賭けることを、今の彼は選んだのだ。
錦織が選んだその道は、もちろん困難を極める。
この先の重要なポイントディフェンド(守り)の機会となるのが、 3月の北米シリーズだ。
昨年の錦織は、3月上旬のインディアンウェルズATPマスターズ1000で30ポイント、翌週のアリゾナ州開催のATPチャレンジャーでベスト4入りし、50ポイントを獲得している。純粋にこれらのポイントを失うとなれば、ランキングは400位近くまで下降する可能性もある。
いかに実績のある選手であろうとも、ランキング上昇への近道や、一発逆転のギャンブル性がないのが、テニスという競技の非情さであり誠実さだ。ただ、唯一の例外的な近道が、ワイルドカード(主催者推薦枠)である。これは文字どおり、大会の主催者が人気選手や、将来有望な若者達に与える招待枠だ。
錦織の実績と知名度があれば、ワイルドカードを得られる可能性は高い。ただ、ひとりの選手がワイルドカードを得られるのも、1シーズンあたり5回が上限。その限られた機を生かし、グレードの高い大会で大きくポイントを稼ぐというのが、返り咲きへの道だろう。
【不可能を可能にしてきたが...】
ケガからの復帰のタイミングを見極める難しさは、今回の全豪オープン予選2回戦で、股関節の痛みのため途中棄権した西岡良仁も実感しているという。
「圭くんに直接確認したわけではないので、想像するしかないですが」と断ったうえで、西岡は錦織の状況や胸中を推察しつつ、自身の経験を次のように語った。
「錦織選手も僕も、『動いてなんぼ』のテニスなのが、ひとつ難しいところ。
肩のケガひとつとっても、先生とも話しながら、こういう運動連鎖だったら痛みが減るとか、こういうリハビリをやっていきましょう、と決めていきます。それはすごく理に適っているし、もちろん理解もできる。
ただ、どうしても試合になれば、高く跳ねる強烈なボールを頭の上で処理しないといけない場面も出てくる。患部に負担をかけないための動きや打ち方は理解できるけど、試合では厳しい瞬間がどうしても出てしまうんです」
練習では負荷の低い動きで対応できても、テニスという再現性の少ないスポーツでは、実戦になれば想定外の動きを反射的にしてしまうだろう。
ましてや錦織は、類(たぐい)まれなる身体表現力と感性で、意外性を体現してきた選手だ。練習と実戦との乖離がひときわ大きいことは、想像に難くない。大会会場を訪れ、実戦に近い練習を経たうえで最終的に欠場を決断せざるを得ないのは、そのような背景からだろう。
前述したように、ここから3月いっぱいまでに、錦織がディフェンドしなくてはならないポイントは多い。伝え聞くところによれば、 3月に北米で開催される大会の出場は視野に入れている模様。
これまで幾度も、苦境でこそ光を放ち、不可能を可能にしてきたのが、錦織圭というアスリートだ。その奇跡的な景色が、再び見られるのか。あるいは......。
今までたくさんの夢を見させてもらった者たちが願うのは、本人が納得できるまで走りきってほしい、ということのみだ。
◆連載「錦織圭という奇跡」最新話>>奈良くるみ「『SLAM DUNK』を貸してくれたのは、圭くんだった」



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