田中陽翔(はると)は、群馬・健大高崎高3年春(2024年)の選抜大会でレギュラーとして優勝に貢献。その年、ドラフト4位でヤクルトに入団した。
昨シーズンは、高卒新人として12球団一番乗りで一軍昇格を果たすも、初打席は3球三振とほろ苦いデビューに終わった。その後は再び二軍の戸田球場で鍛錬を重ね、シーズン最終盤に一軍へ再昇格。プロ初安打を放つと、その後の試合では猛打賞も記録するなど、高卒新人として十分な成績を残した。
【吉田正尚の自主トレに参加】
12月のオフは「スピードを出すことを目的に、それが野球の動作につながれば」という考えのもと、戸田で走り込んだ。1月には吉田正尚(ボストン・レッドソックス)の自主トレに参加するなど、飛躍へ向けた準備に余念がない。
昨年の新人合同自主トレ。身長183センチ、体重88キロの大型遊撃手は、厳しいランメニューでも「体幹を意識し、何事も垂直に動くことを心がけています」と語り、姿勢を崩すことなく走る姿が印象に残った。
「自分が動くなかで感じたのは、人間はフラットに動いたほうが、力は伝わりやすいのではないかということです。股関節を曲げるなど細かな部分はありますが、かかとにもつま先にも体重をかけすぎない。そのなかで、今は少し前重心のほうがいいのかなと、やりながら感じています」
新人自主トレが進むにつれ、田中は何かを隠し持っているような雰囲気を漂わせていった。物静かで、きついメニューにも表情を変えず、平然とこなす。合同自主トレ最終日のランメニューでは、それまで2、3位でのフィニッシュが多かったが、1位でゴール。
「けっこう自分のテンポでやるのが好きで、チームの方からは『自分のペースでやりすぎるので、もう少し臨機応変にやってくれ』と言われました(笑)」
二軍で開幕を迎えてからも力強いスイング自体は変わらなかったが、打率は1割台後半から2割台前半が2カ月ほど続いた。
田中は「最初に打てなかったのは、バットが影響していたのかもしれません」と語った。木製バットを使うのは初めてで、当初は深く考えずに選んでいたという。
「バットがまったく合っていなかったのか、変だなと思っていました。5月に入ってからですね。なんかのきっかけで、長岡秀樹さんがバットを2本くださったんです。そのバットを初めて使った試合で初本塁打。しかも逆方向だったので、『おっ』と思いましたね。しなりをうまく使えたというか、ヘッドをしっかり使えていました。その後は疲れもあって少し重く感じるようになったので、ムネさん(村上宗隆/現シカゴ・ホワイトソックス)のタイプより20グラムほど軽いものを使いました。バット選びの大切さをあらためて実感しました」
打席でのアプローチも変えた。
「ごちゃごちゃと難しいことを考えず、だいたいの感覚でボールを見るようにしたんです。基本は真っすぐを狙いますが、変化球も意識したりとか。
【プロのすごさを痛感した一軍初打席】
7月5日には二軍での打率を.268まで上げた。同8日、「1年前はプロの世界にいるとは思っていなかったので、驚いたというか、地に足がついていませんでした」と語り、一軍の舞台へ送り出された。
プロ初打席の相手は、DeNAのローワン・ウィック。初球の159キロの直球に、思わず打席で目を丸くした。
「本当にボールが速すぎて見えず、プロの世界のすごさを痛感しました。次の試合も(中川颯の前に)三振でしたが、その時は自分のスイングができましたし、『打てるんじゃないか』と思えたんです。今になってみれば、二軍で結果が出ていたのだから、一軍でももっと自信を持って臨めばよかったとも思います。ただ、この時の経験は大きかったと思います」
同14日に一軍登録を抹消されると、「また一軍に上がれるチャンスがあれば、今年中に絶対ヒットを打つ」という思いを胸に、スイングスピードやバットにボールをぶつける力の使い方を意識して取り組んだ。
そのなかで、戸田の容赦ない暑さの前に、「夏はめちゃくちゃ疲れていました」と振り返るように、打撃も守備も動きが明らかに鈍くなり、際立っていた選球眼も影を潜めた。
「体が思うように動かず、自分の体力不足を痛感しました。これまでは休みの日も練習を優先してきましたが、やるべきことをやりつつ、休息や練習量を調整する必要性も感じました。大きなケガはなく1年を終えられたので、得た経験は今後に生かせると思います」
二軍で.268あった打率は、8月30日には.237まで落ち込んだが、徐々に調子を取り戻し、二軍最終戦で5打数3安打と結果を残し、打率を.254まで回復。
「バウアー投手はカーブがすごいと聞いていて、初球にそのカーブが来たのですが、でも見逃して、『次は何が来るんだろう』と考えているうちに、もうモーションが始まっていました。そこで、来たボールを打とうと割りきってパチンと振ったら、あの結果につながったので、バッティングは割りきりが一番大事なのかなと思いましたね(笑)」
また3日の広島戦では、プロ初の猛打賞を記録した。
【元プロの父からのアドバイス】
公式戦終了後は、宮崎フェニックスリーグと松山(愛媛)での秋季キャンプに参加。コーチに「今のどうでしたか?」など、対話しながら練習に励んだ。
「いろいろな引き出しをつくったほうが自分のためになりますし、やってみてダメだったら、いったん頭の片隅に置いておく。そんな感覚で取り組んでいます。守備については、前に出る動きは少しずつできるようになってきました。あとはバウンドを合わせるだけなので、ひたすら前に出る練習を重ねています。
逆にバッティングでは、振った数よりも質にこだわっています。目指しているのは、和田一浩さん(元中日)のように伸びていく分厚い打球。そのために、強いインパクトで、どうすればセンター方向へ力強く打てるのかを常に考えながら取り組んでいます。質を意識していくことで、結果的に量も自然と増えてくるのではないかという感覚です」
松山キャンプで田中を見ていると、時間を無駄にしたくないという姿勢がよく伝わってくる。
「人と同じことをしていたら、人と同じくらいにしかなれないので......。突き抜けるためには、人とは違うことをするというか、その時間で差をつけられたらと思っています」
田中の父・充さんは、ロッテ、ヤクルトで通算79試合に登板した元プロ野球選手。また中学時に所属していた東練馬シニアでは、ヤクルトOBの宮本慎也氏から指導を受けていた。
「宮本さんは、小学6年の時からマンツーマンで守備練習をしていただいているので、僕は弟子みたいなものです(笑)」
生まれ育った環境が、田中の野球に向き合う姿勢に影響を与えているのではないだろうか。そのことについて聞くと、こんな答えが返ってきた。
「確かにそうですね。でも、そうでもないかもしれないです(笑)。父とは一緒にバッティングをすることはありますけど、野球の話をすることはあまりないですし、意識的なことはそんなに教わってないです。ただ、『本を読みなさい』とは言われていて、そのおかげで本を読むのが好きになったので、読書を通じて考える力が養われたのかもしれません」
【将来的な目標は2000本安打】
今シーズンの目標については、「ふたつ考えています」と話し、こう続けた。
「もし一軍に上がれたら、最初は少しずつの出場になると思うので、そのなかで与えられたチャンスをしっかり生かしたいです。二軍スタートになった場合は、まだ土台づくりの段階だと考え、基礎を大切にしながら、一つひとつ丁寧に、1年間フルで出続けられる体力を養っていこうと思っています」
池山隆寛新監督の誕生、村上宗隆のメジャー移籍......新たにGMとなった青木宣親氏が「主力選手の高齢化が進んでいる。
田中に将来的な目標を聞くと、「2000本安打を目指しています」と力強く語った。
「宮本さんも2000本安打を達成されていますから......宮本さんの記録をすべて超えたいという思いもあります。守備については、一軍で感じたのは、1球のミスで雰囲気が大きく変わるということでした。堅実で、正確性のある守備をしていきたいです」
昨年12月の戸田球場。田中は走り込みを終えると、バッターボックスに入った。バットは握っていないが、何度かフォームを確認し、力強くスイングして空を見上げた。見えないボールは、冬の陽ざしを切り裂き、どこまでも高く翔んでいった。
「ホームランでした。狙って(笑)」
今シーズンはどのような成長曲線を見せてくれるのだろうか。プロ野球開幕が楽しみでならない。










![Yuzuru Hanyu ICE STORY 2023 “GIFT” at Tokyo Dome [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/41Bs8QS7x7L._SL500_.jpg)
![熱闘甲子園2024 ~第106回大会 48試合完全収録~ [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/31qkTQrSuML._SL500_.jpg)