【箱根駅伝2026】「シン・山の神」黒田朝日(青山学院大)の...の画像はこちら >>

後編:箱根駅伝で続く「青学大王朝時代」の源流

第102回箱根駅伝を象徴した黒田朝日(青山学院大4年)。5区の区間記録を約2分近く縮める1時間7分台前半の衝撃走は、発する言葉が見つからないほどであり、箱根路の歴史に刻まれるものでもあった。

果たして、黒田はいかにコースを攻略して「シン・山の神」に昇華したのか。他のトップクライマーとの通過ラップの比較も交えながら振り返る。

前編〉〉〉急遽起用の平松享祐が4区で好走できた背景にある強さの礎とは?

【価値破壊的だった山上り】

 1時間07分16秒。

 黒田朝日の衝撃の5区。

 考えなければいけないのは、これが未来の5区のスタンダードになるのかどうか? ということだ。ある監督は言う。

「黒田くんの走りは、特例。作ろうと思っても作れない。来年からは、やっぱり1時間9分台、強い選手で1時間8分台というのが相場になるんじゃないですか」

 また、ある監督はこう話す。

「スタンダードになる可能性、あるんじゃないでしょうか。本気で優勝したいチームならば、1年間かけてクライマーを育成するかもしれない。そうなると、1時間8分台から7分台がスタンダードになって、1時間10分かかったら、ブレーキと呼ばれる時代が来るかもしれません」

 各大学の監督・コーチ陣も、考えを巡らせなければならないほど、「黒田の上り」は価値破壊的な走りだったということだ。

 では、黒田の走りはどこが際立っていたのか? ここでは昨年、先輩の若林宏樹が1時間09分11秒をマークした旧区間記録と、今年の早稲田大・工藤慎作(3年)、そして黒田の3人のスプリットを比較しながら、「いったい、どこが強かったの?」ということを考えてみる。

★3人の5区・各地点通過タイム 比較
地点=若林/工藤/黒田(若林との差)
函嶺洞門=10:36/10:27/10:34(-0:02)
大平台=22:12/22:06/21:51(-0:21)
小涌園前=39:13/39:23/38:13(-1:00)
芦ノ湯=54:06/54:29/52:32(-1:34)
元箱根=1:02:37/1:03:04/1:00:58(-1:39)
芦ノ湖=1:09:11/1:09:46/1:07:16(-1:55)

*函嶺洞門=3.5km、大平台=7.0km、小涌園前=11.7km、芦ノ湯=15.8km、元箱根=18.7km、芦ノ湖=20.8km

【「大平台―芦ノ湯」間の驚異的なスプリット】

 小田原中継所でたすきを受けてから、3.5km地点の函嶺洞門のチェックポイントまでは平地。表を見ると、このセクションでは工藤がいちばん速いタイムを記録している。

 これはレース状況が影響しており、2位でたすきを受けた工藤は、1分12秒先を行く中央大の柴田大地(3年)を追わざるを得なかった。レース後、早稲田の花田勝彦監督は、

「目に見えない相手を追うことになったので、とりあえず突っ込むしかなかったと思います」

 と話していた。往路優勝を狙う工藤にとって、やや突っ込み気味に入ったため、若林、黒田よりも速い入りとなったとみる。

 興味深いのは、若林と黒田のタイムがほぼ一緒だということ。この時点では、若林の記録をひとつの目安にしていたことがうかがえる。

 しかし、上りが始まり、7.0kmの大平台のヘアピンカーブから、11.7kmの小涌園前にかけて、黒田の勢いが止まらなくなる。

 黒田はこのセクションだけで工藤との差を55秒縮め、若林よりも36秒速い。大平台周辺の斜度は8パーセント以上(100m進むと8m以上高くなる計算)だから、黒田は「激坂」区間で若林、工藤といった山上り巧者をはるかに上回る走りを見せたことになる。

 ここからクライマーたちは最高点を目指して駆け上がっていくが、5区を経験した選手たちの言葉を借りれば、

「いつまで上りが続くか先が見えなくなってきます」「本当に苦しくて、手を使って上りたくなります」

 というくらい、苦しいセクションになる。しかし、ここでも黒田は軽やかさを失わない。

 小涌園前から15.8kmの芦ノ湯、この4kmあまりの間に若林よりも34秒速く、工藤よりも57秒速い。

上れば上るほど、黒田はぐんぐん差を詰めていった。

 この時点で「シン・山の神」誕生は決定的となっていた。驚異的なペースと言うしかない。

 大平台から芦ノ湯までの8.8kmのスプリットを見る限り、この黒田の走りが今後のスタンダードになっていくとは考えにくいのではないか。

 なぜなら、二代目・山の神である柏原竜二の記録と比較しても、黒田の上りがけた外れの強さだったことがわかるからだ。

 柏原が走っていた時代、5区はたすきを受けてから平地を走るセクションが長く、23.4kmと今よりも2.6km長かった。つまり、途中セクションのタイムを単純比較することはできないわけだが、それを重々承知のうえで調べてみた。

 柏原のタイムは2012年の4年生の時、自身が持つ区間記録を更新した時のものを採用してみると、

「大平台(9.4km)29分34秒→芦ノ湯(18.2㎞)1時間01分15秒」

 柏原はこの8.8kmを31分41秒でカバーしているが、黒田はどうだったか。

 30分41秒だった。

 速い。速すぎる。

 このセクションだけを比較すると、黒田はちょうど1分、柏原を上回っていた。

 山の神を1分も! なるほど、「シン・山の神」と呼ばれることはある。

 黒田朝日は史上最強のクライマーだったのだ。

【坂と平地の異なる資質が最高の形でブレンド】

 そして特筆すべきは、上りだけではなく、下り、そして平地での走力である。黒田の区間新を生み出したのは、最高点を超えてからの下りでのギアの切り替え、最後の平地でのスピードも大いに貢献している。

 早大の花田監督は「工藤は下りがうまいので、最高点までを耐えられればと思っていました」と話したが、元箱根からフィニッシュ地点までのセクションでも、黒田のほうが24秒速かった。往路終了時点では黒田が18秒先にフィニッシュしたわけで、下り、平地での容赦のない走りが早稲田に与えたダメージは大きかった。花田監督は言う。

「競る形でフィニッシュしていれば、復路のスタートはまた違った形になったでしょうから、最後に突き放されたのは大きかったと思います」

 黒田は11月22日に行なわれたMARCH対抗戦の10000mで、27分37秒62の自己ベストをマークしており、12月の取材でも「地力がついているのは自覚しています」と話していた。日ごろの練習で培った地力が最後のセクションでも発揮されたことになる。

 フィニッシュテープを切る時も、余裕綽々(しゃくしゃく)。まだまだ走れそうな雰囲気だった。

 個人的には、1時間07分16秒という記録は、しばらく破られることはないと思う。

 柏原を上回る激坂区間での圧倒的な強さ、そして絶対的な走力が支える下り、平地でのスピード。黒田には5区を上るクライマーに必要な要素が、最高の形でブレンドされていた。

 永久不滅の記録に思えるのだが――。

 しかし、箱根駅伝はわからない。昨年、6区で青学大の野村昭夢(現住友電工)が56分台の前代未聞の記録をマークした時、しばらくこの記録は破られないと思われた。ところが今回、小池莉希(創価大3年)が56分48秒で走り、あと1秒にまで迫った。

 常識が覆ると、それに続く若者が登場する。だが、黒田朝日の記録だけは......いや、未来のことは誰にもわからない。

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