【箱根駅伝 名ランナー列伝】設楽啓太・設楽悠太(東洋大学)〜...の画像はこちら >>

箱根路を沸かせた韋駄天たちの足跡
連載08:設楽啓太・設楽悠太(東洋大/2011~14年)前編

いまや正月の風物詩とも言える国民的行事となった東京箱根間往復大学駅伝競走(通称・箱根駅伝)。往路107.5km、復路109.6kmの総距離 217.1kmを各校10人のランナーがつなぐタスキリレーは、走者の数だけさまざまなドラマを生み出す。

すでに100回を超える歴史のなか、時代を超えて生き続けるランナーたちに焦点を当てる今連載。今回は、東洋大黄金時代を支えた兄・啓太、弟・悠太の双子の設楽兄弟を紹介する(全2回の前編)。

連載・箱根駅伝名ランナー列伝リスト

【ルーキーイヤーから残したインパクト】

 箱根駅伝で4度の優勝を誇る東洋大。そのうち2度の総合優勝に貢献したのが鉄紺の最強ツインズ、設楽兄弟(啓太、悠太)だ。ふたりは埼玉・武蔵越生高3年時にインターハイ5000mと全国高校駅伝に出場。東洋大に進学すると1年時(2010年度)から三大駅伝にフル参戦した。

 出雲駅伝は1区の啓太が5位でスタートを切ると、2区の悠太で3位に浮上。全日本大学駅伝は1区の啓太が区間賞、5区の悠太が区間新(区間2位)と活躍した。

 箱根駅伝は1年生ながら花の2区に抜擢された啓太が区間7位と好走。3区は悠太(区間8位)が担い、兄弟リレーを実現した。東洋大は「山の神」と呼ばれた柏原竜二(当時3年)が5区で大逆転。しかし、6区で早大に再逆転を許して、現在でも史上最少差の21秒差で総合優勝を逃し、涙を流した。

 2年時は出雲で3区の悠太が区間賞の走りでトップを奪うと、6区を務めた啓太が初優勝のゴールに飛び込んだ。

全日本は1・2区で啓太と悠太がタスキをつなぐも、2区終了時は6位と大苦戦。アンカー柏原が区間賞の激走で駒大を猛追するも、チームは2位に終わった。

 箱根駅伝は2区の啓太(区間2位)で首位に立つと、その後はトップを独走。5区の柏原が区間新の快走を披露して、東洋大は初日を往路新で折り返した。

「前年に続いて2区を走らせてもらいましたが、チームが優勝するには自分のところでトップに立ちたいと思っていました。1区の宇野博之さんがいい流れで来てくれたので、自分もその流れを崩すことなく、トップで3区の山本憲二さんに渡せたのはよかったです」(啓太)

 復路は7区の悠太が東海大・佐藤悠基が保持していた区間記録を3秒更新する1時間02分32秒で走破。チームは10時間51分36秒の大会新で総合優勝に輝いた。

「往路で啓太があれだけの走りをしたので、『自分も』という気持ちでした。設定タイムは1時間03分30秒だったので、まさかの区間新です。後続との差を広げるという自分の役割を果たせてよかった。この1年間、優勝するためにやってきたので総合優勝できてうれしいです」(悠太)

 兄・啓太でトップに立ち、山の神で大量リードを奪い、弟・悠太で突き放す。21秒差の惜敗から1年。

東洋大は2位の駒大に9分02秒の大差をつけて圧勝した。しかし、柏原竜二が卒業して、鉄紺は苦しむことになる。

【3年時は三大駅伝ですべて2位】

 設楽兄弟が3年生になった2012年度。関東インカレの1部10000mは啓太が2位、悠太が3位に入り、日本人ワンツーを飾る。出雲は1区の啓太が区間8位、4区の悠太が区間2位(区間タイ記録)でチームは2位。全日本大学駅伝は2区の啓太と4区の悠太がともに区間3位ながら、順位を上げていく。最終8区へ真っ先にタスキを渡すも、ルーキー服部勇馬が駒大・窪田忍に1分07秒差を逆転されて、初優勝を逃した。

 箱根駅伝は1区の田口雅也(当時2年)が首位発進すると、2区の啓太も強い向かい風のなかを区間3位と好走。日大のガンドゥ・ベンジャミンに1秒先着されたが、3区の悠太がすぐにトップを奪い返す。同学年の早大・大迫傑を8秒抑えて2年連続の区間賞を獲得した。

 東洋大は平塚中継所で2分41秒ものリードを奪うことに成功。4区終了時までに「2分以上のリードが欲しい」と考えていた酒井俊幸監督にとっては狙いどおりのレースだった。

 しかし、「山の神」が去った影響が大きかった。当時最長23.4kmだった5区で定方俊樹(当時3年)が区間10位と踏ん張るも、日体大・服部翔大に1分49秒差を逆転されただけでなく、2分39秒という大差をつけられたのだ。復路は日体大に追いつくことができず、東洋大は3大駅伝ですべて2位に終わった。

「3年連続の2区でしたが、例年とは違うコンディションになりました。最初から最後まで向かい風が強く、本当にきつかったんです。後半は失速してしまった部分があり、リードを縮められたのでまだまだかなと思います。柏原さんがいなくても優勝というのがテーマだったので、連覇できなかったことは悔しいです」(啓太)

「啓太が見えたときは、ダブルエースと言われたプレッシャーもあったんですけど、沿道の方々の応援を力に走ることができました。でも海岸線に出たときは、ぶっ倒れそうな風にビックリしましたね。自分は後続との差を広げることを考えて走りました。大迫に勝てて区間賞を獲得できたことは、今後につながると思っています」(悠太)

 ラストイヤーは兄・啓太が主将、弟・悠太が副将に就任。東洋大は他校が驚く戦略で再び、箱根駅伝で頂点に輝くことになる。

後編につづく

Profile
したら・けいた/1991年12月18日生まれ、埼玉県出身。

武蔵越生高(埼玉)―東洋大―コニカミノルタ―日立物流(現ロジスティード)―西鉄。弟・悠太とともに大学1年時から主力として活躍し、学生三大駅伝には12回すべてに出場。箱根駅伝では1年時から3年連続で2区に出走し、4年時は5区で区間賞を獲得した。卒業後、実業団に進み2年目以降はケガなどもあり、マラソンでは思うような活躍は見られなかったが、息長く走り続けている。

【箱根駅伝成績(設楽啓太)】
2011年(1年)2区7位・1時間08分09秒
2012年(2年)2区2位・1時間08分04秒
2013年(3年)2区3位・1時間10分29秒
2014年(4年)5区1位・1時間19分16秒

Profile
したら・ゆうた/1991年12月18日生まれ、埼玉県出身。武蔵越生高(埼玉)―東洋大―Honda―西鉄。兄・啓太とともに大学1年時から主力として活躍し、学生三大駅伝には12回すべてに出場。箱根駅伝では2年時から7区、3区、3区で3年連続区間賞を獲得。卒業後、Hondaに進み2年目には北京世界陸上10000m代表に。2017年9月にハーフマラソン、2018年の東京マラソンで日本記録を樹立した。

【箱根駅伝成績(設楽悠太)】
2011年(1年)3区8位・1時間04分00秒
2012年(2年)7区1位・1時間02分32秒 *区間新
2013年(3年)3区1位・1時間04分36秒
2014年(4年)3区1位・1時間02分13秒

*区間新は当時

編集部おすすめ