Jリーグを彩る助っ人外国人選手たち
【第32回】キム・ジンヒョン/金鎮鉉
セレッソ大阪

 Jリーグ30数年の歩みは、「助っ人外国人」の歴史でもある。ある者はプロフェッショナリズムの伝道者として、ある者はタイトル獲得のキーマンとして、またある者は観衆を魅了するアーティストとして、Jリーグの競技力向上とサッカー文化の浸透に寄与した。

Jリーグの歴史に刻印された外国人選手を、1993年の開幕当時から取材を続けている戸塚啓氏が紹介する。

 第32回は現役ながらすでに伝説的存在であるキム・ジンヒョン(金鎮鉉)を取り上げる。Jリーグの歴史にその名を記す外国人GKは少なくないが、セレッソ大阪ひと筋の彼は外国人選手最多のJ1リーグ出場記録を持つ。J2リーグでの数字も加えると、通算出場は歴代トップ10に食い込んでくる。プロキャリアをセレッソに捧げてきた38歳は、韓国人GKがJリーグで活躍するきっかけを作った存在だ。

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【Jリーグ】韓国人GKの先駆者キム・ジンヒョンは今年18年目...の画像はこちら >>
 Jリーグで活躍した外国人GKと言えば、黎明期のファンならシジマール(清水エスパルス)を挙げるに違いない。現役ブラジル代表として来日したジウマール(セレッソ大阪)、ジュビロ磐田の絶頂期を支えたオランダ人のアルノ・ヴァン・ズワムらも印象的だ。

 近年では川崎フロンターレのゴールマウスに長く君臨したチョン・ソンリョン(鄭成龍/今年よりJ3の福島ユナイテッドFCに在籍)、名古屋グランパスでキャプテンも務めたミッチェル・ランゲラックが強いインパクトを残した。ベガルタ仙台FC東京で活躍し、現在は横浜FCに在籍するヤクブ・スウォビィクも、勝ち点を運んでくるGKのひとりだろう。

 そうした選手たちを上回る実績を、キム・ジンヒョンは残してきた。

 2月上旬に開幕した明治安田J1百年構想リーグでも、開幕節からスタメンに名を連ねている。38歳の守護神は、現在進行形で記録を更新しているのだ。

【J1の複数クラブからオファー】

 来日は2009年である。韓国の大学を卒業後、KリーグのクラブでプレーすることなくJリーグにやってきた。

 デビューシーズンがJ2だったのは、彼にとって幸運だったかもしれない。香川真司乾貴士を擁するセレッソは、J2屈指の攻撃力を誇るチームだった。主導権を握るゲームは多く、序盤から昇格争いを演じていった。

 移籍1年目のキム・ジンヒョンは、勝利をつかみながら日本のサッカーに慣れていくことができた。失点から得るものはあり、敗戦は教訓となるが、勝つことで得る自信は大きい。プロ選手としてデビューしたばかりの彼にとって、勝利は精神的な安定にもつながったはずだ。

 翌2010年からは、J1へ復帰したチームとともに実績を積んでいった。

 192cmのサイズを生かし、ハイクロスの対応で抜群の安定感を誇った。歴代の指揮官からは、シュートストップの技術も評価された。伸びのあるセーブでゴールマウスを幅広くカバーするだけでなく、セーブ後の身体の立て直しが早いのである。すぐにまたシュートに反応できる態勢を作り出すことで、2度目、3度目のセーブを可能にした。

 キャリアの転換点は加入7シーズン目の2015年だっただろう。チームは2014年のJ1でJ2降格が決まり、キム・ジンヒョンにはJ1の複数クラブからオファーが届いた。しかし、セレッソへの残留を決意する。

「ここまで成長できたのは、チームとサポーターの支えがあったから」

 セレッソは2015年のJ2で4位に終わり、2016年もJ2で戦うこととなる。キム・ジンヒョンは2015年早々のアジアカップで韓国代表の正GKを務めており、代表での地位を固めるならJ2よりもJ1でプレーするほうがいい。

 しかし、ここでも彼はセレッソへの忠誠心を示したのだった。

 2016年はJ2で4位となり、チームはJ1昇格プレーオフに挑む。ファジアーノ岡山との決勝戦では、キム・ジンヒョンが後半早々のピンチをしのいだ。守備からリズムを作り出したセレッソは、52分にCKから先制点を奪取する。そのまま1-0で逃げ切り、3年ぶりのJ1復帰を果たしたのだった。

【ルヴァンカップ獲得の瞬間に涙】

 J2降格後もセレッソを離れなかった真意を、キム・ジンヒョンは試合後に語った。

「このチームでずっと試合に出ていて、結果を出せなかった責任を感じていた。

J1だろうがJ2だろうが、自分がもっとやらないといけないと感じていたからこそ、セレッソに残ったのです」

 翌2017年シーズンの途中には、こう話している。チームの中核を担う選手としての自覚が、その言葉から浮かび上がっていた。

「長く在籍していますが、まだチームに何も残すことができていません。リーグ戦でもっと上に行きたいし、それだけでなくタイトルを取りたいと思っています」

 果たしてセレッソは、2017年に大きく飛躍する。ユン・ジョンファン(尹晶煥)監督とともにリーグ戦で3位に食い込むと、リーグカップと天皇杯の2冠を達成するのである。「自分の成長を目に見える形で示したい」と話していたキム・ジンヒョンは、ルヴァンカップ獲得の瞬間に涙をこぼした。

「自分のサッカー人生で(一度)あるかないかくらいの想いを持っていたので、すごくうれしく思っています。本当にみんなでがんばって勝ち取ったトロフィーなので、すごく感動しました」

 2018年元日の天皇杯決勝では、横浜F・マリノスの前に立ちはだかった。延長前半に2-1とリードすると、終盤のピンチを冷静なセーブでしのいだ。

「2点目は絶対に与えちゃいけない、という気持ちでプレーしていました」

 ピッチの内外で、ハードワークを課してきた。

「サッカーに対して真面目な姿勢で取り組んでいるところを、周りの人たちに認めてもらう。そうしないと、ピッチのなかでいい関係を築けません。

選手としても年齢は重ねてきたけれど、学ぶことはたくさんありますからね」

 2026年シーズンのセレッソのGKグループには、元日本代表の中村航輔が新たに加わった。昨シーズンのリーグ戦で30試合に出場した福井光輝、195cmのサイズを持つ18歳のイシボウ拳と4人で、キム・ジンヒョンはお互いを高め合っていくことになる。

 競争のレベルは高い。だからこそ、進化を止めない38歳のプレーが興味深い。

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