【ミラノオリンピック】アリサ・リュウはメダルより「自分の演技...の画像はこちら >>

「Hi Guys!」

 深夜のミラノ・コルティナ五輪のミックスゾーン。アメリカ人フィギュアスケーター、アリサ・リュウが金メダルを胸に上機嫌で通路を渡ってきた。

 つい少し前まで表彰台で仲良くたわむれ合っていた坂本花織に声をかけようとして、記者たちの前で泣いている様子に気づき、やさしく素通りしたあとだった。

 リュウは別ブースの記者たちの前に立って、笑顔で手を振っていた。友だちの家に誘われて来たような絵面だ。さっそく記者たちの質問を浴びるが、そのやりとりも冗談まじりで人を食ったところがあった。一貫して愛嬌全開なので無敵なのだが......。

 金メダリストだったら、取材で陽気になるのは日本人も同じだが、もはやオンステージだった。

「メダルはいらない」

 リュウはそう宣言して挑んだフリーで、150.20点と最高得点を叩き出した。ショートプログラム(SP)3位から痛快な逆転優勝だった。しかし、どこまでもメダルを狙う感じはなく、暫定1位が座るリーダーズチェアでも坂本や中井亜美の演技に拍手していた。結果的に、一番高いところに立っていたのだ。

【彼女の辞書に「重圧」「緊張」はない】

 2月19日(現地時間)、ミラノ。フィギュアスケート女子フリー、6分間練習のリュウは、無邪気なまま楽しそうに滑っていた。場内アナウンスで名前が紹介されると、観客の声援に向かって「わーい」と両手を振って笑顔を見せた。

そして、「見て見て!」とでも言うように、サービスでぴょんぴょんとジャンプを跳んだ。

 今のリュウの辞書に、「緊張」や「重圧」という言葉は消えている。冒頭、彼女は3回転フリップを成功すると、3回転ルッツ+3回転トーループ、3回転サルコウとすべて流れるように決める。束ねた髪を揺らし、そのたび歓声が破裂しそうになる。スピンもレベル4。手で髪をはね上げ、その仕草が起爆装置になって声援は悲鳴となった。

 後半も、3回転ルッツ+ダブルアクセル+2回転トーループで高得点を記録した。3回転フリップ+2回転トーループ、ダブルアクセルと着氷。見せ場のステップシークエンスは、音を拾いながら抜群のダンスで会場を盛り上げた。最後のレイバックスピンもレベル4で、終わったあとは歌い終わったアーティストのように恍惚の笑みだった。

 その姿は"フィギュアスケート、楽しいよ!"という吹き出しが似合う。会場のモニターには、同じアメリカで団体をともに戦ったイリア・マリニンが興奮して絶叫する姿が映し出されていた。

勝負から解き放たれた彼女は、大勢を苦しめた五輪の魔物も、たったひと言の呪文で倒せるほど最強だった。

【天才はもっと自由になった】

 昨年12月、名古屋で開催されたGPファイナルのあと、優勝したリュウは啓示的なことを語っていた。

「勝つためだけに何かをするということを私はしません。でも、私はリスキーなことが大好きで、リスクがあるからこそやりたいんです。たとえばトリプルアクセルが好きだし、もしショート、フリーのプログラムに入れたら、どんな演技になるんだろうって考えるだけでもワクワクします。

 私自身の好奇心を満足させたいし、大勢のファンが入っている会場の競技大会で、トリプルアクセルをやったんだという気持ちも味わってみたい。自分の演技を見せたいのです。うまくいくかどうかわからないけど、それが"完璧なショー"だと思うんです」

 ミラノ五輪で、リュウはトリプルアクセルを跳ばなかった。しかし、勝負を天秤にかけたわけではない。完璧なショーを目指した結果だ。

 好奇心を満たす。そのスタンスを徹底していた。

多くの人にとっては異色というか、規格外だろう。

 かつてリュウは「天才少女」と言われ、13歳にして全米女王に輝いている。ジュニア時代にトリプルアクセルや4回転ルッツにも成功し、旋風を巻き起こした。2022年に北京五輪を戦って、世界選手権では16歳という若さで3位になった。しかし直後、「目標が達成できました」とあっさりと一度目の引退を発表した。

 それは競技者として結果だけを追求するスケートとの決別だったのかも知れない。復帰した昨シーズン、いきなり世界選手権で優勝したが、天才はもっと自由になっていた。得点源になるジャンプに挑戦するよりも、スケーティングの表現力で、勝手に順位が上がっている。競技者よりも表現者に近くなった。

「初めてのオリンピックでメダルを獲れるなんて、すごいじゃない!」

 リュウは銅メダルが確定した中井を労い、自分のことのように喜んでいた。達観しているが、結果を出すのが簡単でもないことも承知しているのだろう。モニターには、リュウが涙する中井をぎゅっと抱きしめる映像がしばらく映っていた。

彼女は金メダリストでなかったとしても、同じことをしただろう。

 ミックスゾーンのリュウは、ブラックとゴールドの髪の毛を揺らして話していた。それはひとつの生きもので虎のようでも、法輪や光輪のようでもあった。彼女の愛するフィギュアスケートを護(まも)っているような錯覚を受けた。

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