青山学院大が実践する「箱根駅伝とマラソン」の両立メソッド 「...の画像はこちら >>

後編:青学大マラソン挑戦史

箱根駅伝で圧倒的な強さを誇る青山学院大は2015年の初優勝以降、学生のフルマラソン参戦と強化方法を同時に模索してきた。

昨年には、吉田祐也(GMOインターネットグループ)がOBとして初の世界陸上日本代表に選出されたが、箱根駅伝とセットでフルマラソンへの挑戦をチームとして実践している。

青学大にマラソン文化が定着した足跡を振り返る。

前編〉〉〉「箱根駅伝の手法をマラソンでも」から始まった青山学院大のマラソン挑戦

【世界陸上代表に上り詰めた吉田祐也の道程】

 青山学院大の選手たちがマラソンに「本格参入」するようになったのは、2020年の吉田祐也の影響が大きい。

 埼玉・東農大三高出身の吉田は、とにかく練習ができた。長距離界で「練習ができる」というのは、距離が踏めること。コーチ陣から「そろそろ走るのをやめないと、ケガのリスクが増えるぞ」と言われるほどまで走り続けられる選手を指す。

 夏合宿の取材に行くと、吉田がその真骨頂を発揮するのはフリージョグだった。これは練習メニューのひとつで、どれだけ走るかは個人の判断に委ねられる。20kmプラスアルファなど、選手の個性が表われるのだが、吉田は30kmを超えてもどんどん走れるのだった。走り終わっても、ケロッとしている。翌日にもダメージは残らない。

 これだけ練習ができるのに、4年生までは箱根駅伝の出場機会はなかった。上級生が強かったことも影響しているが、裏を返せば、それは青学大の強さを物語っている。

 そして、ようやく出番が回ってきたのは、2020年の箱根駅伝。

4区に起用された吉田は東京国際大に次いで2位でたすきを受けるとスピードに乗り、区間賞を獲得してトップに立った。このあと、青学大は首位を明け渡すことなく総合優勝。はじめて箱根を走った吉田が総合優勝に大きく貢献した。

 このレースのあと、合宿所で吉田と話す機会があったが、その時は別府大分毎日マラソンに向けて練習をしている最中だった。

「これが陸上人生のラストレースになると思うので、いい結果を残したいです」

 吉田は一般企業への内定が決まっていたが、最後の舞台として別府大分毎日マラソンを選んだ。しかし、この決断が人生を変える。

 2時間08分30秒で日本人トップの3位となり、このレースを現場で見たGMOインターネットグループの関係者が、吉田に競技続行を促した。急転直下、実業団で競技を続けることになり、その年の12月に行なわれた福岡国際マラソンでは2時間07分05秒の好タイムで優勝してしまう。

 吉田は箱根駅伝の4区と、別大の「2発」で人生を変えてしまったのである。その後、2025年の東京世界陸上のマラソン代表に選出され、青学出身者として初めて日の丸をつけて世界陸上の舞台に立つことになる。

 吉田の成功は青学大の指導陣、そして選手たちに自信を植えつけた。

 青学メソッドは、マラソンへとつながっている。

 学生からすれば、「祐也さんくらい走れればマラソンでトップを目指せる」という思いを抱くのは自然なことだ。そしてこの後から、原監督は「冬季は箱根駅伝からフルマラソンへ」という流れを定着させていく。

 2022年には横田俊吾(現JR東日本)が別府大分毎日マラソンに挑戦、2時間12分41秒で走破すると、翌年の2023年には同じく別大に出場、今度は2時間07分47秒で日本人2番手の4位に入っただけでなく、この記録は中央大の藤原正和監督が、2003年に出した2時間08分12秒の日本学生記録を20年ぶりに更新する好タイムだった。横田は歴史を動かしたのである。

 横田の走りを見た原監督は、

「大あっぱれです。2時間10分前後で走れるとは思っていたんですが、7分台はすごい。すごくないですか? 横田は苦労人です。その苦労人が、4年間の努力の成果を見せてくれました」

 と手放しの喜びようだった。

【近年は「個」から「チーム」での挑戦に】

 そして大きな転換点となったのは、2025年だ。キャプテンの田中悠登を筆頭に、太田蒼生、鶴川正也(ともに現GMOインターネットグループ)、野村昭夢(現住友電工)といったスターをそろえた青学大は箱根駅伝で圧勝し、8度目の総合優勝を飾った。しかし、挑戦は箱根で終わらなかった。原監督は別府大分、大阪、そして東京へと選手を送り込んだ。

 まず、別大では「若の神」こと在学中3度の山上りを経験した若林宏樹が引退レースとして挑み、2時間06分07秒という初マラソン日本最高、日本学生新記録をたたき出した。

 テレビの解説では、瀬古利彦氏が「これだけ走れるんだったら、現役を続ければいいじゃない」と話すと、原監督は「いえいえ、彼は日本生命に内定していますから」とわざわざ企業名を出してフォローしていたのが、なんだかおかしかった。

 また、箱根駅伝で7区を担当した白石光星(現住友電工)も2時間08分42秒の好タイムで6位、日本人4位に入って実力を示した。

 フルマラソンでこれだけの記録を出せる選手が箱根駅伝では復路に回っているという事実が、青学大の強さを物語る。距離が延びれば延びるほど、強いことを若林と白石が証明した。

 さらに衝撃だったのは、大阪マラソンで黒田朝日が2時間06分05秒をマークして6位に入り、若林のタイムを上回って日本学生記録をあっさりと更新してしまったこと。

 また、東京マラソンでは箱根駅伝の4区を担当した太田蒼生が途中棄権とはなったが、序盤は海外招待選手のトップ集団でレースを進めるなど、存在感を示した。

 2025年の「別大→大阪→東京」という三連チャンは、「青学は箱根だけ」という批判に対する回答だった気がする。計画性、マネージメントがしっかりしていれば、学生が社会人を上回るような結果が残せるんですよ――という原監督からの強烈なメッセージだった。

 そして今年に入ってからは、2026年の別府大分毎日マラソンに黒田、塩出翔太、宇田川瞬矢、荒巻朋煕の4年生と、3年生の平松亨祐が出場した。

 MGCの出場権がかかったこのレースでは、終盤に入って黒田と吉田祐也が日本人トップを争う展開となった。最後の給水を黒田が取ろうとした瞬間、吉田がその隙を見逃さずにスパートし前に出ると、その差のままフィニッシュ。

黒田は「祐也さんとのスタミナ、マラソンでの経験の差が出てしまいました」と話したが、黒田のタイムは2時間07分03秒で日本人2位に入り、MGCの出場権を獲得。大学4年間で安定した力をつけたことを証明した。

 また、今年はエリートレースばかりではなく、高知龍馬マラソンには德澄遼仁主務など、マネージャー陣も含む4年生5人が走り(5人とは別に黒田、塩出、荒巻はペースメーカーとして参戦)、「卒業マラソン」的な意味合いでレースに参加している。

 青山学院大には、マラソンのカルチャーがすっかり根づいた。箱根駅伝とマラソンの両輪が、がっちり噛み合っているのだ。

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