中谷潤人・龍人インタビュー(前編)

 5月、東京ドームでの"モンスター"井上尚弥とのメガファイトが予定される、ボクシング世界3階級制覇王者・中谷潤人。このほど、その強さの源泉に迫るノンフィクション『超える 中谷潤人ドキュメント』を上梓したノンフィクション作家の林壮一氏が、中谷潤人選手、そして、マネージャーを務める弟の龍人氏にインタビューを行なった。

前編、後編の2回に分けてお届けする。

【井上尚弥の存在を脅かすのは中谷以外に考えられない】

 4年とは、長い月日だろうか。あるいはあっという間か。述べるまでもないが、FIFAワールドカップやオリンピックの周期。あるいは、大学生が入学から卒業までを費やす時間だ。

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 来る5月、東京ドームで"モンスター"井上尚弥(大橋)の持つWBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級タイトルに挑む中谷潤人(M.T)。4年強、私は彼を追い、その姿を1冊の本にまとめた。校了を終え、およそ1カ月ぶりに顔を合わせた2月上旬、中谷は話した。

「昨年12月27日の試合で出た反省点をテーマに練習しています。セバスチャン・エルナンデス(メキシコ)に付き合う時間が長かったので、よりスマートに切り替えること。質の追求、レベルアップを目指したトレーニングですね。それに、フィニッシュさせるところはきちんと終わらせる、という点も向上させないといけない。もっともっと引き出しを増やしていく。

井上選手の動きは多彩ですから、どんな局面でも対応し、上回れるようにと考えています」

 2025年12月27日、サウジアラビアのリングで、中谷は苦戦を強いられた。試合後、エルナンデス自身はあっさりと負けを認めたが、3-0で中谷勝利と採点したジャッジに対し、懐疑的な視線を向ける者も少なくない。スーパーバンタム級転向第1戦だったこともあり、「122パウンド(55.34kg)の壁は高い」と主張する声もある。

「いろいろな意見があるのは当然ですし、受け入れています。ただ、セバスチャンと対峙して感じたことをプラスにしていければ、自ずとスーパーバンタム級でもいいパフォーマンスができると思っています。細かいことでは、打っていない手のガードの位置、また、正確さや丁寧さを突き詰める作業ですね」

 中谷と私の邂逅は2021年師走だった。WBOフライ級タイトル2度目の防衛戦を数週間後に控えた彼を、ある雑誌の取材で訪ねた。中谷は所属するM.Tジム(神奈川県相模原市)で、日本ライトフライ級、同フライ級のベルトを巻いた黒田雅之と6ラウンドのスパーリングをこなした。芸術的と表現できる動きを随所に見せ、黒田のパンチをことごとく躱(かわ)した中谷は、目がよく、バランスも崩れず、何より気力が充実していた。

 この日、中谷は一日を振り返り、自身のノートに以下のように記している。

***

今日の目標 スピード、バランス、右リード、集中力

朝 9:00

朝食 パン×2、ウィンナー、玉子

昼食 エクレア

体重58.5 → 57.2

体温37.3℃ 血圧112 - 82 - 74 spo2 99%

反省 イイところ

 今日は黒田選手と6ラウンドのスパーリングでした。週初めで少し硬いところが出るので、最初は特にリズムを上げていった。

全ラウンド通して少し相手に正面(腹)を見せてしまった感じがあるから、もっと半身に構えてポジションをしっかり取って打てるように!! 左アッパーが、まだ浮いてしまうところがある。あまり良くないので、ロングの距離とか、近いところで膝を使ってのアッパーを!!

 ミットでは1、2の感覚とひとつひとつのパンチを丁寧に打つことを意識していけた。

夜食 梅おにぎり×2、水餃子、豚焼き

寝た時間1:30

***

 求道者のように、ボクシングに向かう彼の姿勢に惹かれた。

 だが、コロナ禍のあおりを受け、世界タイトル2度目の防衛戦は3カ月ほど延期となる。この頃、"モンスター"はWBA/IBFバンタム級王座に就いていた。つまり、フライ級の中谷とは2階級もの差があった。しかし、黒田とのスパーリングを目にした私は、「井上尚弥の存在を脅かすのは中谷以外に考えられない」と感じた。

【中谷が見据えているもの】

 それから4年――。

 中谷は試合が決まると、米国カリフォルニア州ロスアンジェルスでキャンプを行なう。15歳で渡米し、ボクサーとしての土台を築いた第2の故郷である。メキシコ系アメリカンのコミュニティーに、中谷は根を張った。

【ボクシング】井上尚弥戦が決まった中谷潤人が語る、苦戦からの学びと成長「壁が高ければ高いほど、乗り越えた時の達成感も大きい」
LAキャンプでスパーリングを行なう中谷

 私は当地でのトレーニングを目にし、インタビューを重ねた。

また、ロスで、相模原で、東京で、フィラデルフィアで、そしてサウジアラビアのリヤドで、ICレコーダーを彼に向けた。

「その質問、難しいですねぇ......」

「はい。あえて、そんなクエスチョンを投げかけています」

 そんな会話を交わしたことも一度や二度ではない。また、完成にはほど遠い段階での生原稿を、中谷は「読みたい」と言った。こうした時間を持つことで、さらに深みのあるやり取りとなったように感じる。彼が生まれる少し前からアメリカ合衆国のボクシング界を探究してきた私は、取材を通じて得たありったけの知識を、この若き才能にぶつけた。それだけの価値がある男だったからだ。

 中谷は4年間をこんな風に振り返る。

「浴びせられた問いかけについて、じっくり考える時間を持つことができました。本当にたくさんです。そのたびに、思いを巡らせて答えました。熟考ですね。

 今回の書籍では、僕の肉声を世間の皆様に知ってもらえる喜びがあります。そして僕の仕事は、自分と対話してきた内容をリング上で発揮することです」

【ボクシング】井上尚弥戦が決まった中谷潤人が語る、苦戦からの学びと成長「壁が高ければ高いほど、乗り越えた時の達成感も大きい」
書籍を手に、「超える」と書かれたオムライスと

 中谷にとって、井上尚弥戦は最終ゴールではない。

「自分自身を成長させるという目標は今後も同じですが、ボクシングに関しては、階級を上げていくことを見据えるようになるんじゃないかと思っています」

 ここ最近は、どんな対話を中谷潤人としていますか? と訊ねてみた。

「前回、修正すべき点が多く見つかったので、細かく状況を考えたうえでの複雑な作業を積み重ねなければいけないと感じています。壁が高ければ高いほど、乗り越えた時の達成感も大きいですし、まさに『超える』ですね(笑)」

 対戦相手を凌駕するよりも、今日の己を超えるために全力を尽くす中谷潤人。その生き方に注目だ。

■取材協力「おでん ふく」

(後編を読む>>>中谷潤人のマネージャーは2歳下の弟 「阿吽」の呼吸で兄を支え、一緒にモンスター超えを目指す)

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