中谷潤人・龍人インタビュー(後編)

 5月、東京ドームでの"モンスター"井上尚弥とのメガファイトが予定される、ボクシング世界3階級制覇王者・中谷潤人。このほど、その強さの源泉に迫るノンフィクション『超える 中谷潤人ドキュメント』を上梓したノンフィクション作家の林壮一氏が、中谷潤人選手、そして、マネージャーを務める弟の龍人氏にインタビューを行なった。

後編は「阿吽」の呼吸で兄を支える弟・龍人氏。

(前編を読む>>>井上尚弥戦が決まった中谷潤人が語る、苦戦からの学びと成長「壁が高ければ高いほど、乗り越えた時の達成感も大きい」)

【料理の世界から兄のマネージャーに】

【ボクシング】中谷潤人のマネージャーは2歳下の弟 「阿吽」の...の画像はこちら >>

 2022年11月10日、その9日前にスーパーフライ級転向後の第1戦を終えた中谷潤人は、早くも次に向かって動き始めた。WBOフライ級タイトルを返上して階級をアップした中谷は、指名挑戦者として井岡一翔に挑むはずだった。

 この日のボクシングノートには、次のように記している。

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今日の目標 バランス、右リード、カウンター意識

朝9:00

朝食 サンドイッチ

昼食 ごはん、牛ポン、玉子

体温37.3℃ 血圧102 - 62 - 66 spo2 99%

反省・イイところ

 今日は龍人にミットを持ってもらいました。タイミングとかガードを高くとか、近いところで細かく足を動かすことを意識していけた点が良かった。

 パンチのひとつひとつの質を上げていく。ドラムミットで1発1発ガードを意識して角度もしっかり丁寧に打ち込んでいけた。

夜食 ステーキライス

寝た時間2:00

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 翌日のノートはこうだ。

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2022年11月11日

今日の目標 スピード、バランス、ガード

朝10:00

朝食 フレンチトースト

昼食 ハンバーガー、ポテト

体重58.9kg → 58.4kg

反省・イイところ

 今日も龍人にミットを持ってもらって、コンビネーションとスピードを意識して動けた。シャドーでも顎を引いて、スピードでまとめてパンチを出すことを大切にした。その時に少しずつでも良いから、サイドの動きを入れて体重移動させながら!! 右リードとステップでディスタンスを取るのも入れて。コントロールする時に大切になってくるから引き出しとして持てるように! ドラムミットもしっかりインサイドに打ち込めた。

夜食 しゃぶしゃぶ、うどん

寝た時間1:00

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 2歳下の弟、龍人はマネージャーとして中谷を支えている。板前だった父の後を追い、料理人の修業をしたあと、家族とともに神奈川県相模原市に移り住んだ。現在、龍人は練習中も本番の試合でも、そしてメディア対応の際にも兄に寄り添う。マッサージのやり方も本格的に学んだ。

 調理の世界に踏み出した頃、龍人は父親の澄人から「人の発する一字一句を聞き取り、何を望んでいるのか、何を考えているのかを観察しろ」と助言されている。これは、グリーンボーイ時代に中谷が中華料理チェーン『バーミヤン』で働き始めた折に告げたものと、同じ内容だ。

 澄人は思い返す。

「(板前の修業時代に)知らない土地でさまざまな人に揉まれ、龍人が悩んでいることは察していました。僕が余計な擦り込みをしなければ、普通の若者として過ごせたかもしれないと思うと、つらいことをさせてしまったのではないか......そんな話を妻とした記憶があります。人間はつらいことを避けて生きていくこともできますが、それで自分に恥じないか。一生懸命に生きていると胸を張って言えるのか? と考えたうえでの発言でした」

【「阿吽」の呼吸で兄をバックアップ】

 26歳になった龍人は、どんな時も、誰に対しても笑顔を忘れない。兄が自身をとことん追い込むメニューを終え、座り込むような状態になっても、タイミングよくペットボトルを口元に差し出す。

また、疲労のピーク時にも「もっと低く」「手を出す」「ここを乗り越えれば楽になるよ」と絶妙な間合いで声をかけ、タオルで中谷の汗を拭う。

【ボクシング】中谷潤人のマネージャーは2歳下の弟 「阿吽」の呼吸で兄を支え、一緒にモンスター超えを目指す
いつも笑顔を絶やさない龍人

 私と龍人の出会いは、2022年8月のLAキャンプにおいてだった。兄と一緒にボクシングジムに通い始め、小学6年の頃、アマチュアの大会で日本2位になっている龍人だが、プロの道は選ばなかった。中学時代はジムに通う傍ら陸上部にも所属し、走り幅跳びと砲丸投げの選手として汗を流している。

 龍人との初対面の日、ジムワークが終わり、ロードワークに向かうまでの数時間を利用して、中谷兄弟と私は1999年6月26日に催されたWBAバンタム級タイトルマッチの映像を見た。互いに感想を述べ合いながら、私は「このWBAのベルトをいずれ腰に巻くことになるでしょう。その頃、潤人選手の足跡を1冊の本にまとめさせてもらえませんか?」と申し込んだ。それだけの熱量を感じさせる存在だったからだ。

 ふたりはその場で微笑み合い、即、GOサインを出してくれた。

 龍人は、当時を振り返りながら、拙著『超える 中谷潤人ドキュメント』の感想を述べた。

「WBAバンタム級タイトル戦のYouTubeを一緒に目にしたのは、サウスセントラルの一室でしたね。兄が渡米して、あそこでトレーニングを始めたのは、僕が中学2年の時です。

旅立った日の前日に喧嘩をしたこともあって、僕は見送りに行かなかったんですよ。確か、学校もありましたし。この本で、当時の兄が過ごした場所の雰囲気や、現実を理解できました」

 昨年6月、中谷兄弟は、数々の名チャンピオンを生んだペンシルベニア州フィラデルフィアを旅した。当地で私は、30年近い付き合いである元世界ヘビー級チャンピオン、ティム・ウィザスプーンを彼らに紹介した。

【ボクシング】中谷潤人のマネージャーは2歳下の弟 「阿吽」の呼吸で兄を支え、一緒にモンスター超えを目指す
フィラデルフィアでの1枚。後列の左が潤人、右が龍人。前列の左がティム、右が筆者

 ウィザスプーンは「龍人の発音が難しい」とこぼしながら、何度も「RYU―UU―TOでいいのか?」と訊いてきた。その度に我々は笑った。

 龍人は思い起こす。

「楽しかったですし、とても学びのある5日間でした。薬物中毒者が集まっていたエリアの光景は忘れられません。ティムさんは優しく、他者への思いやりがある方ですよね。フィラデルフィアではずっと兄を(周囲の人に)宣伝してくれて、貴重なアドバイスもいただきました。ぜひ、再会したいです」

 人の気持ちを察しながら周囲を敬い、「阿吽」の呼吸で兄をバックアップする中谷龍人。

だからこそ、ウィザスプーンとも絆を築けたのだ。彼もまた、マネージャーとして"モンスター"井上尚弥との大一番に挑む。

■取材協力「おでん ふく」

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