元ホンダ・浅木泰昭 連載
「F1解説・アサキの視点」第8回 後編

 角田裕毅選手が2025年シーズン限りでレッドブルのシートを失ったことで、今年のF1はじつに6年ぶりに日本人のレギュラードライバー不在のシーズンとなっている。角田選手はレッドブルとレーシングブルズの両チームでテスト兼リザーブドライバーを担う。

 昨年の全日本スーパーフォーミュラ選手権でチャンピオンに輝いた岩佐歩夢選手は今年もレーシングブルズでテスト兼リザーブドライバーを務める。また、世界耐久選手権(WEC)に出場する平川亮選手もトヨタと提携するハースで前年同様にリザーブドライバーとして起用される。

 ホンダやトヨタもそれぞれドライバーの育成プログラムを持ち、これまで国内外のレースで活躍する数多くの選手を育ててきた。しかし、いまだF1の頂点に立つドライバーは誕生していない。日本の自動車メーカーの育成プログラムは今後どういう方向に進むべきなのか? 元ホンダ技術者でF1解説者の浅木泰昭氏に話を聞いた。

日本人ドライバーがF1頂点に立つ日は来るのか? 「ホンダとト...の画像はこちら >>

【トヨタがハースと組んだ理由とは】

 トヨタはF1で技術開発を行なっていませんが、2024年秋からハースの技術パートナーとして人材交流や車両開発での提携を開始。2026年からはハースのタイトルスポンサーを務めています。

 トヨタがハースとの提携を通してF1への関与を強めている大きな要因のひとつは、豊田章男会長がトヨタの育成プログラムに所属しているドライバーたちに対して、F1参戦できる道をつくらなければならないという思いがあるからだと思います。

 トヨタのドライバーがF1を目指すのであれば、ホンダの育成プログラムに頼るしかない、という状況だけは避けなければならない。そうトヨタは思ったのではないかなと想像しています。

 ホンダは、F1ドライバーになる道があることを佐藤琢磨選手や角田裕毅選手で証明したものの、ストーリー立てた育成プログラムができていない。トヨタはホンダよりも育成ドライバーの面倒見がいいと言われていますが、出口戦略がない。

 わかりやすく言うと、トヨタの育成からF1ドライバーになる道がない。

その問題をどう解決するのかというのがトヨタの大きな課題でしたが、それに対する解答のひとつとして小松礼雄代表が率いるハースと組むことだったと私は見ています。

 ホンダ、トヨタの育成プログラムにはそれぞれ課題がありますが、PUを開発・供給することと同様に、ドライバーの育成にはお金がかかります。

 F1ドライバーになるためには、ヨーロッパでレースをしないとF1をはじめとする海外の関係者に目にとまるチャンスはほとんどありません。でもヨーロッパでF3やF2などのレースに出場するためには、それなりの参戦費用とチームに対する口利きが必要となってきます。

 たとえ運よくF3やF2でシートを得て結果を出したとしても、そこからF1チームのリザーブドライバーになるだけでも大変ですし、レギュラーシートを得るのは至難の業です。やろうと思えば、お金を出してシートを買うことができますが、膨大な予算が必要となります。

 レッドブルを創業したディートリッヒ・マテシッツさんのような方が「それでもやるんだ」と言えばOKになるかもしれませんが、普通の企業では「そのお金に何の意味があるのか」「そこまでしてやる意味があるのか」と株主や投資家に問われることになります。ドライバー育成はビジネスに直結しませんので、周囲の理解を得るのは簡単ではありません。

【ホンダはPUの競争力が必須】

 ホンダは今年からパートナーシップを組むアストンマーティンにも日本人ドライバーを送り込むことや、一緒にドライバーを育成することは当然考えているはず。ベテランのフェルナンド・アロンソ選手やランス・ストロール選手がチームを去る時がいずれ来るでしょうから、水面下で準備はしていると思います。

 ただし、アストンマーティンと一緒に育成プログラムを運営できるかどうかは、ホンダのパワーユニット(PU)の出来次第です。もし第4期のマクラーレン・ホンダの時のように「ホンダのPUでは一緒にやってられない」となったら、パートナーシップを解消することになるかもしれません。

 でもホンダが勝てるPUを作ることができれば、逆にチームのほうから「一緒にドライバーの育成をやろう」と声をかけてくると思います。

角田選手は2019年からレッドブル・ジュニアチームに加入し、2021年には当時のアルファタウリ(現レーシングブルズ)からデビューしています。

 角田選手の起用に関しては、レッドブル・グループのドライバー育成やラインナップを主導していたヘルムート・マルコさんが積極的に働きかけていた節がありました。当時のレッドブルとしては、勝てるPUをみすみす逃すわけにはいきません。ホンダをつなぎとめるために必死だったと思います。

 とはいえ、ホンダ育成の角田選手や岩佐歩夢選手がレッドブルの育成プログラムに入るためには、F1でもしっかりと結果を残せるだけの実績をF2やF3などで示す必要がありました。レッドブルだって、そう甘くはありません。

 アストンマーティンとホンダは現状では独占契約だと思いますので、今後、供給チームが増えれば日本人ドライバーが誕生する可能性は増えるかもしれません。ただ、それにはホンダ・レーシング(HRC)の交渉手腕が必要となってきますし、ホンダのPUに競争力がないと交渉どころではありません。メルセデスのPUのほうが圧倒的に性能がいいという状況では交渉自体が難しくなってくるでしょう。

【続けることに意義がある】

 自動車メーカーがドライバーを育成する目的は、自社のブランドイメージを体現する存在を生み出すことではないと思います。自分たちで育てたドライバーが人気者になってメディアに露出するようになればメリットになるかもしれないですが、正直言ってドライバーやモータースポーツが商売に結びつくことはほとんどありません。

 ドライバーを育てることは、自動車メーカーの責務だと私は考えています。

とくに自動車という日本の基幹産業を支えているメーカーとしては、母国のモータースポーツという文化を支える責務がある。少なくともホンダとトヨタにはあると思っています。本来は日産にもあるんでしょうけど、今はそれどころではない状況になっています。

 ドライバー育成にはお金がかかりますが、結論としては、続けるしかないと思っています。育成システムがあったから、角田選手も佐藤選手もF1ドライバーになることができました。もしホンダの育成プログラムがなかったら、日本人のF1ドライバーが誕生したのか? その可能性は低いと思います。

 続けることに意義がある、それが現時点での結論です。続けていれば、そのうち頂点を狙えるようなドライバーが出てくるかもしれないと私は思っています。

 もし本当に能力のある日本人ドライバーが出てきたら、ホンダやトヨタの育成という枠組みを度外視して、両メーカーが協力し合って世界のトップを狙う道筋を描くこともひとつの手かもしれません。現時点ではいろいろなハードルがありますが、それも未来の可能性のひとつだと私は考えています。

第9回につづく

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<プロフィール>
浅木泰昭 あさき・やすあき/1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。

2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。

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