F1日本GPとホンダの歩み(後編)
「復活の咆哮、そして未来へつなぐバトン」

◆前編>>セナ・プロ対決と中嶋悟の登場にファンが熱狂した時代

◆中編>>佐藤琢磨の初入賞に歓喜し、アロンソの「GP2エンジン」発言に唇を噛んだ

 パンデミックによる沈黙を乗り越え、2022年、鈴鹿に再びF1の咆哮が帰ってきた。ホンダのパワーを背景に、マックス・フェルスタッペンが「ホンダの母国」で王座を確定させた瞬間、鈴鹿は新たな伝説の舞台へとアップデートされた。

 さらに2024年には、史上初となる「春の鈴鹿」が実現。満開の桜の下で角田裕毅が果たした母国入賞は、日本のファンに新たな希望の光を灯した。

 後編では、コロナ禍からの復活劇、角田のさらなる飛躍、そして2026年から始まったホンダ第5期──。進化し続ける鈴鹿と、未来へ加速するホンダの最新章を追いかける。

【F1】日本GPとホンダの歩み(3)角田裕毅が「桜の鈴鹿」で...の画像はこちら >>
(9)【2022年】3年ぶりの鈴鹿。フェルスタッペン「ホンダの母国」で王座獲得

 鈴鹿サーキットでの日本GPは、今や世界中のファンや関係者にとって「F1カレンダーに欠かせないグランプリ」として定着している。

 しかし、新型コロナウイルスの世界的流行で、2020年のF1スケジュールは大幅に変更。欧州を拠点とするチームやF1関係者にとってアジアでの各レースは長距離遠征となるため、開催の中止を余儀なくされた。

 そんな厳しい規制があるなかでも、鈴鹿サーキットの担当者は日本でのF1開催を維持するべく、2021年の開催実現に向けて関係各所と交渉・調整を日々繰り返した。しかし、開催予定日まで約1カ月に迫ったところで諸々の状況をクリアすることができず、この年も開催は見送り。だが、それでもあきらめることなく努力した結果、2022年、鈴鹿にF1が帰ってきた。

 この大会には、岸田文雄総理大臣(当時)が日本の現職総理大臣として初めてF1日本GPに来場したほか、2021年にデビューした角田裕毅にとっては初の母国グランプリとなった。

そして何より、鈴鹿F1の復活を待ちわびていたファンが金曜日からサーキットに詰めかけ、3日間の延べ動員数は20万人を記録。コロナ前(約12万~16万人)を大きく上回る記録となった。

 レースは悪天候の影響で1時間近く中断し、当初予定していた周回数の半分ほどでチェッカーフラッグの最終時刻を迎えるという異例の展開となる。結果はホンダのパワーユニットを武器にマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が優勝を飾り、鈴鹿で2年連続のチャンピオンを決めた。

 2010年代に入ってから中東や北米・南米ラウンドが終盤戦に組み込まれたことで、かつてのような「鈴鹿=チャンピオン決定の舞台」という状況ではなくなった。しかし2022年は、久しぶりに日本のモータースポーツの聖地で世界王者が誕生した。

(10)【2024年】初の春開催と角田裕毅の初入賞。翌年はレッドブルへ

 これまでは秋に開催されてきた鈴鹿サーキットでのF1日本GPだが、2024年からはスケジュールが変更されてシーズン序盤の春開催となった。

 これまで何度もチャンピオン決定の舞台となった鈴鹿では、数々の名勝負が生まれてきた。しかし、日本の9月から10月は台風の影響でレースが開催できないリスクは少なからずあり、過去にも悪天候で2004年と2010年には土曜日の予選が順延されるケースもあった。

 また、変更されたもうひとつの要因として挙げられるのは、高騰する輸送費を抑制するため。オーストラリアや中国で開催される春先に日本ラウンドを組み込んだのは、移動距離が短いためマシンや機材の輸送費を少しでも抑えられることが大きいだろう。

 ただその一方で、2024年は桜の満開時期と決勝日が重なり、早くも「日本GP=桜」というイメージが定着。桜をモチーフにした限定マシンカラーリングが登場して話題になるなど、海外に向けてポジティブな印象を与えている。

 そんな初めての春開催となった2024年大会で主役となったのが、F1デビュー4年目の角田裕毅(RB)だ。母国グランプリはこれまで2度経験。しかし、いずれも決勝ではポイントを獲得できていなかった。

 2024年シーズン、角田は開幕戦からポテンシャルを感じさせる走りを見せていた。第4戦の日本GPでもその期待に応え、予選ではQ3進出を果たす。さらに決勝ではスタートで順位を下げるも、ピットストップでチームが迅速な作業で10番手を奪還。そのままチェッカーフラッグを受けた。

 日本人ドライバーが母国グランプリでポイントを獲得するのは、2012年に小林可夢偉(ザウバー)が3位表彰台に上がって以来、実に12年ぶり。鈴鹿のスタンドは当時と同じ大盛り上がりとなり、レース後の角田も「ここまで待っていてくれた日本人のファンの想いに応えられて、(ゴール後は)感謝を伝えながら1周できました」と顔を紅潮させた。

 そして2025年、角田はF1日本GPの直前にレッドブル・レーシングへの移籍が決定。

優勝争いにも絡めるトップチーム入りに、鈴鹿は昨年以上の盛り上がりを見せた。3日間の延べ動員数は、サーキットリニューアル後の2009年以降最多の26万6000人を記録する。

 2026年はホンダが第5期となるF1活動を開始した。アストンマーティンとタッグを組んで母国グランプリを迎える。序盤2戦は苦しい状況が続いているが、まずは今季初の完走を鈴鹿で見せてほしいところだ。

<了>

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