■『今こそ女子プロレス!』vol.31

東京女子プロレス 荒井優希 前編

 2021年4月、プロレス界に衝撃が走った――「SKE48荒井優希、プロレスデビュー」。

 現役アイドル。

それも国民的グループのメンバーだ。「プロレスセンス抜群」「天性のスター」といった触れ込みもあった。実際にデビュー戦を見ると、その評価は誇張ではなかった。プロレス大賞新人賞の受賞歴、SKE48という肩書も含め、現代の女子プロレスラーとしてはエリートと言っていい。

【女子プロレス】荒井優希が振り返る"後ろ受け身キャンセル界隈...の画像はこちら >>

 一方で、インタビューで対面した彼女は、そうしたイメージとは少し異なっていた。語り口が、極めてファニーなのだ。本人は終始真面目に話しているが、言葉選びや間が独特で、場に自然と笑いが生まれる。意図している様子はない。それでも周囲の空気が緩む。天性の資質だろう。

 プロレスデビュー当時、アイドルとしてはどんな時期だったのかと尋ねると、「センターになりたいとかは、もちろんない」と答えた。アイドルは誰もがセンターを目指すものだと思っていた私は、驚きを隠せなかった。

荒井は事もなげに続ける。

「その部分って、どんどん削れていっちゃうんですよ。『自分じゃないほうがいい』とか、『どうせ無理でしょ』とか。考えると傷つくだけだから、『そうじゃないところで輝きたい』と思い始めるんですよね」

 アイドルでいること自体が苦しかったわけではない。メンバーやファンと過ごす時間に、確かな充実もあった。それでも彼女は、"ここではないどこか"を探していた。

 荒井優希が、輝ける場所にたどり着くまでの軌跡を追った。

【「違うことをしてみたい」とアイドル志願】

 荒井は1998年、京都府に生まれた。山が見えるのどかな田舎町で、伸び伸びと育った。

 家族は父、母、ひとつ下の妹。母がピアノの先生で、幼稚園の頃にピアノを始めた。そのほかにもクラシックバレエ、習字、塾、水泳、体操教室と、さまざまな習いごとに通う。どれも自分から「やりたい」と言ったが、主体的ではなかった。

「仲のいい友だちがやっていると、やりたくなっちゃう。昔から人に影響されやすくて、自分の意志があまりないんです。将来の夢も『お花屋さん』『ケーキ屋さん』って言ってたけど、みんながそう言ってたからです」

 運動神経は人並みだったが、小学3年でドッジボールの強いクラスに入ったことで球技に目覚め、4年でバレエのレッスンを増やしたことで、突然足が速くなったという。その内容以上に際立っていたのは、段階を踏まず、結論に飛ぶ語り口だった。「天才肌ですよね」と言うと、「ポテンシャルだけでやってます」と彼女は自嘲気味に笑う。

 自他ともに認める天才肌でありながら、「ちゃんとポンコツ」でもあるという。友だちの影響で中学受験をし、私立の中高一貫校に入学。テニス部に入ったが、足が速かったために陸上部の大会に出ることになった。リレーに出場したあと、高跳びにも出ることになり、先輩のスパイクを借りた。するとバーに届く前に転んでしまい、血だらけになって終わった。

 こうした出来事も含めて、どこかちぐはぐで、しかし流れに身をまかせるように物事が進んでいくのが荒井の特徴でもある。

 中学3年の夏、友だちに誘われて京セラドーム大阪で開催されたAKB48のコンサートを観に行った。

そこで「第1回 AKB48グループ ドラフト会議」の告知があった。中高一貫校で進路は確定していたが、「違うことをしてみたい」と思った荒井は、ドラフト会議に応募することを決める。

 やるなら中途半端にはやりたくない。環境を変えたかった。どのグループに入りたいか希望を出す際、荒井はあえて家から遠い順に書いた。第一志望は一番遠い東京のAKB48。第二志望は博多のHKT48。次に名古屋のSKE48。最後に地元関西のNMB48。結果、SKE48 Team KⅡに第4巡目で指名され、SKE48メンバーになる。名古屋の学校に転校し、新たな人生をスタートさせた。

【プロレスに挑戦するも、"後ろ受け身キャンセル界隈"に】

 2017年1月から7月に放送された『豆腐プロレス』(テレビ朝日系列)。プロレスを題材にしたドラマで、AKB48グループのメンバーが多数出演したことで大きな話題となった。

2018年2月に豆腐プロレスのリアルイベント第2弾として、愛知県体育館で興行が開催されることになった。荒井はそのオーディションを受ける。

「全然やる気はなかったです。プロレスは知らないから怖かったし。でも、オーディションを受けるだけでも前向きな姿勢は見せられるから。選抜メンバー入りしていなかったので時間もあったし、何も挑戦しないのはおかしいと思って」

 オーディションに合格し、練習がスタート。荒井だけ倒立もできなかったが、「できないことはやらなくていい」という空気で甘やかされたという。「受け身は?」と聞くと、「受け身もキャンセル。"後ろ受け身キャンセル界隈"です」という衝撃の答えが返ってきた。

 さらに、こんな話も飛び出した。

「時間があったからオーディションを受けたと同時に、自動車学校に入ったんですよ。同時進行でやっちゃったから、立て込んだんですよね。

自動車学校の期限が切れて8万円課金したから、そっちに行くしかなくて。プロレスの練習は行けませんでした」

 豆腐プロレスでは、曰く「"最下層"だった」というが、得意技を習得したのもこの頃。オーディションで「Y字バランスができます」と言ったのを、コーチのミラノコレクションA.T.が覚えていて、「脚が上がるなら、かかと落としがいい」と伝授してくれた。これがのちに必殺技「Finally(ファイナリー)」へと進化する。

 2月23日に開催された興行では、しゃちほこ連合のバブリー荒井として、第1試合の6人タッグマッチに出場。バード高柳(高柳明音)にPKからの片エビ固めで敗れた。

 2021年4月に会見を開き、東京女子プロレスへの参戦を発表する。きっかけはDDTプロレスリング髙木三四郎社長(当時)からのスカウトだった。「あなたをスターにします」という言葉を聞いた荒井は、思わず笑ってしまったが、挑戦してみたいと思った。

 アイドルになって8年目。2018年にAKB48グループの「世界選抜総選挙」で28位と大健闘したが、本人としては平坦で、「ただ続けているような感じ」だったという。

「『選抜メンバーに入りたい』という思いもない。

『センターになりたい』も、もちろんない。『メンバー、ファンと楽しく過ごせればいいなあ』という時期でした。コロナ禍になってそれもできなくなったので、(プロレスを)やってみようと思えました」

【アジャコングと対戦し、継続参戦を決意】

 5月4日、後楽園ホール大会で本格的にプロレスデビューを果たす。渡辺未詩と組み、伊藤麻希&遠藤有栖組と対戦した。髙木が絶賛した体幹と、天性のプロレスセンスを遺憾なく発揮し、デビュー戦とは思えぬ闘いぶりを見せた。間もなく荒井は「GENIUS GIRL」とコールされるようになる。

 公にはされていなかったが、プロレスは2021年末までの期間限定の予定だった。しかし、いざ始めてみれば、負けると"ちゃんと"悔しい。勝つと"ちゃんと"うれしい。「ベルトを巻いた姿をファンに見せたい」という気持ちも芽生えた。

 そんななか、10月9日、大田区総合体育館大会でアジャコングとタッグマッチで初対戦する。アジャと闘ったことで、「もっとプロレスを知りたい」と荒井は思った。

「アジャさんはすべてにおいて規格外で、上に乗られると本当にまったく動けなかった。そのプロレスが自分にとって新しかったし、アジャさんに『もっと(自分を)知ってもらいたい、認めてもらいたい』と思いました」

 この試合後、アジャは膝の手術のために欠場することになっていた。荒井が年末でプロレスをやめたら、アジャとの再戦は叶わない。荒井は迷いなく、継続参戦することを決めた。

 年末、東京スポーツ新聞社制定「2021年度プロレス大賞」で新人賞を受賞。年明けには、『週刊プロレス』の読者投票企画「プロレスグランプリ2021」で新人賞を受賞した。それまで「SKE48だから特別扱いされている」と言われることも多く、そこでしか見てもらえないのが悔しかった。しかし新人賞を受賞したことで、覚悟が決まった。

 2022年3月19日、インターナショナル・プリンセス王者の伊藤麻希を相手に、初のタイトルマッチ。惜しくも敗れてしまったが、感情剥き出しのファイトに多くのファンが度肝を抜いた。荒井がここまでのレスラーになると、どれだけの人が予想していただろう。

 しかしプロレスラーとしてメキメキと力をつける一方で、アイドルとしては選抜メンバーから外れてしまう。プロレスをやったから選抜メンバー落ちした、と思われるのが悔しかったという。

「プロレスをやっていなくても、絶対にどこかでは落ちていたと思うんですよ。そのタイミングがたまたまここで来ただけなんです。でも、やっぱり言われやすくて、『そっち(プロレス)へ行くんだ』とか『そっちのほうがいいんだ』とか......」

 アイドルとプロレス。二刀流ならではの悔しさを抱えていた荒井に、タッグパートナーとの出会いが訪れる――。

(後編:SKE48時代にセンターを目指さなかった荒井優希が、強敵との闘いを経て決意「女子プロレス界の未来を背負います」>>)

【プロフィール】

荒井優希(あらい・ゆき)

1998年5月7日、京都府生まれ。167㎝。元SKE48 Team KⅡメンバー。2021年5月4日、東京女子プロレス後楽園ホール大会にてプロレスデビュー(渡辺未詩&荒井優希vs伊藤麻希&遠藤有栖)。東京スポーツ新聞社主催「2021年度プロレス大賞」で新人賞を受賞。2022年7月、大田区総合体育館大会において第10代プリンセスタッグ王座を戴冠(パートナーは赤井沙希)。2024年1月、後楽園ホール大会にてインターナショナル・プリンセス王者のマックス・ジ・インペイラーに挑戦。見事勝利し、第12代インターナショナル・プリンセス王座を戴冠。2025年3月末、SKE48を卒業し、プロレス一本化した。

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