錦織圭という奇跡【第20回】
土居美咲の視点(1)
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「ニュース番組で、テニスが取り上げられている......」
錦織圭にまつわる最初の記憶を思い出す時、土居美咲さんの脳裏には、テレビ画面に映るテニスコートが浮かぶという。
2008年2月──。
「だから、その時の私の感情や圭くんとの距離感は、一般のテニスファンの方々とほとんど同じだと思います。普通に『すごいなぁ』って思ってました」
テレビ画面の向こうの人──それがあの頃の土居さんにとっての、錦織圭だった。
やがて土居さんもプロテニスプレーヤーとなり、大会から大会を渡りながら、地球を何周も回る。そうして、ランキングとともに戦いのステージを上げるうちに、自身の足跡が錦織のそれと交わるようになった。ウインブルドンのロッカールームなどで挨拶を交わし、雑談をする機会も増えていく。
そのように関係性が変わり、距離感が近くなったことで、錦織にまつわる印象的な『エピソード』はあるだろうか?
その問いに土居さんは、「うーん」と唸って首をひねり、そして申し訳なさそうに「実はずっと考えていたんですが、あまり思いつかなかったんですよ......」と小さく打ち明けた。
「圭くんって、存在感を示そうとしたり、カーンとインパクトに残ることを言うタイプではないと思うんです、いい意味で。空気に溶け込んでいるというか、常に自然体というか。
でもそれは、本当にすごいことだと思います。あれだけ強くて、地位も知名度もある。なのに本当に気さくで優しくて、フランクに話してくれて、なんならちょっと抜けている(笑)。"テング"になる要素は絶対にたくさんあるはずなのに、ぜんぜん変わらないんです。
それはもちろん私にだけではなく、誰に対してもそういう感じなんですね。そこも本当に尊敬します。正直、立場が変わると態度も変わる選手も少なからずいるなかで、逆にあそこまでいく人は、人格的にもすごいんだなと思いました」
【スライスも褒めてくれた】
「伝わりますかね、この感じ......」と土居さんは気を揉むが、言わんとすることは十分以上に伝わってくる。「自然体」「変わらない」「不必要に存在感を示そうとしない」──それらは錦織圭の関係者たちにインタビューを重ねるなかで、必ずと言ってよいほど耳にしてきた言葉だからだ。
ただ、変わらぬものの多いなかで、変わりゆくものもある。もっともそれは、時の経過とともに味わいの深みを増す、成熟のようなプロセスだ。
ここ数年、錦織が周囲の選手たちに積極的に声をかける様子を、土居さんはたびたび目にしてきた。日本のナショナルトレーニングセンターで練習している時の錦織は、若手やジュニア選手に助言を与え、自ら練習相手を申し出ることもある。
土居さん自身が「圭くんからのうれしい言葉」を受け取ったのは、まったく予期せぬタイミングだったという。
「試合後に、圭くんからLINEメッセージをもらったんです。あの年の全米オープンは、圭くんは体調不良で出られなかったのかな? テレビで見てくれていたと思うんですが、『試合は残念だったけれど、むちゃよかったよ』とか、『内容的には、セミファイナルとかでもおかしくないなと思えるような激しい打ち合いだった』とか。
スライスも褒めてくれたんですよ。『女性であれだけ伸びるスライス打てる人少ないから、かなり有効だと思う』って。急に(メッセージが)来たので驚いたし、ものすごくうれしかったですね。思わずスクショしちゃいましたもん、うれしすぎて!」
無邪気に広げる土居さんの笑みが、錦織からの言葉がいかにうれしく、励みになったかを物語る。
「そういえば......」と、土居さんは言葉を続けた。
【圭くんのテニスがいっちばん好き】
「私が引退する少し前に、圭くんに技術的な質問をしたことがあるんです。ちょっとフォアハンドのことで悩んでいたので、思いきって聞いてみたんです。
私としても、圭くんに尋ねるとなると緊張するんですよ。
それで、『答えてはもらえないのかな......』と思っていたら、その少しあとに、圭くんがベンチに座ってスマホで動画か何かを見ていたんです。あまりにずーっと見ていたので、何だろうと思ってチラッとのぞき見たら、私の試合動画だったんですよ!
それをずっと見ていてくれたので、『そっか。その場で適当に返事をするのではなく、しっかり動画を見たうえで考えてくれてたんだ』と。ちょっと感激しました」
テニスのこととなれば、妥協はしない。助言を求められれば、いい加減なことは言わない。そんな錦織圭の真摯な姿勢がにじみ出る、リアルな『エピソード』である。
2015年にWTAツアータイトルを獲得し、2度のオリンピックにも出場した土居さんは、2023年に15年間のキャリアに幕を引いた。今は後進指導や解説者として活躍するなかで、テニスとの関わり方や距離感も、現役時代とは当然ながら変わっていく。
そのような視座でテニスの試合を見た時、「純粋に、圭くんの試合を見るのが好き」とあらためて思ったと、土居さんは興奮気味に言った。
「もちろん、強い選手や技術的に高い選手は世界中にたくさんいるんですけれど、でもなんか私、名だたる選手たちのなかでも、圭くんのテニスがいっちばん好きかもしれない。一番、見ていて面白いと思うのが圭くんの試合な気がします。
空間の使い方が上手だし、次に何が来るかわからないので、ワクワクする。もちろん個人的に知っているので、応援する気持ちが乗っている部分もあるとは思います。でも、それを抜きにしても、一番見るのが好きな選手だと思います」
16歳の日、ツアー優勝のニュースを見て、純粋に「すごいなぁ」と憧憬を募らせたテレビ画面の向こうの存在──。それから18年経った今も、土居さんはあの時と変わらぬ憧れの目で、コート上の錦織圭を応援している。
(つづく)
◆土居美咲の視点(2)>>錦織圭のアドバイスは「今までの打ち方でいい」
【profile】
土居美咲(どい・みさき)
1991年4月29日生まれ、千葉県大網白里市出身。6歳からテニスを始め、2008年12月に17歳8カ月でプロ転向を表明。2015年10月のBGLルクセンブルク・オープンでWTAツアーシングルス初優勝を果たす。2016年のウインブルドンでは初のグランドスラム4回戦進出。オリンピックには2016年リオと2021年東京の2大会に出場。2023年8月に現役引退を発表。WTAランキング最高30位。身長159cm。



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