錦織圭という奇跡【第21回】
土居美咲の視点(2)
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◆土居美咲の視点(1)>>錦織圭からのLINE「思わずスクショしちゃいました」
「もちろん、圭くんのテニスは参考にしていました。あそこまではできないにしても、圭くんみたいなテニスをしたいなとは、ずっと思っていましたね」
錦織圭と同時代に、日本女子テニスを牽引してきた土居美咲さん。
土居さん自身、「見ていて面白いテニスをしたい」というのは、子どもの頃から一貫した「自分のなかのテーマだった」という。
「ジュニア時代に教わっていたコーチから、『面白いテニスをしたいと言っていた』と言われたんです。私自身は覚えていないのですが、ずっとそう思っていたという自覚はあります。
スピンをかけたショットで、自分から攻めてウイナーを奪う。そんなテニスをしたいと思っていたので、なおのこと圭くんのテニスに魅かれたし、自分もあんなふうにプレーしたいと思ったんだと思います」
錦織も身長178cmながら、攻撃力と創造性を武器に、190cm前後が上位を占める男子テニス界で世界4位に至った。その事実は土居さんにとっても、やりたいテニスを貫く原動力となったという。
だからこそ土居さんは、フォアハンドの打ち方について、錦織に助言を求めたことがあった。
「実はその当時、フォアハンドの打ち方についていろんな方から助言を受けるなかで、けっこう迷っていたんです。ほかの方たちからは、もっとクローズドスタンス気味で打ったほうがいいと言われたんですよ。そのほうが、パワーが出せるからと。
ただ、私はオープンスタンスで打つことが多かったので、あまりしっくりこなくて。直したほうがいいのか、今のままでいいのか、悩んでいたなかで、思いきって圭くんに聞いてみたんです」
【錦織はすぐに返事をしなかった】
『オープンスタンス(Open Stance)』や『クローズドスタンス(Closed Stance)』とは、ボールを打つ際の足のポジションを指す。フォアハンドの場合、利き手と同じサイドの足をセットしたあと、反対の足を前方に踏み込んで打つのがクローズドスタンス。対して、左右の足がほぼ横並びの体勢で打つのがオープンスタンス。
クローズドスタンスは後方から前方へ体重移動しながら打つため、パワーを出しやすい。他方、オープンスタンスは相手の打球への反応が早く、スピンをかけやすいなどの利点がある。
どちらが優れているという話ではなく、プレースタイルや筋力などによって、向き不向きはあるだろう。土居さんは、自分のスタイル的にはオープンスタンスのほうが合っていると思いつつも、他者の意見を聞くなかで心が揺らいだ。
そこで、錦織に助けを求める。「誰々さんにこういうアドバイスをいただいたんですが、どう思いますか?」......と。
その時の錦織は、すぐには返事をしなかったという。
ただ、それから少しあと、錦織がスマートフォンで身じろぎもせず、自分のプレー動画を見ている姿を、土居さんは目の当たりにした。
その末に錦織がかけてくれた言葉は、「基本的には、今までの打ち方でいいと思う」。迷っていたなかでのその言葉に、土居さんは「自分のテニスに"お墨つき"をもらったと感じた」と表情を明るくした。
同じ世代にロールモデルとなる存在が身近にいることの効能は、とても大きかったと土居さんは振り返る。それは技術面だけでなく、経験や精神面での助言を得られるという点でもだ。
「そういえば、リオオリンピック(2016年)の時にも、圭くんに質問したことがあったんです」
土居さんが回想する。
「リオオリンピック直前のウインブルドンで、私、ベスト16に勝ち上がったんです。グランドスラムでのベスト16は初めてだったんですが、その時、めちゃくちゃ疲れたんですよ。体力というより、精神的な疲労でした。ウインブルドンでは雨での試合中断や順延もあり、ずっと精神的に張り詰めた状態だったんです。
言い方はあんまりよくないですが、ベスト16でもこれだけ疲れた。
当時は、日本の女子選手でそこまでの実績がある方はツアーにいなかったし、やはり現役の女子選手には、テニスの質問はしにくい雰囲気もあるんです。でも、圭くんなら経験もあるし、男子選手だからむしろ聞きやすいところもあった。選手村で一緒に過ごす時間もあったし、日本代表という一体感もあったので、思いきって聞けたんだと思います」
【圭くんがいて、本当にうれしかった】
そんな時の錦織は、力強く何かを断言したり、わかりやすい助言をするわけではないという。力強さは時に押しつけになり、わかりやすさは紋切型に陥りかねない。代わりに錦織がしてくれたのは、「耳を傾けること」と「共感」だった。
「私の話を聞いて、『そうそう、やっぱりそうだよね』みたいに言ってくれたり。ずばり『こうすればいい!』みたいに言うのではなく、ただ『1週目と2週目で、トップ選手は徐々にギアを上げているよね』とか、『たしかに僕も、最初はすごく疲れてたかも』みたいな感じで。話を聞きつつ、共感してくれました」
錦織圭ですら、かつては自分と同じような経験をしたと知るだけで、どれだけの安心が得られたことか。
「本当は圭くんと話した経験を、生かせる場があればよかったんですけどね......」
土居さんはそう言って、少し気恥ずかしそうに笑った。
2016年にキャリア最高位の30位に至った土居さんは、その後、300位台まで落ちる苦境も経て、再びグランドスラムの舞台へとカムバックした。2020年東京オリンピックにも、日本代表としてシングルスに出場。ただ、キャリア終盤は腰椎分離症に悩まされ、32歳で現役生活に終止符を打った。
戦いの舞台を広げる過程で直面する事象は、当事者にとってはすべてが初めての経験。ただ、同じ道を踏破した先達がいれば、未知への恐れは薄まるだろう。
「悔いなく走りきった」と明言する15年間のプロキャリアを振り返り、土居さんは表情に光を灯して言った。
「テニスはもちろん個人戦ですが、同じ日本人だとチーム的な感覚もある。経験した人にしかわからないことも多いなかで、いろんなことを質問できる距離感に圭くんがいて、本当にうれしかったなと思います」──と。
(つづく)
◆土居美咲の視点(3)>>「一番好きな選手。ずっとずっと応援しています」
【profile】
土居美咲(どい・みさき)
1991年4月29日生まれ、千葉県大網白里市出身。6歳からテニスを始め、2008年12月に17歳8カ月でプロ転向を表明。2015年10月のBGLルクセンブルク・オープンでWTAツアーシングルス初優勝を果たす。



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