【箱根駅伝 名ランナー列伝】出岐雄大(青山学院大学)常勝軍団...の画像はこちら >>

箱根路を沸かせた韋駄天たちの足跡
連載12:出岐雄大(青山学院大/2010~13年)

いまや正月の風物詩とも言える国民的行事となった東京箱根間往復大学駅伝競走(通称・箱根駅伝)。往路107.5km、復路109.6kmの総距離 217.1kmを各校10人のランナーがつなぐ襷リレーは、走者の数だけさまざまなドラマを生み出す。

すでに100回を超える歴史のなか、時代を超えて生き続けるランナーたちに焦点を当てる今連載。第12回は、青学大黄金時代の "夜明け前"に今日につながる礎を築いた出岐雄大を紹介する。

連載・箱根駅伝名ランナー列伝リスト

【着実に成長を遂げ3年時は2区区間賞に初マラソン好走】

 箱根駅伝で8度の総合優勝を誇る青学大。絶対王者となる"前夜"のチームを牽引したのが出岐雄大だ。

 中学時代はサッカー部で、長崎北陽台高で陸上部に入部。2年時に3000m障害でインターハイ決勝に進出(15位)すると、3年時は1500mと3000m障害の2種目でインターハイに出場した。

 青学大に入学すると、すぐに中心選手となる。1年時の箱根駅伝(2010年)は1区を区間9位と好走して、総合8位に貢献。チームは41年ぶりのシード権を獲得した。「1区の出岐がよかった。デキすぎですよ。それでいい流れが作れました」と原晋監督を喜ばせた。

 2年時は初出場となった出雲駅伝で1区(12位)を担うと、高島平20kmロードレースを58分51秒で優勝。

箱根駅伝は花の2区をまかされ、16位から5位まで順位を押し上げる。「自分の走りを心掛けました」と目標タイム(1時間08分30秒)を大きく上回った。1時間07分50秒で区間4位タイ。エースの11人抜きで、チームは総合9位に入り、2年連続のシード権を手にした。

 3年時は出雲駅伝の1区で区間4位、全日本大学駅伝は2区で10人抜きの快走を見せる。早大・大迫傑(当時2年)、明大・鎧坂哲哉(同4年)、駒大・村山謙太(同1年)、東洋大・設楽悠太(同2年)ら錚々たるランナーを抑えて区間賞をゲットした。

 そして箱根駅伝の2区では11位でタスキを受け取ると、「昨年はアッという間に抜かれましたが、自分のほうが動いていると感じたんです」と前年に区間賞を獲得した同学年の東海大・村澤明伸を抜き去り、3位でタスキを渡す。日本人歴代4位(当時)の1時間07分26秒で青学大勢初の区間賞に輝き、チームは総合5位に大躍進した。

「前回しっかり走れたことで、自分自身の力を把握できるようになり、結果を出せるようになりました。花の2区には特別な感情を持っていますし、最高の走りができたかなと思います」

 さらに3月のびわ湖毎日マラソンは雨のなかで、学生歴代3位(当時)の2時間10分02秒をマークした。箱根駅伝で大活躍して、2カ月後のマラソンでも好走。近年の青学大が見せている離れ業を14年前からやっていたことになる。

【箱根ですべてを燃やし25歳で競技引退】

 しかし、学生長距離界のエースとして期待された4年時は故障もあり、苦しんだ。6月の全日本大学駅伝関東選考会は4組36着に終わり、チームは伊勢路の出場権を逃した。

 9月の日本インカレ5000mで6位に入ると、出雲駅伝は最終6区で区間3位。1年生ふたり(1区小椋裕介、3区久保田和真)を起用したスピード駅伝で、青学大は三大駅伝で初のタイトルに輝いた。

「状態がよくなくて、1区からアンカーに変更させてもらいました。いいときと比べると5~6割の状態です。トップでタスキを受け取る経験がなかったので、一番緊張しましたね。走っているときもドキドキしていました」

 エースは不調だったが、チームは全日本関東選考会の惨敗が浮上のきっかけになったという。

「今までなら『3位以内』が目標だったかもしれませんが、今季は出雲と箱根だけになり、夏合宿では出雲の『優勝』が具体的な目標になってきたんです。なかでも1年生の存在が大きかったですね。力があるうえに競技に対する意識も高く、それがチームに刺激を与えてくれました。出雲を制した自信を胸に、箱根でも優勝争いできるように、チーム全体でしっかり練習していきたい。

もうひとまわり強くなった青学大の姿を見せたいです」

 青学大は正月決戦でダークホースに挙げられたが、エースは右ふくらはぎを痛めた影響で10区にまわり、区間14位。不完全燃焼に終わったかと思いきや、「これが今のベスト。悔いはありません」と出岐は潔かった。チームは総合9位で4年連続のシード権を確保。このとき1年生だった久保田、小椋、神野大地らを軸に、青学大は新時代に突入していく。

 出岐が卒業して約2年後、青学大は箱根駅伝で初優勝に輝くと、モンスター軍団になったのだ。

 一方、出岐は大学卒業後、中国電力に入社。1年目のニューイヤー駅伝(2014年)は最終7区(8位)を担い、チームの5位入賞に貢献した。2年目は全国都道府県対抗駅伝の最終7区で区間賞を獲得した。しかし、2016年2月の東京マラソンで2時間15分49秒の26位に終わると、「箱根駅伝以上の目標が見つけられない」と現役を引退。25歳での早すぎる決断だった。

 それでも"アオガク"を常勝軍団に導いた小柄な絶対エースは、今も箱根駅伝ファンのなかで強烈な輝きを放っている。

●Profile
でき・たけひろ/1990年4月12日生まれ、長崎県出身。長崎北陽台高(長崎)―青山学院大―中国電力。箱根駅伝には4年連続出場し3年時には花の2区で区間賞を獲得し、青学大史上最高(当時)の総合5位に貢献。同年度の全日本大学駅伝でも2区区間賞を獲得した。また、4年時の出雲駅伝では青学大史上初の学生三大駅伝初制覇となるフィニッシュテープを切った。卒業後はマラソンに挑戦するも、25歳で競技を引退した。

【箱根駅伝成績】
2010年(1年)1区9位・1時間03分48秒
2011年(2年)2区4位・1時間07分50秒
2012年(3年)2区1位・1時間07分26秒
2013年(4年)10区14位・1時間13分19秒

編集部おすすめ