篠塚和典が語る現役時代に見たピッチャーたち 前編
長らく巨人の主力として活躍。首位打者(1984年、1987年)を2度獲得した実績や芸術的な"流し打ち"など、球史に残る安打製造機として知られる篠塚和典氏。
【左腕で「一番嫌なピッチャー」は?】
――現役時代に対戦した多くのピッチャーのなかで、苦手だったピッチャーを挙げるとすれば?
篠塚和典(以下:篠塚) 主にピンチの場面で出てくることが多い、中継ぎ左腕の技巧派、特にサイドスローのピッチャーは合わなかったですね。そのひとりが清川栄治さん(元広島など)ですが、まったく「打とう」とは思っていませんでした。
合わせようとして打つタイミングを変えてしまうと、自分のバッティングが崩れていってしまうんです。なので、あえて右投げのピッチャーと対戦しているような感覚で打席に入っていましたし、清川さん相手に打てなくても、ほかのピッチャーと対戦する時にヒット数を稼げればいいと割り切っていました。
――広島で左腕といえば、大野豊さんとの対戦も多かったと思いますが、いかがでしたか?
篠塚 大野さんはシュートがあるので嫌でしたね。内角に食い込んでくるシュートを意識してしまうとアウトコースが遠くなりますし、左腕のなかでは一番嫌なピッチャーでした。
永射保さん(元西武など)や梶間健一(元ヤクルト)ら横から投げてくるピッチャーも苦手でした。そもそも絶対的に左のサイドスローのピッチャーの数が少ないので、なかなか練習もしにくかったですから。やはり"スマート"に投げてきてくれないと困ります(笑)。
――苦手だった右投げのピッチャーはいますか?
篠塚 池谷公二郎さん(元広島)もタイミングが合わなかったです。グラブを突き上げる感じで投球フォームがダイナミックでしたし、やや変則で、左足を上げて踏み込む時に右腕が一度背中に隠れるような感じになるんです。大野さんの場合は右足を上げた時に左腕がグっと下がっていましたが、そういった予備動作が入るとタイミングを取るのが難しくなります。
【パ・リーグで苦手だったのは?】
――篠塚さんが主にプレーされた1980年代、パ・リーグでは西武が圧倒的な強さを誇っていました。東尾修さんや工藤公康さんら、多くの名投手と対戦する機会があったと思いますが、特に印象に残っているピッチャーは?
篠塚 それぞれすごいピッチャーでしたが、しいて挙げるとすれば台湾出身の郭泰源です。シュートなどいろいろな球種があり、球威もありました。スライダーの曲がり幅やキレがすごいうえに真っすぐも速く、左右にも揺さぶられ、非常に攻略が難しいピッチャーという印象でした。日本シリーズで対戦する時は第2、3戦に出てくるんですが、たまにしか対戦しないので慣れていませんでしたから、みんな攻略が難しかったと思います。
――郭さんのスライダーを目の当たりにしたバッターのなかには、「これはお手上げ」と言われる方もいます。篠塚さんから見ていかがでしたか?
篠塚 自分の場合はバットに当てることはできるので、お手上げというところまではいきませんでした。ただ、真っすぐも速いですし、コントロールもいいんですよ。ほとんど高めにこないですし、非常にレベルの高いピッチャーだったと思います。
あと、当時のパ・リーグでいえば、村田兆治さん(元ロッテ)もすごかった。オープン戦で対戦したくらいですが、あのフォークは、くるとわかっていてもなかなか打てませんでした。カーブや少しシュート回転するようなボールもありましたが、だいたいは真っすぐかフォークでしたね。
――村田さんのフォークは、ボールが消えるような感覚ですか?
篠塚 真っすぐの軌道から落ちるので、本当にボールが消えるような感覚はありました。
【調子を上げるきっかけになったピッチャーも】
――逆に相性がよかったピッチャーもいたと思いますが、いかがですか?
篠塚 ヤクルトの尾花高夫は大好きでした。真っすぐがそれほど速いわけではなかったですし、タイミングが合ったんでしょうね。よく対戦していましたし、傾向がわかっていたことも要因かなと。あと、同級生でしたから(笑)。
ただ、一番好きだったのはアンダースローの三沢淳さん(元中日など)です。自分の調子が悪い時でも相性がよくて打てちゃいました。三沢さんとの対戦をきっかけに調子を上げていく、という感じでしたからね(笑)。
――同級生のピッチャーは対戦する際に意識するものですか?
篠塚 やはり多少は意識しますよ。北別府学(元広島)も同級生だったので、対戦する時は意識していました。
――ちなみに、岡田さんのバッティングはどう見ていましたか?
篠塚 インコースを打つのが本当にうまかったです。ステップがそれほど大きくなく、その場でくるっと回転して打つ感じでした。泳がされて打った、という印象がほとんどありません。
――北別府さんとの対戦機会も多かったと思いますが、いかがでしたか?
篠塚 コントロールが抜群で内外角を投げ分けていましたが、ボールが暴れない分、逆に打ちやすかったです。ただ、キャッチャーが達川光男さんでしたから、バッターボックスに入っている時によく話しかけられたんですよ。いろいろな冗談を言ったかと思えば、本当のことも言ってきたり(笑)。
それでも、達川さんがマスクをかぶっている試合は、北別府の時はもちろん、広島のほかのピッチャーが投げる時も楽しかったですね。本当にいろいろな話をしていましたから。
――どんなお話をされていたのですか?
篠塚 「シノ(篠塚氏の愛称)はアウトコースをうまく打っているけど、本当はインコースが好きなんだよな」とか(笑)。そういう感じで話しながら対戦していたのが、すごく印象に残っています。
あと、当時の広島は大野さんや北別府のほかにも、川口和久、長冨浩志、抑えの津田恒実など、いいピッチャーが揃っていましたし、僕は広島のピッチャーと対戦した時の打率が一番悪いんです。いろいろ振り返ると、広島市民球場時代の多くの投手戦の雰囲気とともに、投手陣の印象も強く残っていますね。
(後編:対戦してみたい現役選手は「やはり大谷翔平」 江川卓や江夏豊などレジェンドとの対戦も語った>>)
【プロフィール】
■篠塚和典(しのづか・かずのり)
1957年7月16日生まれ、東京都出身、千葉県銚子市育ち。1975年のドラフト1位で巨人に入団し、3番などさまざまな打順で活躍。1984年、87年に首位打者を獲得するなど、主力選手としてチームの6度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献した。1994年を最後に現役を引退して以降は、巨人で1995年~2003年、2006年~2010年と1軍打撃コーチ、1軍守備・走塁コーチ、総合コーチを歴任。2009年WBCでは打撃コーチとして、日本代表の2連覇に貢献した。
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