次代を担う逸材たち~アマチュア野球最前線 第1回
奈良大附・新城楓雅
その日、甲子園球場では智辯学園(奈良)が延長タイブレークの末に神村学園(鹿児島)を破るなど、熱戦が繰り広げられていた。智辯学園のエース左腕・杉本真滉(まひろ)はドラフト候補の評判に違わぬ好投ぶりで、株を上げ続けていた。
同じ奈良県で戦う者としては、心中穏やかではいられないのではないか。
奈良大附のエース右腕・新城楓雅(しんじょう・ふうが)に尋ねると、そっけない口調でこんな言葉が返ってきた。
「今のうちに勝っとけって感じですね。夏は自分たちが倒すんで」
その目には、静かな炎が宿っていた。
【身長190センチの最速147キロ右腕】
甲子園球場から東へ40キロ近く離れた大阪府柏原市では、強豪校同士の練習試合が実施されていた。昨夏の大阪大会を制して甲子園に出場した東大阪大柏原と、春夏合わせて2回の甲子園出場経験のある奈良大附の対戦である。
2球団3人のNPBスカウトが視察に訪れた。あるスカウトは到着早々、三塁側ブルペンで投球練習中の右投手に視線を送ると「でっかいなぁ」と驚きの声を上げた。この投手こそ、新城である。
身長190センチ、体重84キロ。昨秋に最速147キロを計測した大型右腕である。全国的な知名度こそないものの、今夏にかけて注目度が高まっていくのは間違いない。現時点で「プロ一本です」と本人が語るように、強いプロ志望を抱いている。
しかし、この日の新城は本調子ではなかった。立ち上がりから東大阪大柏原打線に痛烈な打球を浴び、毎回得点圏に走者を背負う苦しい内容に。5回を投げて1失点にまとめたものの、被安打は9本を数えた。
奈良大附の田中一訓監督は、ベンチ前でしきりに新城の腕の振りをなぞるような仕草を見せていた。試合後に聞くと、「新城はここ最近、調子があまりよくないんです」と明かしている。
新城も左足の上げ方を何パターンか試すなど、試行錯誤している様子がうかがえた。登板後、新城はこんな狙いを語っている。
「リリースのタイミングが合わなくて、どれなら合うんかなって探り探り投げていました。自分の場合、思いきり投げようとすると(ステップの)歩幅が広くなって、頭が突っ込むんです。いい時は頭がしっかりうしろに残って投げられるんですけど」
【これ以上身長は伸びてほしくない】
とはいえ、深刻に悩んでいる様子ではなかった。口数こそ多くないものの、自身の技術を自分の言葉で説明できる思考力もある。そして何より、深掘りすればするほど、新城の内面には強烈な自我が潜んでいることがわかった。
この日の新城は頻度こそ多くなかったものの、指にかかった強烈な球威のストレートを投げていた。
「ハマった時のボールは、前に飛ばないです。しっかりと上から叩けた時は、キャッチャーミットに入ると『バチッ!』と強い音が鳴ります。リリースのタイミングが合えば、どんなバッターでも前に飛ばされる気がしないんで」
全身の力を指先の一点に集約できた時のボールには、絶対の自信がある。それではなぜ、この球を繰り返し投げられないのか。その原因は、新城の身体的特性にあった。
「人よりも手足が長いので、ちょっとでもズレるとリリースのタイミングが合わなくなってしまって。いいボールを続けて投げるのが難しいんです」
肩甲骨周りも柔らかく、自分の体とはいえ制御するのは極めて難しい。新城は苦笑交じりにこんな本音を明かした。
「もうこれ以上、身長が伸びてほしくないです」
しかし、裏を返せば、この点が新城の大きな伸びしろとも言える。将来的に自身の大きな肉体を操れるようになれば、爆発的に進化する可能性を秘めているからだ。
【中学3年で身長が20センチアップ】
近年、有望な高校生がプロ志望届提出を見送り、大学・社会人でワンクッションを挟むケースが相次いでいる。しかし、新城は前述のとおり高卒プロ志望である。
なぜ、新城はプロにこだわるのか。その実情に迫るため、生い立ちを聞くことにした。
「もともと野球をやる気はなかったんです」
父は阪南大まで野球経験があったが、長男の新城は野球チームに入っていなかった。3歳下の弟・大雅が小学1年になって学童野球チームに入団する際、ようやく「僕もやろうかな」と一緒に入団する。野球を始めたきっかけが「弟が始めたから」という例は、かなり特殊だろう。
新城の人生が大きく変わっていくのは、守口ボーイズに入団した中学時代だった。
守口ボーイズは1970年に創設された、ボーイズリーグ草創期からの歴史を誇るチームである。当時のチーム名は「全守口」で、愛称は「ゼンモリ」。小学部は過去に3回日本一に輝いた実績がある。しかし、2018年5月を最後に部員数がゼロになり、消滅の危機に瀕していた。
部員数が減少する要因になっていた古い慣習をなくし、守口ボーイズはチーム再建をかけるべく選手募集をかけた。そのリスタート1期生として入団した24人のなかに、新城がいた。
1期生は2学年年上の中学生と戦わなければならない。当然ながら、負け続ける日々が続いた。投手や遊撃手としてプレーした新城は、「最初はずっとベンチ生活で、野球をやめたいと思ったくらい」と振り返る。
中学3年間で身長が20センチも伸び、投手に専念したところ徐々に才能が開花していく。チームも徐々に勝てるようになっていった。
「守口ボーイズは負けてばかりでしたけど、選手全員が負けず嫌いでした。だから強くなれたのだろうと思います」
中学3年時には大阪支部予選で49年ぶりに優勝し、全国大会に出場する。下剋上を成し遂げた成功体験と負けじ魂が、今も新城という投手を支えている。
【日本一のピッチャーになりたい】
なぜ、リスクを冒してでもプロを目指すのか。そう尋ねると、新城はこう答えた。
「高卒でプロに行って、早く日本一のピッチャーになりたいので。どんな相手でも、負けたくないんです。
もちろん、現実も直視している。現時点で智辯学園を倒せる力があるかと尋ねると、新城は首を横に振った。
「今の自分なら、絶対に智辯を抑えられないです。でも、最近は感覚をつかみかけてきて、『これくらいの力感で、こんなボールがいくんや』という手応えが出てきました。指導者の方からも『まだまだ伸びる』と言ってもらえていて、自分でもどこまで上に行けるのか、楽しみになってきました。夏までには150キロを出したいですね」
恵まれた肉体に宿る無限の可能性と、強烈な負けん気。こんな選手こそ、高卒でプロを目指すべきなのかもしれない。
新城楓雅が夏までに見違えるような進化を見せていれば、いよいよ波乱の気配は濃くなっていく。










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