【連載】サッカー日本代表・後藤啓介のROUTE42 ~GO TO 2030~
Vol.01 後編
4年後の2030年ワールドカップに向けた歩みを克明に記録する、サッカー日本代表FW後藤啓介の新連載がスタート。北中米ワールドカップでチームメイトに水を運ぶ姿が話題となり、新天地フライブルクでも監督からフォア・ザ・チームの精神を称賛されている後藤。
前編>>>後藤啓介「『最初の5試合』で結果を残さないと」 新天地での初ゴールの裏にあった"滑り出し"へのこだわり
中編>>>後藤啓介「監督が"怒ってくれる"」 絶好調フライブルクに根づく"サボらない哲学"
【「サボる選手はチャンスをつかみかけている大事な時に......」】
後藤啓介が意識を向けているのは、チームメイトに水を運ぶことだけではない。
ゴミを拾う。ランニングメニューでは、コーンの内側を走らない。ウォーミングアップで使ったマーカーは、自分から集めにいく......。世間の人はおろか、チームメイトですら気づいていないかもしれないような行動を後藤は欠かさない。
「僕はすごくサッカーが好きなんですよ。大好きなサッカーで勝つためにはどうすればいいのか......。実力が拮抗した試合になればなるほど、日々のちょっとした積み重ねが差を分けるのではないかなと考えていて。だから、勝つために気を遣っているだけなんです。特別なことをしているという感覚は、自分にはないです。勝ちたいだけなので」
そう考えるようになった背景もある。
「そういうところでサボる選手、気を遣わない選手は、チャンスをつかみかけている大事な時にケガをしたり、使われなくなったりしているのをこれまで見てきたことも関係しているかもしれないです。
そんな考えを知ると、先のワールドカップで解像度高く、後藤をたたえた人物の発言にも納得がいく。日本代表の名波浩コーチだ。名波コーチの愛息と後藤は同級生で、共にジュビロ磐田のサッカースクールに通っていた。小学1年生のときから交流があり、後藤が「父のような存在」と慕う名波コーチは、大会中のミーティングでチームに向かってこう話した。
【「日本代表への思いは自分も負けていない」】
「後藤は(仲間がすぐに給水できるように)キャップを外して、渡していたな」
そうした行動も、日本代表の勝利の確率を上げるため。ただ、それだけだった。
思えば、オランダとの初戦を翌日に控えたタイミングで後藤が発した言葉は、日本代表への並々ならぬ思いを物語っていた。初戦の2日前に行なわれた選手ミーティングについて話が及んだとき、筆者はこんな質問をぶつけた。
「2022年のカタールワールドカップの際には、選手ミーティングで川島永嗣選手や長友佑都選手のスピーチを聞いて、鎌田大地選手が代表の重みを理解したと話していましたが、後藤選手もそういう刺激を受けましたか?」
後藤は「本当に特別な大会なのだと実感しました。この大会にかける、全員の思いが伝わってきました」と前置きしてから、力を込めた。
「ただ、代表への思いは自分も負けていないというか。自分はずっと代表を見て育っていますし、代表へは昔から強い思いがあり、それを持ってここに来ているつもりですから!」
その負けん気の強さが、優等生とは一線を画する後藤の魅力だ。日本代表についても、初めて見た2010年の南アフリカワールドカップから、代表チームと共に戦ってきた自負がある。
もっとも、後藤は代表チームが滞在しているホテルではあまり口を開くほうではなかった。寡黙な鈴木淳之介と一緒に、先輩たちの話の聞き役に回ることが多かった。
その一方で「ピッチに立てば年齢は関係ない」と考えており、試合になれば先輩たちにも臆せずに要求してきた。
ホテルで見せる物静かな若者像と、ピッチの上で示すストライカーに欠かせない強気の性格とのギャップは、チームメイトからすぐに理解されたわけではない。
後藤はいつも、練習前にグラウンドに最初に姿を見せる。次のような考え方からだ。
【ワールドカップで突き付けられた悔しさ】
「朝起きて、体が鈍っていたりしますし。良い感覚というのはすぐなくなってしまうものなので、なくならないようにという感じです」
ワールドカップの開幕前も、大会中も、それは変わらなかった。ただ、周囲が後藤を見る目は、確実に変わっていた。
6月10日。日本代表がベースキャンプ地のナッシュビルに入った2日後、最初の練習が行なわれた日だ。誰よりも早くグラウンドに出ていた後藤に、最初に声をかけたのは菅原由勢だった。チーム練習に入る前、ふたりは体をほぐすリフティングゲームに興じた。
菅原も堂安も、キャリアだけでなく人柄の面でもチームの中心にいる選手だ。彼らの変化は後藤も実感していた。
「朝昼晩とあれだけ長く一緒にいれば、選手の素顔というか、素も見えてきますから。良いふうに思ってくれているのかなと、あのくらいの時期から感じてはいました」
後藤の日本代表での存在感がワールドカップで明らかに増したとはいえ、出場したのはチュニジア戦の1試合、わずか6分間だった。ブラジル戦で敗退が決まった翌日、後藤はこう話した。
「足りないものはすべて、です。ただ、足りないものが多ければ、成長する伸びしろがあると思っています」
チームとしての目標だったワールドカップ優勝を成し遂げられなかった悔しさと「個人的に何もできなかった悔しさ」のふたつを突き付けられてから約3ヵ月。日本代表はワールドカップ後初めての活動として、9月から10月にかけて4試合を戦っている。
「今回の活動でもワールドカップメンバーが半分、選ばれなかった選手が半分ぐらいなので、自分を出しやすいという感覚はあります。何より、第3次森保体制の最初の活動というのは、すごく印象に残ると思うので、このタイミングで1点取るだけでも、今後の代表活動が変わってくると思っています」
【4年後の目標はもちろんワールドカップ優勝】
そんな新たな船出に向けて、後藤のなかにあるのは自信である。
「攻守の切り替え、ハードワーク、全員守備、全員攻撃っていう、森保さんが求めていることが、フライブルクでも求められているので」
では、2030年までの道筋を、どう描いているのか。
「もちろん、4年後の目標はワールドカップ優勝です。そこは変わらないですけど、上だけ見ていても足をすくわれるので。まずは今回の代表、そして次の大きな目標であるアジアカップ優勝。その後、大岩さんに監督が代わるタイミングでは、ロス五輪も視野に入ってきますし、その先にワールドカップがあると思っています。しっかり地に足をつけ、目の前の目標を一個ずつクリアして、4年後にベストな状態になっていたいですね」
そして、後藤はこう言いきった。
「今は上田選手が圧倒的な存在ですけど、最初から超えていくつもりでやっていきたいです」
上田綺世とは個人的に交流があり、フェイエノールト時代には試合に招待してもらった。後藤の代表デビュー戦前日にも、初先発となった今年3月のスコットランド戦のハーフタイムにも、上田からアドバイスをもらっている。9月28日のベネズエラ戦終了直後にも、上田に意見を求めたほど。これからも、後藤にとっては憧れの存在だ。
それでも、チームが前に進むためには「日本には上田以外にも素晴らしいストライカーがいる」と評価されるようにならないといけない。いつも、チームが勝つことを最優先に置く後藤らしい考えがそこにはある。
ゴールこそが大事だと意気込んで臨んだフライブルクでの「最初の5試合」は、2030年ワールドカップに続く4年間の「最初の5試合」でもあった。すべて途中出場ながら、限られた時間で2ゴールを決め、順調なスタートを切った。
そして、今、2030年ワールドカップへ向けた日本代表での「最初の4試合」に挑んでいる。ここでの"滑り出し"にも、大きな意味があると信じて。
(了)
【プロフィール】
◆後藤啓介(ごとう・けいすけ)
2005年6月3日生まれ、静岡県浜松市出身。ドイツ1部リーグのSCフライブルク所属。ジュビロ磐田U-18から2種登録でトップデビューし、2023年のJ2開幕戦で17歳260日のクラブ最年少得点記録を樹立。2024年にベルギー1部リーグのアンデルレヒトへ移籍し、同1部リーグのシント=トロイデンでの飛躍を経て、今季からドイツ・ブンデスリーガに挑戦中。2026年の北中米ワールドカップでは最年少で日本代表メンバー入りを果たし、エースナンバーの背番号「9」を託された。これまで所属したすべてのクラブで背番号「42」を着用している。
ミムラユウスケ●取材・文 text by Yusuke Mimura

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