この記事をまとめると
■日本に導入されたBYDのシールに試乗した■日本仕様のシールは以前にインドネシアで同乗試乗した際とは印象が異なっていた
■BYDシールは「安かろう悪かろう」ではない圧倒的に魅力的な価格設定であると感じた
インドネシアで感じた硬さが日本仕様では解消!?
2024年6月25日に、中国BYDオート(比迪亜汽車)は日本国内投入3台目の乗用BEV(バッテリー電気自動車)となる「SEAL(シール)」を正式発表した。「eスポーツセダン」を標榜するシールは、後輪駆動と全輪駆動モデルがラインアップされている。
筆者は2024年2月にインドネシアのジャカルタ近郊にあるBYD正規ディーラーを訪れ、インドネシアで販売されている全輪駆動モデルに試乗していた。
「BSDシティ」と呼ばれる、ジャカルタ近郊タンゲラン市にある、日系ショッピングモールや日系ディベロッパーにより建築された高級マンションが建ち、BEV(バッテリー電気自動車)タイプとなるコミュニティバスも走る新興開発地域にそのBYDディーラーはあった。
平日午後に訪れたのだが、ショールーム内は多くの来店客で溢れていた。シールの試乗を希望すると、「すでに3組待機しているのでお待ちください」とのこと。しばらく待っていると、コンパクトBEVとなる「DOLPHIN(ドルフィン)」の試乗車が空いているので試乗しないかとのことなので試乗に出かけることにした。
新興開発地域なので、日本とは舗装が異なるとしても、路面がでこぼこと荒れているわけではない。試乗したのはリヤサスペンションがマルチリンクとなるロングレンジタイプ。すでに日本でも試乗済みだったので、助手席に座りながらその印象を確認。好印象ぶりは変わらないなと思いながらディーラーに戻ると、ちょうどシール試乗の順番がまわってきた。

コースはドルフィンのときと同じだったのだが、ドルフィンのような好印象が伝わってこない。とにかくザラザラとした印象で、違和感のほうが強く伝わってきていた。ボディサイズからすればミッドサイズにもなるセダンとしては、助手席に座っていても、その印象はドルフィンのほうがいいように思えるレベルであった。
それから約4カ月後に日本仕様のシールのステアリングを握る機会を得た。乗り出した瞬間に、「あれっ」と思うほど、インドネシアで感じた嫌な部分が消えていたのである。

乗用車だけではなく、バスにおいてもさまざまな人から話を聞くと、BYDのブラッシュアップスピードの速さに驚かされるという。
筆者は最近、関東地域でBYDの路線バスを導入したばかりという事業者の、つまり最新のBYD製BEV路線バスに乗客として乗ったことがある。東南アジアに出かけると、各国でBYDの路線バスによく乗っていたのだが、あくまで筆者の印象ではインバーターからと思えるが、車内に音が入りすぎている印象を受けていたのだが、今回は車内の静粛性も格段に向上していた。
アメリカの路線バス(ICE/内燃機関)の足まわりのように路面の凹凸をダイレクトにキャッチするような印象もあったのだが、そこもマイルドになっている。BYD自身も自社のブラッシュアップスピードの速さを話すことも多いが、そこにはまさに偽りはない。
「安かろう悪かろう」ではない魅力的な価格設定は日本車にも脅威
今回は後輪駆動と全輪駆動の両方を試乗したのだが、個人的には後輪駆動がより好印象だった。市街地とはなるが、ドイツ系の後輪駆動BEVを運転したことがあるが、後輪駆動車はICE車でもめったに運転することはなくなったので、「この後ろから押される雰囲気はいいなあ」とは思っていた。
しかし、今回はおもにワインディングでの試乗ということもあったが、後輪駆動のよさがさらに伝わってきた。しかもステアリングの応答性が非常にいい。運転スキルがそれほど高くはない筆者でも、比較的高い速度で心地よい運転を楽しむことができた。

車両の走っているところを撮影するため、下り坂途中の退避場所で方向転換し、坂を上って戻るということを繰り返したのだが、方向転換して坂を上る際にアクセルを踏んだとき、ストレスなく加速していく様子はじつにBEVらしく、我が国の首相(本稿執筆時点は岸田首相)がよく使うまさに異次元の体験であり、ICE車では体験できないものとなっていた。
テレビの通販番組ではないが、あくまで筆者の感想ではBEVの多くはいかにもデジタル的なというか、制御ありきでその乗り味にはとがった印象を持っていたのだが、今回シールを運転してみると、いい意味でICE車のような「角のまるまった」印象を受けたのにも驚いた。エンジン音がしない代わりにタイヤなどからの別のノイズが気になるのがBEVだが、車内静粛性もインドネシアのときよりかなり改善されている印象を受けた。

全輪駆動は高速道路メインで試乗を行った。試乗前に「ITAC(インテリジェント・トルク・アダプテーション・コントロール/路面状況の急激な変化や雪道などの滑りやすい路面でも高い安定性と快適性を発揮させる)」という電子デバイスのONとOFFを体験してほしいとスタッフからアドバイスをもらった。インドネシアでの印象を伝えると、このデバイスがOFFになっていたのではないかとのことであった。

高速道路で実際にONとOFFを体感したのだが、わずかに「デバイスがカットされているのかな」という、まさに誤差程度の差しか感じることができなかった。足まわりなどもブラッシュアップされているようで、筆者は大きな違いを感じることができなかったようだ。
BYDは国内で認定中古車など、ブランドステイタス向上に重きをおいたセールスプローションを展開しているように見える。そうなると「さじ加減」が難しくなるのだが、セダンスタイルでもあるシールは、ハイヤーとして少しでもいいのでフリート販売してもいいように感じた。

今後は日本でも外資系や大手企業を中心に、より「脱炭素社会」を意識した企業経営が目立ってくることだろう。そのなかで役員車など自社にて移動用に使う車両をすべてゼロエミッション車にしようとする動きも目立ってくるだろう。
何よりも、ハイヤーの後席に頻繁に座るのは社会的地位の高い人や富裕層が多いのだから、そのような人たちへのPR効果も十分期待できるものと筆者は考えている。

アプリによるタクシー配車サービスでは、トヨタ・アルファードなどのハイグレード車を選ぶことができるので、シールも一般車両よりもハイグレードなクラス(BEVクラスとしてなども)として用意すれば、ステイタスを意識しながら、タクシーとしてさらに広く乗って体感してもらうこともできるだろう。BYD自体も実際に消費者に積極的に乗ってもらおうとのキャンペーンも展開しているのだが、ハイヤーやハイグレードタクシーとしての展開もPR効果は高いようにも考えている。
関税引き上げなどで思ったような展開はできなくなりそうだが、やはり車両開発では欧州市場あたりも見ている印象も受けている。そしてそのブラッシュアップはスピード感だけではなく、その内容もまさに日進月歩となっており、パソコンやスマホにその感覚は近いように見えた。

BEVについては日本でもさまざまな意見はあるようだが、少なくともBYDのクルマを見る限りは「BEVを作り慣れているな」、そしてマーケットからのフィードバックを積極的に行っているという点は乗用車だけではなく、BEV路線バスを見ても明らかなのは間違いない。
そして「安かろう悪かろう」ではない、圧倒的に魅力的な価格設定についても性能は別としても日本車がそれに追いつくのはそう簡単ではないなと危機感を持ってしまうほど、シールの価格設定は魅力的なものとなっている。