エボVがこれまで誰も見た事のない姿勢で駆け抜けた
今回は「ゼロカウンター」について解説しよう。「ゼロカウンター」とは良く言い表されたワードだと思う。きっかけはベスモ(ベストモータリング)だ。
通常FR車(フロントエンジン、後輪駆動)など、後輪駆動車のドリフト走行では前輪でカウンターステアを当て、後輪はパワースライドコントロールしながら姿勢を保つ。だがエボVは4WD(4輪駆動)だ。ドリフトどころかカウンターステアを当てることすら人々の脳裏には浮かばない走法だったろう。4WDでハイスピードコーナリングしたらアンダーステアにしかならないと多くの関係者は思い込んでいたはずだ。
ところが筑波サーキットに現れた新型エボVは4輪ドリフトの姿勢で、後輪からはタイヤスモークを巻き上げ、だが前輪はカウンターステアを当てていない。これまで誰も見た事がない姿勢で駆け抜けてきたのだ。スタッフの誰かが「凄い! 4輪ドリフトしているのにカウンターステアを当てていない! ゼロカウンター走法だ!」と声をあげ、その瞬間に「ゼロカウンター」というワードが誕生したのだ。
この瞬間から「なぜゼロカウンター走行が可能になったのか?」「いったいどのようなセッティングや操作が必要なのか?」と関係者の間で喧々諤々の議論が展開されることになる。三菱はきっと特殊なセッティングをエボVに仕込ませたに違いないとか、中谷(筆者)は筑波サーキットをエボV開発のため何千ラップと走り込んだに違いないなどなど。

しかし、実際はどの意見も核心を得ていなかった。確かにベスモ取材の前夜に三菱のエボV開発陣とともに筑波サーキットへ入り、テスト車の新型エボVを走行させてみた。じつはエボⅤを筑波サーキットで走らせるのはこれが初めてだったのだ。しかもスクープされることを恐れて走行時間は営業時間外に夜間に限られ、時間は午後7時をまわっていたほど。
ゼロカウンターができなければ4WDスポーツとして完成していない
エボVに乗り込みコースインする。テスト車両はスーパークロスレシオギヤ配分の5速マニュアルトランスミッションを搭載した軽量モデルのRSだった。スーパークロスレシオはラリーやジムカーナなどモータースポーツでの使用を前提に仕込まれたもので、筑波サーキットにおいても威力を発揮した。通常なら2~3速を多用する筑波サーキットのインフィールドでエボⅤは3~5速を使用できる。通常2速で走るヘアピンコーナーは3速。1コーナーを立ち上がり第一ヘアピンまでに5速に入ってしまうという忙しさだ。
バックストレートでは通常4速までしか入らないがエボⅤはコース中程で5速トップギヤに入り最終コーナー進入までにほぼ吹け切り180km/hオーバーで最終コーナーへアプローチするのだ。その走行安定性に手応えを感じていた僕は通常フルブレーキングして3速で回る最終コーナーを、ちょっとブレーキ荷重をかけ5速から4速にシフトダウンして旋回姿勢に入った。

ステアリングは進行方向へ維持したまま(つまり直進状態)最終コーナーをクリアできてしまったのだ。バックミラーに視線をやると、後輪から激しく巻き上がったタイヤスモークが確認できた。それを見た時、全身に鳥肌が立ち興奮した。それは初めて筑波サーキットを走行させたエボⅤのまさにファーストラップの出来事だったのだ。中谷理論からサーキットアタックでのベストタイムは1周目にしか出せないことがわかっていたので、常にテストアタック時は1周目が勝負だった。決して何千周回もして達した領域ではない。ファーストアタックで車両特性を見事に引き出せた奇跡的な瞬間だったのだ。
翌朝、ベスモスタッフと合流し、カメラアングルを最終コーナー全般が見渡せる位置に配置するよう要望した。前夜の感動を是非読者と共有し世界に現実としてアピールしたいと考えたからだ。
この日以降、4WDスポーツのハイスピード領域での乗りこなしには「ゼロカウンター」が有効であることが世界中に認知されることとなる。

ゼロカウンター走法は、一般道を日常的に走行している限りは無縁の走法かもしれない。しかし、雪道やアイスバーン、緊急回避時などいつクルマの限界特性が求められるシーンに出くわすかはわからない。ゼロカウンターは慣性力とタイヤグリップ、横Gやヨーモーメント、トラクションといったクルマを操る基本的な理論と操作を理解していれば難しいことではない。
4WD車ならゼロカウンターを引き出せるセッティングであるべきで、それができないようなら4WDスポーツとしては完成していないと言っても過言ではないだろう。そして咄嗟の時に正しい操作で引き出せるように、サーキット走行などでトレーニングして身につけておけば自分自身で安全を担保できるようになる。
4WDの超絶ハイパワー車が増えている昨今、それを乗りこなし宝の持ち腐れにしないためにも「ゼロカウンター」というワードを再認識してもらいたい。