
もし、自分の死後に、生前のプライベートな画像がさらされ他者の目に触れることになったら…。
この問題は多くの人にとって他人事ではない。本件について、誰かによってCD発売の「差止め」が認められるのか。そうだとしてどのような法的根拠に基づくのか。「著作権」「パブリシティ権」をはじめとする知的財産権に詳しい前原一輝(まえはら いっき)弁護士に聞いた。
問題となる八代さんの「権利」とは
まず、八代さんの遺族が、本人が生前に有していた何らかの権利を承継し、その権利に基づいて差止めをすることが考えられる。その前提として、八代さんのどのような権利の侵害が問題となるのか。前原弁護士は、八代さんのヌード写真を本人の許諾なく販売することは、八代さんの「プライバシー権」「肖像権」「パブリシティ権」を侵害すると説明する。
第一の「プライバシー権」について。
前原弁護士:「プライバシー権とは『私生活をみだりに公開されない権利』という意味です。また、それに加え『自己の情報をコントロールする権利』も含むという見解もあります。
裸体の画像は、通常他人に知られたくないものであるため、これを公表することはプライバシー権を侵害することになります」
第二の「肖像権」について。
前原弁護士:「肖像権とは『人が、その肖像・容貌・姿態を本人の意に反して、みだりに撮影等されたり、またその撮影された写真等をみだりに公表されたりしない権利』です。
撮影された写真を意に反して公表することは肖像権の侵害となります」
第三の「パブリシティ権」は、上述のプライバシー権や肖像権と異なり、芸能人等に特有のものであるという。
前原弁護士:「パブリシティ権とは、『芸能人やスポーツ選手等の氏名・肖像が経済的価値を有する場合に、それをコントロールする権利』です。
八代さんは芸能人で、その肖像に経済的価値がありますので、本人に無断で写真を公表することはパブリシティ権を侵害する可能性があります」
問題となっているCDの情報(ニューセンチュリーレコードHPより)
遺族が八代さんの権利を承継して「差止め」できる?
しかし、前原弁護士は、八代さんが生前に有していた権利を遺族が承継し、その権利に基づく差止請求を行うことは、困難であると指摘する。前原弁護士:「プライバシー権、肖像権、パブリシティ権はいずれも『人格権』という権利から派生したものです。
人格権は、その人の人格に基づいて発生する権利なので、本人しか権利を持つことができず、譲渡や相続の対象にはならないとされています。
したがって、遺族はこれらの権利を相続できず、これらの権利を根拠に差止めをすることは困難であると考えます」
芸能人等に特有のパブリシティ権については相続される余地はないのか。
前原弁護士:「たしかに、パブリシティ権については、財産権的側面があるため、譲渡や相続の対象となるという議論も存在します。
しかし、ピンク・レディー事件最高裁判決(平成24年(2012年)2月2日)(※)がパブリシティ権を『人格権に由来する権利』と述べていることから、私は相続の対象とならないだろうと考えます」
※往年のアイドルグループ「ピンク・レディー」の元メンバー2名が、ピンク・レディーの写真を無断で掲載した雑誌を発行した出版社に対しパブリシティ権侵害に基づく損害賠償を請求した。最高裁はパブリシティ権を「人格権に由来する権利」として権利性を認めつつも、この事案でのパブリシティ権の侵害は否定した。
遺族固有の権利・利益の侵害に基づく「差止め」の可否は?
遺族が八代さんの「プライバシー権」「肖像権」「パブリシティ権」を承継できないとしても、遺族の固有の法的利益、たとえば「八代さんに対する敬慕の情」等が侵害されたとして差止請求をすることが認められる余地はないのか。前原弁護士は、事後的に損害賠償請求が認められる余地があるが、事前の差止請求までは難しいと説明する。
前原弁護士:「たしかに、過去の裁判例には、死者のプライバシー権や肖像権が侵害された場合に『遺族の死者に対する敬愛追慕の情』という『法律上保護される利益』が侵害されたとして、不法行為の成立を認め、損害賠償を命じたものがあります(東京地裁平成23年(2011年)6月15日判決など)。
しかし、金銭賠償は認められるとしても、『法律上保護される利益』を根拠として『差止め』をすることまでは難しいと考えられます。
差止請求は、物権や人格権など、排他性(※)のある『権利』でなければ認められていないからです」
※同一の対象について複数の権利が存在し得ないこと
遺族以外に考えられる「利害関係者」とは
八代さんの遺族が差止めを行うことが難しいとしても、他に、差止請求ができる法律上の利害関係者は存在しないのか。前原弁護士は「写真の著作権者に無断で複製・頒布していた場合は、著作権に基づく差止めが考えられる」とする。
写真の著作権者は、本件でいえば、八代さんの写真を撮影した人物である。
レコード会社のHPでは「八代亜紀が24~25歳の時に同棲していたT社のNディレクターによってポラロイドカメラで撮影された」とあり、このN氏が著作権者ということになる。しかし、現時点でこのN氏が著作権侵害を主張しているという情報はない。
ファン、親族以外の関係者等がとり得る「法的手段」は?
現在、発売の中止を求めるオンラインでの署名活動(change.org)がなされているが、ファンや、生前親しかった関係者等が何らかの法的手段をとることは考えられるか。前原弁護士:「ファンには法的な権利は認められていないので、法的手段をとることは難しいと考えます。
遺族の敬慕の情と異なり、ファンの気持ちは『権利』ではないのはむろんのこと、『法律上保護される利益』としても認められる可能性はほぼありません。
ファンというだけで『法的に保護される利益』を認めてよいとなると、『権利』の外延が曖昧になります。たとえば、誰でも『気持ちが傷つけられた』と言って訴えることができるようになり、司法が大混乱します。
ただし、最近の『炎上騒ぎ』を見ていると、公衆が騒ぎ立てることでダメージを受ける人や企業が一定数いて、公衆による圧力で行動を抑制する効果は見込まれます」
多くの取引先、顧客に支えられている企業などに対しては、このような「公衆による圧力」が効果を発揮する可能性がある。実際、本件でも多くのレコード店のオンラインショップ等が予約を受け付けない措置をとっている。
しかし、ニューセンチュリーレコード社は、公式サイト上で、現金書留での「直販」で販売するとし、あくまでも予定通りCDを発売する姿勢を見せている。また、「刑事民事を問わず、あらゆる手続きの準備を進めている」と表明している。
弁護士JPニュース編集部では、これらの点についての真意を確認すべく、16日に同社の早川寛社長にインタビューを申し込んだが、「忙しいから」と断られている。
生前にとることができる「自衛手段」はあるか?
結局、本件については八代さんの遺族が、自身の『死者に対する敬愛追慕の情』という『法律上保護される利益』が侵害されたことを理由として、事後的に金銭による損害賠償という形での救済を求めるほかないのかもしれない。それでは、生前になんらかの自衛手段を講じておくことはできないのか。
前原弁護士:「他人が撮影した写真は、著作権がその他人にあるので、著作権者との間で公開・販売しない旨の合意をしておくほかありません。
その合意は相続人に引き継がれますので、もし違反があった場合は、相続人が債務不履行責任を追及することになります。
しかし、債務不履行責任はあくまでも損害賠償責任であり、差止請求はできません。したがって、公開・販売を強行された場合には止めることが困難です」
また、画像や写真を撮影した者がその著作権を第三者に譲渡した場合には、上記合意の効力が第三者に及ばないため、やはり差止めは難しいという。
前原弁護士:「撮影者から著作権を譲り受けておいた方がよいです。そうすれば、相続人が著作権に基づいて写真の展示、複製、譲渡などを差し止めることができます。
したがって、全ての著作権を譲り受けたうえで、遺族に対し生前に、または遺言で、『プライベートな写真が公表された場合は差し止めてほしい』と頼むことが考えられます。
なお、遺言で親族以外の者に著作権を遺贈することもできます」
このように、生きているうちに講じられる自衛手段としては、「著作権を譲り受ける」という契約を結び、かつ遺言を残しておくほかなさそうである。
しかし、実際に著作権を譲り受けることは難しいと考えられるうえ、就寝中や隠し撮りなど、自身が気付かないうちに撮影されていたら手の打ちようがない。また、故意がなくてもうっかりそのような画像を流出させてしまったというケースも見聞きする。
結局、万全を期すならば、死後に流出することが好ましくないような写真・動画を一切撮影させないよう自衛する以外にないということかもしれない。