ふるさと納税は「税金で高額所得者を優遇」する制度? 世田谷区長が危惧する“財源流出”だけで済まない「重大な問題」とは
物価高騰が続くなか、多くの人が、生活防衛のための節約などに知恵を絞っている。その有益な手段としてよく挙げられるもののひとつが「ふるさと納税」である。

他の自治体へ「寄附」をすれば多くの場合、肉や海産物等の「返礼品」を受け取れ、かつ、「寄附額-2000円」が控除されて返ってくる。また、近年では「ワンストップ特例」で税控除の手続きを手軽に行うことができる。
他方で、ふるさと納税には「都市部からの財源流出」をはじめとして、さまざまな問題も指摘されている。
東京23区で最大の人口を有する世田谷区の保坂展人(ほさか・のぶと)区長は、以前からふるさと納税のさまざまな問題点を指摘。国に対し他の特別区の区長らとともに、制度の改善を求めている。また他方で、区としてふるさと納税による寄附獲得の取り組みも行っている。
ふるさと納税の問題点と、それを踏まえての世田谷区の取り組みの現状等について、保坂区長に話を聞いた。

「本庁舎建て替え経費を上回る財源」が流出…影響は?

まず、ふるさと納税によって世田谷区の税収・財政にはどのような影響が出ているのか。
保坂区長:「世田谷区ではふるさと納税によって流出した額が2024年度は111億であり、2025年度は125億円を見込んでいる。2013年度~2024年の累計では約580億円になる。これは現在工事中の区役所本庁舎全体を建て替える費用をも上回る金額だ。
世田谷区を含む東京23区は、地方交付税交付金(※)の不交付団体なので、ふるさと納税により財源が流出しても補てんを受けられず、その分がすべてマイナスになる。
しかも、それに加えて、後述するように、住民が支払う国税の中から、他の地方公共団体のマイナスを補てんしている実態がある。

精一杯切り詰めてバランスをとった財政運営をしているのに、地方交付税交付金を受け取っていない地方公共団体とその住民が実質的なペナルティーを受ける形になっているのは理不尽だ」
※国が地方公共団体の財政力を調整するために支出するお金。交付を受けるには一定の要件が必要。2024年の不交付団体は全国で東京都、東京23区をはじめ83団体。
2025年度の区税収入は前年度より126億円増を見込んでいる。これはふるさと納税による流出額見込みの125億円をかろうじて上回っている。
保坂区長は、現状、世田谷区の財政は健全な状態を保っており、行政サービスは維持できているものの、それはあくまでも結果論にすぎないと説明する。
保坂区長:「世田谷区ではここ4~5年の金融緩和と不動産ブームで税収が上向いた。世田谷区の新築マンションの価格は平均で1億円を超えており、それだけのマンションを購入できる人が住民になり、区民の平均所得が上がった。
また、区として巨額の投資を要する大掛かりな事業を行わず、計画的な行政運営をしている。その結果、ごみ収集や図書館といったサービスを削減せず維持できている。
しかし、現在は消費が冷え込んできており、不動産ブームもピークを過ぎた感がある。また、物価や世界経済の動向など、先行き不透明な状況だ」
世田谷区は地方交付税交付金の不交付団体なので、補てんを受けることができない。
それにより、これまで「当たり前」だった行政サービスの縮小を余儀なくされる可能性があるという。
保坂区長:「世田谷区は区民1人あたりの予算額が年約41万円と、東京23区でもっとも低い水準だ。一生懸命に財政の健全化に努めており、無駄な支出はない。決して財源が有り余っているわけではない。加えて、団塊の世代がすべて75歳以上に達し、これから高齢者福祉等の支出も増大する。
住民税は『地方の会費』といわれる。ごみの収集、壊れた道路の補修、老朽化した学校の校舎の補修改築など、日常生活に不可欠なインフラを維持する財源だ。
ふるさと納税による財源の流出が増大し、今後の経済状況により区税収入が減少し、地方交付税交付金による補てんも受けられないとなれば、危機はまたたくまに深刻化する。
世田谷区には積立金が約1400億円あるが、容易に取り崩せない。経済的なクラッシュが起きた場合、地方交付税の補てんを受けられず、不足分を自力でまかなわなければならないからだ」

ふるさと納税による減収の「穴埋め」に“国民の税金”から約3958億円が使われている

このような、世田谷区に代表される「財源流出」の問題の他にも、ふるさと納税の制度にはさまざまな問題点が指摘されている。
中でも、あまり知られていない重大な問題として、保坂区長は、全国民が支払った国税のなかから2024年度には約3958億円が、ふるさと納税による減収の穴埋めに使われている現状があると指摘する。
保坂区長:「地方交付税交付金の交付団体では、ふるさと納税によって住民税が減少した分について、75%が地方交付税交付金によって国から補てんしてもらえるしくみになっている。
たとえば、神奈川県横浜市の場合は、ふるさと納税により2024年度は約305億円が流出したが、75%にあたる約229億円が地方交付税交付金で補てんされ、実質的には約76億円の流出で済んでいる。

そのようにして、流出額を地方交付税交付金で補てんしている総額は約3958億円になる(※)。これほどの額が、地方創生のためではなくマイナスの補てんに使われている」
※総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果」から令和6年度の額を特別区長会事務局にて試算
そして、地方交付税交付金が「マイナスの補てん」に使われることが、実質的に高額所得者優遇につながっていると説明する。
保坂区長:「たとえば、地方交付税交付金の交付団体である横浜市に住む高額所得者が、他の自治体にふるさと納税をして、返礼品として1本3万円のワインを4本受け取ったとする。そのうち約75%の約9万円が、地方交付税交付金によって補てんされている計算になる。
ふるさと納税として税控除できる額は収入に比例して大きくなっていくので、高額所得者ほど多額の返礼品を受け取ることができる。また、その多くは税理士からアドバイスを受けられる。結果として、高額所得者が優遇されているのが実態だ。
世田谷区でも、地方交付税交付金による補てんは受けていないものの、所得が高い人ほどふるさと納税の利用率が高く、所得階層1800万円以上は6割を超える人がふるさと納税を利用している。また、1人あたりの寄附金額も大きくなる傾向がある(【図表】参照)。
これは、『地方創生』の理念となんの関係もない。せめて、ふるさと納税として税控除できる金額自体に上限を設けるべきだ」
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【図表】ふるさと納税と所得の関係(出典:世田谷区「ふるさと納税による区税への影響について」令和6年7月24日)

国会の場での議論を

国会に対しても注文を付ける。
保坂区長:「東京23区の区長会では、ふるさと納税の廃止を含めた抜本的な見直しについて一致して要望書を出している。
ところが、税制を議論する国会の財務委員会や予算委員会では、まともな議論が行われていない。
前述した高額所得者優遇等の問題意識が十分に共有されておらず、『富裕自治体から税源を奪って配るからいいじゃないか』という極めて粗雑な認識しかない。
高額所得者優遇を招いている約3958億円の交付税財源があれば、本来の地方創生に直接活用することを提案する議論が必要ではないか」

「一握りの勝ち組」と「負け組」の格差

ふるさと納税の制度の重要な目的として「地方創生」が挙げられるが、実際に都市と地方の財源偏在の解消、地方創生に役立っているのか。
世田谷区では「せたがやふるさと区民まつり」に約40の市町村が出店するなど、全国の自治体と交流を行っている。保坂区長はそれらの自治体の首長等と、やりとりをする中で、どのような実感を持っているのか。
保坂区長:「『うちは助かっている』というところもあるにはあるが少ない。
たとえば、『桃』の産地でも、早い時期にブランドイメージを打ち立てたところに寄附が集中する構図がある。その隣接自治体で桃を返礼品にしても、あまり注文がこないというのが現実だ。
また、これという名産品がないという自治体もある。そういう自治体こそ『地方創生』が必要なのに税収減に拍車がかかり、マイナスを地方交付税交付金で補てんしてもらうしかない状態になっている。本末転倒だ。
地方の市町村のなかでも、一握りの『勝ち組』と『負け組』が出てきてしまっている。制度趣旨に照らせば、このことだけでもおかしい」

都市部の自治体の「返礼品競争」への参画で憂慮される「地方創生の阻害」

自治体財政に打撃があるので、世田谷区も批判ばかりではなく返礼品競争に参加して「反撃」すべきという意見がみられる。たとえば、同じ東京23区の中央区では、1着1000万円の超高級オーダーメードのスーツを返礼品としたことが話題になった。
保坂区長は、他の区がそのような形で返礼品競争に参加せざるを得ないことに理解を示しつつも、地方の財源を奪いかねないという問題点があると指摘する。

保坂区長:「都会特有の高額で希少価値のある返礼品を設定することには大きな問題もある。
都会と違い、地方では、数百万円、1000万円といった高額のふるさと納税ができる人の数が限られている。そういった人々が地元に納めてきていた住民税を、東京から奪いにいく形になってしまう。
これでは地方創生、都市部と地方との、税源の偏在の解消というもともとの趣旨からみても本末転倒だ。しかし、背に腹は代えられず、東京23区もさまざまな返礼品に取り組まざるを得ないところまで追い込まれている」

世田谷区の「ふるさと納税」の“戦略”とは

ふるさと納税は「税金で高額所得者を優遇」する制度? 世田谷区長が危惧する“財源流出”だけで済まない「重大な問題」とは

世田谷区のふるさと納税への取り組みについて説明する保坂区長(東京都世田谷区/弁護士JPニュース編集部)

世田谷区はこれまで、「ふるさと納税」として、主に区の施設を整備する費用や、社会的に意義のある取り組みへの寄附を募ってきた。
話題を呼んだものとしては、2018年に「うままちプロジェクト」と称して、JRA(日本中央競馬会)の馬術普及のための施設である馬事公苑(ばじこうえん)への道しるべとして馬の蹄鉄(ていてつ)を埋め込んだブロックを敷設するための寄附を募り、ブロックに寄附した人の名前を刻むプロジェクト(寄附総額約2100万円)などが挙げられる。
とはいえ、区税の流出額が著しく増大するにつれ、区民の一部、区議会の一部からも「財源の流出は、返礼品競争に参加しなかった区長の責任」との批判の声が起きた。また前述のように、「批判ばかり繰り返していないで反撃すべき」との意見もあった。そこで、2022年から返礼品を拡充する方針転換に至った。
保坂区長:「流出額が50億円に達したあたりで、自衛のために、返礼品を設定せざるを得ないと判断した。
前述したような、地方の高額所得者の狙い撃ちは避けつつ、『できることは洗いざらいやってみよう』と、1年ほど準備をして始めた」
世田谷区の返礼品の最高額は、世田谷区に住居兼アトリエを構えていた画家・向井潤吉の版画作品(寄附額100万円)。その他に、区内に事業所や店舗等を構える業者の製品(菓子、食品、化粧水、地ビール、食事券、工芸品)、美術館等の年間パス、世田谷区内の店で利用できる地域通貨「せたがやPay」のポイント等である。

保坂区長は、ユニークな試みとして、「せたがやPay」のアプリを利用した現地決済型のふるさと納税(寄附額5000円~)と、下北沢駅前広場の整備への寄附へのお礼として駅前の歩道のブロックに名前を刻む特典(寄附額4万円以上)を挙げた。
保坂区長:「世田谷区内で登録されている飲食店等で、『せたがやPay』のアプリを使ってその場で寄附してポイントを獲得し、決済できる『現地決済型のふるさと納税』を今年2月から始めた。こちらをPRしていきたい。
また、下北沢駅再開発への寄附のお礼として舗装ブロックに名前を刻む試みは人気が高く、予定枚数1200枚すべてに寄附をいただいた。馬事公苑の例もそうだが、所管課がアイデアを出し、このようにブレイクする試みもある」
今後は効率化のため、職員からのアイデアを生かしながら、具体的な事務については外部に委託できるよう、体制を整えていくという。
保坂区長:「さらに、社会貢献的な寄附のメニューとして『児童養護施設等退所者』や里親のもとで育った18歳を超える若者に対して、給付型奨学金や家賃補助等の住宅支援等の事業を推進する基金をつくり、寄附を呼びかけている。
これは大反響で、ふるさと納税も含めた寄附額が平成28年から9年間で3億5000万円にもなって、支援レベルを上げることができた。
こうした地道な試みを通じ、流出額のすべての額は取り戻せないまでも、できる範囲での自衛策をとっていく。それと同時に、国会での見直しの議論を喚起していくよう、粘り強く働きかけていく」


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