
今年3月、料理レシピなどの生活情報を伝える「オレンジページ」や「クラシル」でアダルト広告が表示され、編集部が謝罪するという事態が起こった。これらのサイトに限らず、スマホの画面に、突然アダルト広告が出てきて不快な思いをした経験がある人は、少なくないのではないだろうか。
予期せずアダルト広告を見せられるのは、今や大人だけではない。コロナ禍を経て、小・中学生にタブレット端末が1人1台貸与されるようになり、子どもたちがインターネットを使う機会が増えた。保護者のなかには、アダルト広告が子どもたちの目に触れないよう、対策を求めて署名活動を始めた人もいる。
なぜ、関係のないサイトでアダルト広告が表示されてしまうのだろうか。興味のない広告を表示しない、もしくは表示の頻度を減らすためにどうすればいいのか、専門家に話を聞いた。(ライター・笠井ゆかり)
これを受けて、オレンジページは公式Xで謝罪するとともに、各広告ネットワークに対し掲載停止を要請し、原因究明を求めていることを明らかにした。
精査やフィルタリングを経たにもかかわらず、今回のオレンジページやクラシルの事例が起きてしまったのはなぜだろうか。
「大半のインターネット広告はフィルタリングから配信に至るまで、多様なアルゴリズムのもと、すべて自動化されている。しかしながら、アルゴリズムは万能ではない」
こう話すのは、桜美林大学准教授で、広告・マーケティングを専門とする西山守氏だ。普段、私たちが目にしている広告は、閲覧者のアクセス履歴や検索履歴、場合によっては位置情報に応じて、AIで最適化された広告が個別に配信されている。
しかし、AIの進化とともにアルゴリズムも複雑化しており、「どのようなアルゴリズムをもとに、どのような広告が誰に配信されているのか、運営側も把握できなくなっている」(西山氏)という。
西山守氏
人間が把握できないほど複雑化しているアルゴリズムだが、ありとあらゆる画像や表現に対応できるほど完璧ではない。たとえば、女性の水着姿などの直接的な画像ではなく、性的な印象を与える文章は「アルゴリズムの盲点を突いており、フィルタリングをすり抜けてしまうこともある」(西山氏)という。
「広告の世界では、『表現の自由よりも、消費者の保護を最優先すべき』という原則があるが、インターネット広告においてはその認識が薄い。AIやアルゴリズムは日々進化しているが、フィルタリングをすり抜けられる表現も進化していて、イタチごっこになっている」(西山氏)
テレビや雑誌では広告を出す前にメディア側が目視でチェックを行い、問題のない広告だけが起用される。インターネット広告も目視でチェックするわけにはいかないのだろうか。
西山氏は、「インターネット広告は数が膨大で、さらに閲覧者によって表示される広告が変わる。個別に表示される広告を1件ずつチェックするのは難しい」と話した。
こうした状況を受け、昨年9月には、子どもが見るサイトにアダルト広告が掲載されないようにするゾーニング(すみ分け)を求める署名運動がネット上で始まった。子育て中の母親が立ち上げたこの署名運動には、現在(2025年5月)10万人を超える賛同が集まっている。
西山氏は、不適切な広告のゾーニングについて「対応は難しいが、インターネット広告がマスメディアより影響が大きくなっているいま、早急に取り組まなければならない」と指摘する。
電通の「日本の広告費2021」によると、インターネット広告費は2021年に初めてマスコミ四媒体広告費を上回り、その後も右肩上がりで伸びている。
ウェブ電通報「『2024年インターネット広告媒体費』解説。ビデオ(動画)広告の成長はさらに加速。ソーシャル広告費が1兆円を突破」より
インターネット広告が大きな影響力を持つなか、広告主が無責任に広告を出し、メディアがどんな広告も受け入れるという状況が続けば、広告とメディアへの信頼はますます損なわれてしまう。
インターネット広告については、日本インタラクティブ協会(JIAA)という業界団体があり、GoogleやMetaといったプラットホーム事業者も加盟している。しかし、加盟社はグローバル企業も多く、日本国内で足並みをそろえてルールを作るのは難しいのが現状だ。
「ただ、ゾーニングを求める世論が高まっているいま、JIAAがリーダーシップを取り、広告代理店やプラットホーム事業者とともに健全化の取り組みを進めることが期待されている」(西山氏)
さらに西山氏は、「健全化に向けた取り組みのひとつとして、大手企業などの広告主が、信頼性が高いメディアとスポンサー契約を結び、安定的に広告を出す方法を採ってもよいのでは」と提言する。
これは、アメリカで行われているPMP(Private Market Place)と呼ばれる手法で、広告主は信頼できるメディアに広告を出すことで、自社のブランドを傷つけられるリスクを軽減できるうえ、自社のターゲットに近いユーザーに広告を届けられる。
一方、メディア側も、信頼度の高いコンテンツを維持するために広告主を選別しなければならない。西山氏は「広告主とメディアがお互いを選別し、広告のマッチングを図れば、配信環境の健全化につながる」と述べる。
「最近はテレビ局の不祥事で、広告主がCM出稿を取りやめるケースもあった。今後はネット広告においても、広告主が『不健全な広告環境のメディアには出稿しない』という姿勢を示すことも必要では」(西山氏)
西山氏は広告をブロックできるアプリを活用するほかに、「検索履歴や閲覧履歴が広告配信に影響することを踏まえ、健全な広告をあえて閲覧するのもひとつの方法だ」という。
「ただ、根本的に不適切な広告を減らすためには、まず広告配信側が、閲覧者からフィードバックを受け取る仕組みを強化しなければならない」(西山氏)
たとえばGoogleは「この広告は適切ですか?」と閲覧者に選択させ、フィードバックを受けられる仕組みを整えている。西山氏は、「まず大手メディアが、閲覧者に興味のある広告を選択させるアルゴリズムを作って運用すれば、未成年を不適切な広告から守ることにつながるかもしれない」と示唆する。閲覧者の声を積極的に活用できる仕組み作りが急務だ。
今後、AIの進化によって、広告の自動生成・配信はますます進むだろう。そのなかで広告の健全性を守るためには、「アルゴリズムに任せきりではなく、人間の関与が不可欠だ」と西山氏は話す。
AIがどれだけ進化しても、健全な広告配信環境を作るのは人間の責任だ。広告主や仲介者、メディアの広告環境改善の取り組みを今後も注視していきたい。
■ 笠井ゆかり
大阪府出身。大学卒業後、NHKに入局し地方局で司法・警察取材を担当。生命保険会社への転職や結婚・出産を経て、2020年にフリーライターとして独立。主に子育てにまつわる社会問題を取材し、東洋経済オンラインなどのウェブメディアで執筆中。
予期せずアダルト広告を見せられるのは、今や大人だけではない。コロナ禍を経て、小・中学生にタブレット端末が1人1台貸与されるようになり、子どもたちがインターネットを使う機会が増えた。保護者のなかには、アダルト広告が子どもたちの目に触れないよう、対策を求めて署名活動を始めた人もいる。
なぜ、関係のないサイトでアダルト広告が表示されてしまうのだろうか。興味のない広告を表示しない、もしくは表示の頻度を減らすためにどうすればいいのか、専門家に話を聞いた。(ライター・笠井ゆかり)
「オレンジページ」「クラシル」では何が起きた?
冒頭で紹介した「オレンジページ」や「クラシル」では、相次いで性的な広告が表示され、SNS上で物議を醸した。これを受けて、オレンジページは公式Xで謝罪するとともに、各広告ネットワークに対し掲載停止を要請し、原因究明を求めていることを明らかにした。
【広告表示に関するお詫び】また、クラシルを運営するdelyも、公式HPで「広告の設定管理を徹底し、監視を強化しているが、アドネットワークを通じた広告配信の仕組み上、delyの管理を超えて不適切な広告が表示される可能性がある」こと、そして「各広告ネットワークに、該当広告の掲載停止を要請する」ことを説明した。
オレンジページ編集部 (@ORANGEPAGE_mag) March 10, 2025
不適切な広告が表示されるワケ
delyの説明にあった「アドネットワーク」とは、複数のウェブサイトやブログ、SNSなどの広告媒体をまとめた広告配信ネットワークだ。広告主がアドネットワーク業者に掲載したい広告を登録すると、アドネットワーク業者が広告の内容を精査・フィルタリングしたうえで、適切なウェブサイトに一括配信してくれる仕組みになっている。精査やフィルタリングを経たにもかかわらず、今回のオレンジページやクラシルの事例が起きてしまったのはなぜだろうか。
「大半のインターネット広告はフィルタリングから配信に至るまで、多様なアルゴリズムのもと、すべて自動化されている。しかしながら、アルゴリズムは万能ではない」
こう話すのは、桜美林大学准教授で、広告・マーケティングを専門とする西山守氏だ。普段、私たちが目にしている広告は、閲覧者のアクセス履歴や検索履歴、場合によっては位置情報に応じて、AIで最適化された広告が個別に配信されている。
しかし、AIの進化とともにアルゴリズムも複雑化しており、「どのようなアルゴリズムをもとに、どのような広告が誰に配信されているのか、運営側も把握できなくなっている」(西山氏)という。
西山守氏
人間が把握できないほど複雑化しているアルゴリズムだが、ありとあらゆる画像や表現に対応できるほど完璧ではない。たとえば、女性の水着姿などの直接的な画像ではなく、性的な印象を与える文章は「アルゴリズムの盲点を突いており、フィルタリングをすり抜けてしまうこともある」(西山氏)という。
「広告の世界では、『表現の自由よりも、消費者の保護を最優先すべき』という原則があるが、インターネット広告においてはその認識が薄い。AIやアルゴリズムは日々進化しているが、フィルタリングをすり抜けられる表現も進化していて、イタチごっこになっている」(西山氏)
テレビや雑誌では広告を出す前にメディア側が目視でチェックを行い、問題のない広告だけが起用される。インターネット広告も目視でチェックするわけにはいかないのだろうか。
西山氏は、「インターネット広告は数が膨大で、さらに閲覧者によって表示される広告が変わる。個別に表示される広告を1件ずつチェックするのは難しい」と話した。
「ゾーニング」求める署名活動も
近年はGIGAスクール構想のもと、小・中学生にも1人1台ずつタブレット端末が貸与されている。しかし、2023年に文部科学省が1800あまりの自治体に行ったアンケート調査によると、貸与された端末における不適切な広告表示について、保護者からの相談が「ときどきあった」(6.3%)、「頻繁にあった」(0.1%)という結果となった。こうした状況を受け、昨年9月には、子どもが見るサイトにアダルト広告が掲載されないようにするゾーニング(すみ分け)を求める署名運動がネット上で始まった。子育て中の母親が立ち上げたこの署名運動には、現在(2025年5月)10万人を超える賛同が集まっている。
西山氏は、不適切な広告のゾーニングについて「対応は難しいが、インターネット広告がマスメディアより影響が大きくなっているいま、早急に取り組まなければならない」と指摘する。
電通の「日本の広告費2021」によると、インターネット広告費は2021年に初めてマスコミ四媒体広告費を上回り、その後も右肩上がりで伸びている。

ウェブ電通報「『2024年インターネット広告媒体費』解説。ビデオ(動画)広告の成長はさらに加速。ソーシャル広告費が1兆円を突破」より
インターネット広告が大きな影響力を持つなか、広告主が無責任に広告を出し、メディアがどんな広告も受け入れるという状況が続けば、広告とメディアへの信頼はますます損なわれてしまう。
業界で役割を明確化し、ルール作りを
インターネット広告の配信環境を健全化するには、「広告主、仲介する広告代理店、メディアの三者が、それぞれの役割やルールを明確にしなければならないのではないか」と、西山氏は言及する。インターネット広告については、日本インタラクティブ協会(JIAA)という業界団体があり、GoogleやMetaといったプラットホーム事業者も加盟している。しかし、加盟社はグローバル企業も多く、日本国内で足並みをそろえてルールを作るのは難しいのが現状だ。
「ただ、ゾーニングを求める世論が高まっているいま、JIAAがリーダーシップを取り、広告代理店やプラットホーム事業者とともに健全化の取り組みを進めることが期待されている」(西山氏)
さらに西山氏は、「健全化に向けた取り組みのひとつとして、大手企業などの広告主が、信頼性が高いメディアとスポンサー契約を結び、安定的に広告を出す方法を採ってもよいのでは」と提言する。
これは、アメリカで行われているPMP(Private Market Place)と呼ばれる手法で、広告主は信頼できるメディアに広告を出すことで、自社のブランドを傷つけられるリスクを軽減できるうえ、自社のターゲットに近いユーザーに広告を届けられる。
一方、メディア側も、信頼度の高いコンテンツを維持するために広告主を選別しなければならない。西山氏は「広告主とメディアがお互いを選別し、広告のマッチングを図れば、配信環境の健全化につながる」と述べる。
「最近はテレビ局の不祥事で、広告主がCM出稿を取りやめるケースもあった。今後はネット広告においても、広告主が『不健全な広告環境のメディアには出稿しない』という姿勢を示すことも必要では」(西山氏)
AI時代の広告と人間の責任
不適切な広告が表示される頻度を減らすために、個人でできることはあるのだろうか。西山氏は広告をブロックできるアプリを活用するほかに、「検索履歴や閲覧履歴が広告配信に影響することを踏まえ、健全な広告をあえて閲覧するのもひとつの方法だ」という。
「ただ、根本的に不適切な広告を減らすためには、まず広告配信側が、閲覧者からフィードバックを受け取る仕組みを強化しなければならない」(西山氏)
たとえばGoogleは「この広告は適切ですか?」と閲覧者に選択させ、フィードバックを受けられる仕組みを整えている。西山氏は、「まず大手メディアが、閲覧者に興味のある広告を選択させるアルゴリズムを作って運用すれば、未成年を不適切な広告から守ることにつながるかもしれない」と示唆する。閲覧者の声を積極的に活用できる仕組み作りが急務だ。
今後、AIの進化によって、広告の自動生成・配信はますます進むだろう。そのなかで広告の健全性を守るためには、「アルゴリズムに任せきりではなく、人間の関与が不可欠だ」と西山氏は話す。
AIがどれだけ進化しても、健全な広告配信環境を作るのは人間の責任だ。広告主や仲介者、メディアの広告環境改善の取り組みを今後も注視していきたい。
■ 笠井ゆかり
大阪府出身。大学卒業後、NHKに入局し地方局で司法・警察取材を担当。生命保険会社への転職や結婚・出産を経て、2020年にフリーライターとして独立。主に子育てにまつわる社会問題を取材し、東洋経済オンラインなどのウェブメディアで執筆中。
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