AV新法の公布・施行から3年が経過した。附則では2年以内の見直し条項が設けられていたが、未だ改正は行われていない。

新しい法律のもとで現在、AV業界はどのような状況にあるのか。現場の声から実情に迫った。(ライター・中山美里)

新法施行後に増えた時間、労力は4~5倍

AV新法こと「AV出演被害防止・救済法」は、「意味がある」と評価される一方で、“現代の禁酒法”とも呼ばれている。
その理由は、法案作成過程において<AV業界で働く人たちに対する聞き取りがなかったこと><非常に短い期間で成立したこと>などから、業界の実態に即さない面もあるからだ。
厳しすぎる規制。それゆえに脱法行為が横行し、「地下化が起きる危険性がある」と、当初からAV人権倫理機構(当時)は指摘していた。
成立後には業界関係者から反対の声が上がっただけでなく、法律家等からも憲法で保障されている職業選択の自由(22条1項)を侵害するのではないかと疑問視する意見もあった。
そんな中で、総合アダルトサイトで圧倒的シェアの「FANZA」等で販売されているメジャーAV(CCAV)業界はここまで、法律遵守のためにどのような対応をしてきたのか。
「法律成立後の、最初の大きな変化としては、新しい契約書が作られたこと、契約の方法が変わったことなどが挙げられます。メーカー、プロダクション、審査団体という各業界団体が連携を取って新法の理解や周知に努めてきました。
具体的には、契約時の法律説明の義務化を徹底したり、契約日の日付をバックデートといった違反を行ってはいけないと注意喚起したりということです」
そう話すのは、AV女優を扱う芸能プロダクションで組織する、一般社団法人日本プロダクション協会(以下、JPG)の理事だ。
新法成立当時は、出演者の混乱や異を唱える声もあったが、問題は発生していないのか。
「特に、契約から撮影まで1か月、撮影から公表まで4か月を要するという規制に関して現場の混乱は大きく、女優さんによっては仕事が長期間入らないという弊害が多発しました。

最も影響が大きかったのは、新人の女優さんたちです。有名になりたい、活躍をしたいという気持ちがあっても、作品が販売されるのは撮影契約から約6か月後。メーカーは売り上げを見て契約を決めるため、長い空白期間は活躍のチャンスが途絶えることにつながります。再契約が遅れ、仕事の機会を失う女優さんも少なくありませんでした」
また、ベテランの出演者にとっても悩ましい点があったという。
「撮影契約は、一つひとつの作品ごとに、法律に則った契約の手続きと、法律の説明が必要となります。ある程度ベテランの女優さんになると、すでに内容は理解しているのに、同じ説明を毎回しなくてはならないという面倒が生じます。同じ説明を何度も延々としなくてはならないのは制作サイドも同じです」
一つひとつの作品ごとということは、その作品の1シーンだけに出演する出演者がいる場合、そのシーンを撮るだけでも説明と契約が必要になるということ。いかに煩雑かが想像できるのではないだろうか。
「女優さんがプロダクションに所属する際は、JPGでは新法施行以前より自主規制ルールや納税義務についても説明を行ってきました。『性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律』が施行された後は、出演契約の取り消しや任意解除をはじめ、この法律の説明も始まりました。契約上の時間と労力は、新法施行以前の4~5倍程度になったという実感があります」
施行から時間が経過するにつれ、出演者、メーカー、プロダクションのそれぞれが新法へ徐々に順応してきているとはいうものの、同法によって増えた負担に改善を求める気持ちは強いようだ。

多大なリスクを抱えるメーカーやプロダクション

金銭的な影響も大きいと話すのはCCAVの制作を行うメーカーのA氏だ。

「制作から売り上げが立つまでの期間が非常に長くなりました。当然ですが、資金繰りは非常に厳しい状態です。正直、なんとか耐えている…という状態が今でも続いています。
うちは今のところやりくりできていますが、資金繰りが厳しくなって出演料の支払いが遅れたり、未払いになったりするケースなどもあると聞きます。
こういう場合はプロダクションさんがなんとか呑んでくれているのですが、プロダクションさんが踏ん張れないと女優さんへの未払いなどにつながってしまいますよね」
資金繰りに追い打ちをかけるのが“バラシ代”の発生である。
バラシ代とは、女優が突然に撮影をキャンセルした場合に発生する、スタジオ代、カメラマンや音声スタッフなどの技術者への報酬、当日のお弁当代など、どうしてもかかってしまう諸経費のことだ。現在、この諸経費は、メーカーとプロダクションが協議の上、負担しあっている状況だという。
数日前~前日までのキャンセルであればバラシ代を抑えることができる。だが、当日朝に申し出られると、どうしても諸経費が発生してしまう。
「たとえば、出演者の急な体調不良で撮影を諦めなければならないというときに、契約から撮影まで1か月間が必要であるため、代役を急きょ立てることができなくなりました。新法を順守しながら撮影スケジュールを変更すると、段取りが増え、その労力はやはり4~5倍になったと感じます」
出演者の急な体調不良であれば、まだ納得がいく。だが、事業者にとって理不尽ともいえる責任を負わなければならないケースも少なからずあるという。
「やっぱり撮影したくない」となった場合は、新法では理由がなくても、いつでも撮影をキャンセルできるようになったからだ。
「彼氏や友人、家族に出演がバレたという当初から散々説明したリスクによる契約解除は少なくありません」
撮影前にキャンセルされるのはまだ傷が浅い。だが同法では、作品の公表日から1年間(当初は2年間だった)、出演者は無条件で契約解除ができ、公表停止の権利を行使できる。
仮に、撮影が終わり、発売までの期間に契約解除を申し出られれば、それまでかかったスタジオ代やスタッフ費用等の制作費から、編集費用やパッケージ印刷費用、審査代といった製造費がすべて無駄となり、大きな損失につながる。
「契約解除となった場合は、制作側と出演側の両者に原状回復義務があるのですが、メーカーサイドは配信や販売の停止を行うのに、出演者はギャランティの返還を行わないケースもあります。
また、AV新法を逆手に取ったようなケースもあります。本人は公表を了承しているのに、親や知人といった第三者がメーカー等に圧力をかけてくるんです。結果、作品は取り下げ。制作にかかった費用は全てドブに捨てるということになります。
現場の規模や作品にもよりますが撮影コストは80~150万円程度、製造コストは30万円程度です。年間にすると数百万円、時には1000万円を超えることも…。損害はタイミングによっては数百万円を超えることも…。
制作サイドは非常に大きなリスクを抱えながら制作に当たっている状況なんです」
現場の声を取り入れず、短期間で成立した新法のしわ寄せが、現場の声からはひしひしと伝わってくる。(後編へ続く)
<AV出演被害防止・救済法>
AVなどの性的動画撮影や配信による出演者の被害防止や救済を目的とする。契約や撮影、公表において出演者を保護するルールなどが設定されている。2022年6月の施行後、初摘発されたケースでは、被告は出演者に撮影内容を記した説明書などを渡さず撮影していた。東京地裁は懲役2年、執行猶予3年、罰金150万円、追徴金約876万円(求刑懲役2年、罰金150万円、追徴金約876万円)の判決を言い渡している。■中山美里
1977年、東京都生まれ。一般社団法人siente代表理事の傍ら、性風俗や女性の生き方などを中心に雑誌、WEBで取材・執筆を行う。性風俗関連の著書多数。


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