「義務教育は、これを無償とする」
日本国憲法にはこう記されているが、実際、ひとりの子どもを公立小中学校に9年間通わせた際の保護者負担は数十万円に上る。
「隠れ教育費」とも呼ばれる、この“見えない支出”について、保護者が声をあげれば「子どもにかかるお金は親が払うのが当然」という言葉が飛んでくる。
たとえ生活が苦しかったとしても、払わないような人がいれば批判を浴びることになるだろう。
しかし、「隠れ教育費」を支払うことは、本当に誰もが納得している事象なのか――。
この連載では、本来無償であるはずの義務教育において、実質的に保護者が負担している支出の実態に迫る。最終回である第5回は、制服をめぐる公正取引委員会の通知などをもとに、どうすれば保護者負担が減るのかを考える。(連載第1回はこちら/全5回)
※この記事は栁澤靖明氏・福嶋尚子氏による書籍『隠れ教育費 公立小中学校でかかるお金を徹底検証』(太郎次郎社エディタス)より一部抜粋・構成。

どの指定品を残すのか

学校指定品に対して、一つひとつ対策や対案を提示していくのはひじょうに難しいが、それに向けたステップとして、それぞれの学校でどんなモノを、だれが費用負担しているのかを整理して(費用負担はほぼ保護者であろうが)、本来はどのような状態が望ましいかを考えていこう。
たとえば、名札ひとつにしても、名札を付ける効果と費用とを比べて、学校と保護者で話し合いながら意見をまとめることは可能なはずだ。その結果、効果が低いとなれば廃止にしたっていいし、効果が高ければ購入を続けたっていい。だいじなのは「イママデドオリ」の固定観念を整理しなおすことだろう。
効果を検証し、その意義を共有して購入を続けるとすれば、つぎに考えることは、だれが費用を負担するかである。ここでもイママデドオリの考え方(名札=保護者が負担)を見直してみる必要がある(実際、学校が負担して名札使用を継続している学校もある)。
学校が費用を捻出できない場合は、学校から自治体に予算を求めることも可能である。そのためにも、意義の再検討と効果の検証は必要となってくる。

しかし、現実問題として、こうした改革に踏みだせる保護者は少ないことも、現場にいればよくわかる。そこで、だれでもできる方法として、学校評価制度を活用するとよい。
学校評価には、学校自身による「自己評価」と、保護者など「学校関係者による評価」があり、多くの自治体でともに実施が義務づけられている(学校教育法第42条ほか。後者は努力義務)。
そして、多くの学校では、自己評価(学校が自己の教育活動を評価する制度)をおこなう流れのなかで、保護者にアンケート調査を実施しているので、その自由記述欄やコメント欄を使って要望をあげることができるはずだ(アンケートは集計担当者がまとめて、かならず会議の場で共有される)。
その結果を勘案して、たとえば「制服検討委員会」などを立ち上げ、イママデドオリでよいかどうかの検証をおこなうことはできるだろう。

公取委からみた制服販売の問題点

学校指定品に関しては、制服を例にするとわかりやすい。
公正取引委員会がまとめた「公立中学校における制服の取引実態に関する調査報告書」(2017年11月公表)によれば、学校は制服メーカーの見直しをおこなっていないことが多く、同時に、指定販売店の変動もあまりない実態が明らかになった。制服メーカーや販売店の入札などをおこなっている事例は一部だったという。
また、制服の平均販売価格について安い傾向をみせたのは、
  • 制服の仕様を共通化している自治体
  • 学校が案内する指定販売店が4つ以上ある場合
  • 学校が制服の販売価格の決定に関与した場合
であった。
公正取引委員会はこうした調査結果をふまえ、公正な競争を確保して生徒・保護者に安価で良質な制服を提供するため、学校に期待する以下のような取り組みを提言している。
  • コンペ、入札、見積もりあわせなどを通じてメーカーや販売店を選ぶ
  • 独自仕様の制服の場合には、その必要性を検討する
  • 新規参入を希望する業者からの求めに対し、回答拒否や情報の囲いこみをしない
  • 指定販売店を増やす
  • 制服メーカーに求める提示価格を販売店への卸売価格とする
  • コンペなどにおいて、安い価格の提示を求める
文部科学省も、公正取引委員会の報告を受けて2018年3月に「学校における通学用服等の学用品等の適正な取扱いについて」を通知し、就学援助制度(※第3回で詳述)利用者などを考慮して保護者の経済的負担を軽減することを呼びかけている。
そこには、「保護者等ができる限り安価で良質な学用品等を購入できるよう」にすることや、「制服などの選定や見直しについては保護者等学校関係者から意見を聴取した上で決定することが望ましい」と書かれている。

ずっとこの制服だから――という前年度踏襲が続き、制服の意義や価格に対する説明が保護者に対してできなければ、不信感や不満感も出てくることは想像できる。
たとえば、中学校の場合なら生徒が入れ替わる3年を目安にするなどして、制服の妥当性や指定の意義、価格などを話し合う場、いわば制服検討委員会や制服協議会などを設けることが求められるだろう。そこには、学校の代表にプラスして、着用する生徒の代表や費用負担者である保護者も加わることが当然必要だ。

例年どおりを見直し、必要性を説明できるものだけに

1960年代から70年代にかけて、統一された制服を着用することにより子どもの個性が制限されているなどの理由から、制服の見直し運動が起こり、とくに高等学校において制帽や制服を廃止し、自由な服装による登校を認めていた事例もあった。
その流れで現在も、自由服登校の学校は少なからず残っている。また、指定品の慣習化を見直すことや、指定品はあくまでも推奨であるとする通知を教育委員会が出した例もある。
福岡県教育委員会は、「必要性を生徒や保護者に説明できるものにし、効果が低下したものは指定を取りやめたり推奨にとどめたりする」という内容を県立高校へ通知している。小中学校へ出された通知ではないが、県内の市町村教育委員会・小中学校もそれにならうべきだろう。
制服以外の指定品も、学校でのやり方を変えることで費用負担を減らす取り組みにつながることもある。たとえば、体育館の入り口に足ふきマットを用意して、体育館シューズを上ばきと兼用することで、はきかえる時間やスペースの問題が解決でき、費用負担も減らせるだろう。
教室から体育館シューズを持っていって入り口ではきかえて入館するというやり方を、はきかえることなく入り口で靴底をきれいにしてから入館するというやり方に変更するパターンである。
指定品の問題を解決するには、「イママデドオリで当たりまえ」を見直す作業が必要である。
まずは、前年度踏襲が当たりまえで検討事項にも上がらない状態からの脱却が必要だ。
当たりまえのように例年購入している業者から、例年どおりの価格(正確にいえば、言い値)で買わされている場合が多いだろう。学校の人事異動で担当者がよく替わったり、あまり意識せずに依頼していたりする場合は、業者のほうがイニシアティブをとって購入の斡旋をしている場合も多くなっていると想像できる。
しかし、公正取引委員会が示したポイントを一つひとつ実行していくことで、価格が抑えられ、学校側は、指定品購入の必要性を保護者にしっかり説明することにもつながるだろう。
以上の方法は、書道セットや裁縫セットといった補助教材や消耗品にも、同じ対策をとることができると考えてよいだろう。
本連載では、公立小中学校における「隠れ教育費」の実態について紹介してきたが、書籍『隠れ教育費 公立小中学校でかかるお金を徹底検証』では、より詳細なデータや事例をもとに、この問題の構造や背景を深く掘り下げている。


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